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ロロはレパルダスというポケモンらしい。らしい、というかレパルダスだった。人間の姿をして人間の言葉を話し、人間のように振る舞うポケモン。そういうので溢れているのが、今のこの世界らしい。何だかポケモンの世界じゃない場所に来てしまったような感覚だ。

「つまり、お前みたいなヘンなのがこれから先沢山出てくるけど気にするなっていうことか」
「……"ヘン"ねえ。君はそう捉えるんだね」
「だってポケモンが人間になってるなんて可笑しいじゃん。意味分かんねーよ」

いくら人間の姿に化けようがポケモンはポケモンなのにな。そう付け加えながら、一応バッグの中身をチェックしているとテレビが消えた。テーブルにリモコンが置かれる音が背後に聞こえる。

「アヤトくんはさ、どうしてポケモンが人間の姿になれるようになったと思う?」

俺がバッグの中を漁る音しか聞こえなかった部屋に、ロロの声がやけに響いた。一旦手を止めてから後ろを振り返ってソファに座っているロロを見ると、さっきまでのムカつくようなにやけ顔は無くて表情からは何も窺うことは出来ない。
まただ。時折ロロは近寄りがたい雰囲気を纏う。まさかこっちが本性だとか言うんじゃないだろうな。いやいや勘弁してくれ。

「どうして擬人化できるようになったとか、そんなの知らねー。ていうか興味ないし、どうでもいい」

そう答えてから、またバッグを漁りだす。うーわ、ご丁寧に寝間着まで入ってやがる。見たところ日用品は揃ってるっぽいし、最悪ロロも一緒にいるし、まあなんとかなるだろう。完全に充電を使いきった携帯に充電器をはめてからコンセントに挿す。

「……」
「な、なんだよその顔」

そんな俺を見ていたらしいロロにやっと気づいて後ろに一歩下がる。いやもう、ほんと例えようのない変な顔をしていたんだって。なんかこう……そう、とにかく変な顔だった。しばらくその顔で俺を眺めてから何故かため息を吐かれた。どうやらロロが思っていた答えを出さなかった俺が不満らしい。どうでもいいけど。

「ねえ、君本当にひよりちゃんの子供なの?」
「まさか俺が真面目に考えて答えるとでも思った?だからさっき言ったじゃん。俺と母さんを比べんなって」
「にしても、……うわあ、どんだけ君って捻くれてるの?少しはひよりちゃん、いや、この際贅沢は言わないでグレちゃんの成分が少しでもあればよかったのに」
「残念。俺、父さんとは似てるところひとつも無いから諦めたほうがいいよ」
「ええ……?」

片手を額に当てて頭を抱えるようなポーズをしているロロを横目にバッグを持ち上げてベッドのある部屋に向かう。……ていうかさっき、ロロは父さんのことを"グレちゃん"って呼んでいた。あの呼び方をするのは限られているし、もしかすると父さんも……いやまさか。そこまでは流石に無いだろう。それに父さんのことは母さんのこと以上にどうでもいい。別に知らなくても何も困らないし。

「まあいっか。旅をしていれば嫌でも知る、いや、知りたくなってくると思うからね」
「言っとくけど、俺無駄なことは覚えない主義だから」
「……ふうん」

にやり。意味ありげな笑みを浮かべるロロを見た。何がおかしいんだコラ。って言いたいところだけど、コイツに構うのも疲れた。さっきから欠伸も出るし。寝る。もう今日はアイツの、見るのに目が疲れるような色をした髪も見たくないしあの真っ青な目も、。
……目を擦りながらドアノブを掴んだときに、そういえば、と思いだす。

「どうしたの?」

立ち止まっていた俺を不思議に思ったのか、再びロロが俺の方に振り返る。
思えばロロがレパルダスだと分かったときから、言われてみれば髪色から格好から、なんとなくレパルダスっぽいとこがあったなあとしみじみ感じていた。しかしその中に気になる点がひとつある。
そういや、レパルダスって。

「レパルダスって、目の色は緑だったよな?何でロロの目はそんな真っ青な色してんの?」

──……瞬間。
言葉を失うロロに、俺も言葉を失った。
……俺はそう、ただ純粋に気になっていたことを聞いただけだった。素直に言えば、本当に何も考えていなかった。……しかしそれは一瞬のことで、聞いてしまった直後に「聞かなきゃよかった」なんて後悔までしてしまったのだ。
俺はまだ、ロロのことを殆ど知らない。だから表情だって、まだ見ていないものの方が多いに決まってる。でも、それでも。

「あー、その。……あはは……"ヘン"な色、してるでしょう」

二コリと笑みを浮かべながら返された直後。俺はロロから逃げるように部屋へ入って慌てて扉を閉めた。今更になって大きく音を鳴らす胸元を握り締め、突っ立ったまま自分の足元を見る。

「…………」

あの時。ロロは、ひどく傷付いたような表情をしていた。そう見えた。
……周りなんてどうでもいい。友達だってその場しのぎの上辺だけの付き合いが殆どだから、喧嘩とかそういう面倒くさくて子供っぽいことはしない。
だから余計、ロロのあの表情が頭から離れないんだろうか。さっき俺は、確実にロロを傷付けた。そんなつもりは無かったけど、あんな顔をさせたのは紛れもなく俺の言葉のせいだ。

「……、」

頬に指先を当てて周りの皮膚とは少しだけ手触りの違う痕をなぞる。凹凸のある境目を指先がゆっくりと何度も行ったり来たりを繰り返す。
俺には片頬に目立つ傷跡がある。生まれた時からあるものらしく、何十年経った今でもしっかり頬に残っているこの傷跡は、昔から俺のコンプレックスだった。小学生の頃、嫌になるほど馬鹿にされたのは今でも忘れられない。劣等感を抱くから、できれば触れないでほしいこと。──……多分、ロロにとってはそれがあの瞳なのだ。

「……眼帯、……あー……、馬鹿……気付けよ……」

うっわ眼帯超カッコいい俺も付けたい!なんて思ってた俺が馬鹿だった。ここはもうあっちの世界じゃないんだ。訳も無く眼帯をつけているヤツも中にはいるだろうけど、少なくとも多分ロロはそうじゃない。ふざけて眼帯外すとかしなくてよかったと心からそう思う。

「……面倒くさ、」

力なく肩を落としてベッドまで行き、そのまま思い切り倒れた。ぼすん、という音と一緒にスプリングが跳ねて俺の身体を小刻みに揺らす。うつ伏せのまましばらくそのまま寝っころがった後、仕方なくもそもそ毛布を持ち上げ間に挟まる。
……こんなの久々だ。いつぶりだろう。けれどもう、俺もあの時よりは子どもじゃない。

「はあー……、謝らないと」

その夜、珍しく良心が働いていたらしい。そのせいであんなに眠たかったのになかなか寝付けなくて何度も寝返りを打った。陽がまた昇るまでうたたねも何度かしていたものの全部俺とロロが気まずい雰囲気の中向かい合っている夢で、完全に開くことを諦めている目をまた閉じては夢に呻るを繰り返す。

そうして俺は、何とも言えない気持ちのまま、ポケモン世界での初めての朝を迎えることとなる。




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