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めでたくもなくエネを仲間に加え、祈たちに紹介をすれば仲間になって当たり前みたいな反応をされた。そりゃそうだ、ここ数日間は一緒にいたわけだし。ただ、イオナだけは少し驚いた表情を見せてからいつも通り真顔になっていた。イオナはもしかすると、国際警察が関わった場合、罪人の手持ちポケモンがどうなるのかを知っていたから、ああいう反応を見せたのかもしれない。

さて、色々あったが、これでまたヒウンシティのジム戦に向けて特訓ができるというわけだ。エネは戦ったことがないと言っていたし、まずは試しにどれだけ動けるのか見てみたい。……ついでに言えば、エネは祈よりレベルが低かった。これこそまさに、仕方ないというものだ。
バッグに傷薬をたっぷり入れて靴紐を結び直したところで、大事なことを忘れていた。

まずは、お待ちかねのあの強くてカワイイ赤毛の女の子もいることを願って、部屋を出てエレベーターに乗る。確か5階にいるとか言っていたっけ。
すれ違う部下たちの顔もずいぶん見知ったものになったものだ。最初はすれ違っただけでも足を止めて腰を90度に曲げて頭を下げられたときはどうしようかと思ったが、トルマリンがみんなに言ってくれたのだろう。軽い会釈だけで済むようになった今、だいぶどこの階へも行きやすくなった。

「トルマリンはいるか?」
「……はいっス!います!」

事務所の中、ひょっこり顔を出して中を見ると、トルマリンがダッシュでやってきた。眼鏡を外して俺に一礼をする。聞けば、事務作業をするときだけ度入りの眼鏡をかけているんだとか。……そういや芋虫って、視力悪かったんだっけ。

「わざわざこちらに来ていただかなくても、呼んでいただければすぐ向かうのに」
「俺が来たかったからいいんだよ」

トルマリンに促され、事務所の中にあるソファに座る。気を遣って飲み物を出そうとしてくれた部下に遠慮して断ってから、少しだけ周りをみた。……彼女の姿は見えない。

「誰かお探しっスか?」
「ああ。あの、この間の夜にさ、イオナとお前と一緒に助けに来てくれた赤毛の女の子、今いないか?」
「女の子……ああ、ルベライトのことっスね」
「そう。すっげー可愛い子」

視線を斜め上に向けていたトルマリンが俺に視線を戻す。ルベライト。そうだ、あの子の名前はルベライトというんだった。軽々とした身のこなしで、あんな状況じゃなかったのならずっと見ていたいぐらい華憐で素敵な……。
と、ここで。トルマリンが俺の膝を人差し指で突っついて、言いにくそうにこう言った。

「……アヤト様。大変申し上げにくいのですが、……」
「なんだよ、言えよ」
「その……。ルベライトは、男っス」
「…………え?」

男っス。男っス……男っス…………。トルマリンの言葉が、俺の頭の中でエコーを効かせながら響いた。男、だと。だってあの子は、……そう、短いフリフリのスカートを履いていた。長い髪もツインテールみたいになっていて、まるでアイドルのようだったじゃないか。……いやしかし、トルマリンが俺に嘘を吐くなんて、絶対にありえない。
となると、……マジで、男なのか。男の娘と、いうやつなのか。
激しい衝撃を受けて固まっている俺の目の前、なぜかトルマリンが謝りながら手の平をひらひらとしていた。大丈夫、それぐらいは見えてるぞ。

「アヤト様の夢を壊すようなこと、言いたくなかったんスけど……っ!」
「……いや、いいんだ。寧ろ早々と教えてくれてありがとな。お前の気遣い、最高だぜ……」
「アヤト様……」
「だから、頼むからそんな憐れむような目で見るなよ……。……ついでにルベライト、連れてきてくれないか」

俺の言葉を聞くや否や、トルマリンが勢いよく立ち上がって駆けて行く。それを見てから、両手で顔を覆って目を閉じる。……トルマリンたちが来るまでに、現実を受け止められるようにしておかねば。

それから数分もしないうちに、トルマリンがルベライトを引き連れ戻ってきた。今日もやっぱりあの日の夜と同じく、フリフリのスカートを履いている。そしてようやく顔を明るい元ではっきりと見れたが、……いや、こんなにカワイイ子が男だなんて、……そんな馬鹿な。

「お待たせいたしましたっス!……ほらルベライト、ちゃんと挨拶するっスよ」
「……ルベライト、と申します」

トルマリンの後ろ、顔を伏しがちに一歩前に出てきて俺に一礼をする。つい俺も頭を下げると、ルベライトが驚いたように目を丸くしていた。後から聞いたことだが、ルベライトは以前の社長命令で別の街を歩き回っていたらしい。そんな間に社長が死に、戻ってきたときには俺に変わっていたのだ。そりゃ驚くに決まってる。

「すみません、コイツ仕事はめちゃくちゃ出来るんスけど、人見知りでして」
「そうなんだ。それじゃ、しょうがないな」

顔をあげると、ルベライトがやっぱり驚いた様子で俺を見ていた。……声を聞いてわかったが、やはりルベライトは男だ。男の割に高めではあるが、決して女だとは言えない。なるほど、喋らないと分からない系だったか。
さて、二人そろったところでようやく本題に入れる。

「それでアヤト様、どういったご用事で?」
「二人にお礼を言いに来たんだ」
「……へ、」
「あの夜のとき、助けにきてくれて本当にありがとな。あ、トルマリンにはいつも助けてもらってるから、いつもありがとう、なんだけど」

ははは。一人笑ってみせるが、目の前の二人はすっとんきょうな表情で俺を見ていた。それから二人で顔を見合わせて、トルマリンに至っては俺の片手をガッ!と力強く握ってきた。びっくりして見れば、目がうるうるしている。なぜだ。

「ト、トルマ、」
「っオレ、アヤト様がマスターで、本っ当によかったっス……!ありがとうだなんて、そりゃこっちの台詞っスよお!」

……マジか。お礼ひとつでこんな反応をされるなんて。驚きつつも、ちゃんと受け止めてもらえて嬉しいと思った。背中を丸めて俺の手を握っているトルマリンの横、ルベライトがそっと手を伸ばしてきた。よく分からなかったが、握手だろうと思って右手を出すとゆっくりと握り。

「……ボクでよければ、お力になりますので。……トルにいと同じぐらい、使って頂ければ、……嬉しいです」
「お、おう、よろしくな。ルベライト」
「──はい、マスター」
「……、」

にこり。微笑まれ、固まる。……男だと分かっていても、目に映っているのは可愛い女の子の姿であって。またトルマリンに憐れみの視線を浴びせられるまで、視線を外せなかったことは隠しようのない事実である。





事務所を出て、再び最上階に戻る。先ほどまで仕事に追われていたイオナも、もう戻ってくるだろう。なんせアイツは、仕事が早い。
扉を開けて部屋に入ると案の定、すでにイオナは優雅に紅茶を楽しんでいた。俺に一度視線を向けて、また手元の本に視線を落とす。トルマリンたちと同じく、イオナも俺の支配下にいるはずなのだが。この違いはいったい。まあ、別にいいけど。

「イオナ」
「……おや、アヤトから私に話しかけてくるなんて珍しいですね」
「そうか?うーん、そうか、言われてみれば最近外出ばっかりしてて、……じゃなくてだな」

そういいながら、イオナはきちんとカップを置いて、本にしおりを挟んでぱたんと閉じた。職業病というやつか。どんな相手にでも聞く姿勢は礼儀正しくなるようだ。
その隣、少しだけ距離を置いて座る。

「それで、どうしたのですか」
「あのさ、……あのとき、助けに来てくれてありがとな。イオナたちが来てくれて、本当に助かったんだ」

だから、ありがと。
言うと、イオナはなぜか目を大きく見開いていて、信じられないものを見るような表情をしていた。……なぜだ。イオナまで、そんなに驚くようなことなのか。

「……存外、素直だったのですね。まさか丁寧にお礼まで言ってくるなんて、」
「おいおい、どういう意味だこら。俺はいつも素直だけど」
「いえ、それはあり得ません」
「はあー??」

わざとらしく上半身を傾けてヤンキーがやるような斜めったポーズでなめるように見上げてやると、片手がスッと伸びてきて俺の頭に乗っかった。一回、二回と優しく撫でられ、今度は俺がめちゃくちゃに驚く番だ。イオナも俺の顔を見てハッとしたように手を降ろし、さりげなく後ろに隠す。

「……なんだよ。お前こそ案外優しいんじゃん」
「アヤトが小さくて手を乗せやすい位置にいたので、つい」
「照れんなよー」

肘で脇腹あたりを突っつくと、容赦なく鼻をつままれ左右に揺さぶられた。めちゃくちゃ痛かった。鼻を押さえながら、でかいソファを転がって今度こそイオナから遠く距離を置くと、「しかし、まあ、」とイオナが口を開く。

「アヤト、貴方もよく頑張ったと思います。あの状況で、あそこまで動ければ上出来ではないでしょうか」
「……マジか。俺、イオナに褒められる日が来るなんて、思ってもみなかったわ」
「失敬な。私だって、きちんと褒めるべきことがあれば褒めますよ。祈に聞いてごらんなさい」
「まあいいや。とにかく、ありがとな」
「……ええ、はい」

イオナとバトル練習をよくしている祈は、もしや何度も褒められたことがあるのか。……なんというか、イオナに褒められると嬉しさが倍になるというか。ちょっと、一瞬だけ、祈が羨ましいと思ってしまった。
……ふと、ベルトに付けていたボールが一つ震え出す。パーカーの裾を捲ってみてみれば、スイッチを押さずとも飛び出してきたのはエネだった。

「ねえ、イオナさん。……あなたにとって、愛ってなに?」
「ばっか、お前。聞く相手間違ってんぞ!?」
「……愛、ですか」
「え、真面目に考えてくれちゃう系なの?」

エネの現在のマイブームは、「愛とは何か」と質問をぶつけることらしい。とんだ迷惑なブームだが、いやしかし、意外にもきちんと付き合ってくれるイオナにも驚きを隠せない。俺の膝の上とソファにかけて寝転がりながら頬杖をついているエネは、イオナの答えを楽しみに目をキラキラ輝かせている。そして俺も、イオナの答えに興味津々だ。

「私にとって愛とは、」
「「愛とは……っ!?」」
「どんな人でも無謀にしてしまうもの、です」
「……無謀、」
「ええ。"恋は盲目"ともよく言うでしょう。恋愛などはきっと素敵なものなのでしょうが、同時に危険なものでもあると思います」
「……へえ」

ひどく、つまらない答えだと思った。
いや、イオナの言っていることは間違っちゃいないが、……欲をいえば、イオナをからかえるようなクソ恥ずかしい答えを待っていたのに。
対して、ふむふむ、なんて興味深く頷いているエネに感心する。聞いてほしい、なんとエネ、ちゃんとメモまでとっているのだ。こんなのメモってどうすんだって感じだけど。

「おや、珍しい組み合わせだね」
「げ、出たな馬鹿猫1号」
「そうだ、ロロさんにも聞いてなかったあ」
「え、なになに?」

今だけはナイスエネ!と褒めてあげたいと思った。イオナは失敗に終わったが、ロロならクソ恥ずかしい答えを出すにきまってる。顔になるべく出さないように頑張って下唇を軽く噛んでニヤニヤを抑えていたが、ロロがヘンな目で俺を見ていたからきっとバレているんだろう。

「ロロさんにとって、愛ってなあに?」
「ふむ……難しい質問だねえ」

顎に片手を添えて、視線を斜め上に向けるロロ。クソクソ恥ずかしい答えを言え。言え。言え!!目で念じ、ロロの答えを待ちわびて。

「愛とは、」
「「愛とは……っ!?」」
「見返りとか無しで、相手のために何かをしてあげたくなること、……かなあ」

にこりと微笑むロロの答えに、口をぽかんと開けてしまった。それからハッとして、エネの口を塞ごうとしたが。……エネの口が動くほうが早かった。随分と嬉しそうに笑顔を浮かべながら、ロロを見て言った。

「ロロさん、それえ、アヤトとおんなじ答えだね」
「……え、」
「うう……なんでだよおバカロロ……被せてくんなよアホ……」
「ふふ、素敵ではありませんか。二人とも同じ答えだなんて」
「あ、ありがちな答えを……言っただけなんだけど……、」

ぎこちなく固まるロロを見ていられなくなって頭を抱えてうずくまるような態勢になってから、未だ俺の膝の上に寝っ転がっているエネの背中に寄りかかった。……そのすぐあと。

「なんでさ……アヤくんのバカ……」
「バカはお前だバカ……」
「お、重いよお!?つぶれちゃうう」

俺の膝下あたりに立膝をついて、エネに寄りかかっている俺に覆いかぶさるように寄りかかってきやがった。隣には、俺たち二人を遠まわしにからかうように静かに笑うイオナがいて。
エネが苦しそうに声をあげているが、いや、それよりも俺の足が限界だから。

愛とは何か。

人それぞれにたくさんの答えがあって、またどれも正解なんだと思う。
エネにも答えを出せる日が来ればいいなと、……ひっそり、思った。




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