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翌日。今日はココちゃんとコガネシティでデートだ。
コガネ百貨店でショッピングをしては両手に紙袋を抱え、次の目的地へと歩いてゆく。

「心音さーん!ひよりさーん!」
「パピエちゃん!」

私たちに手を振るその姿は以前変わりない。久しぶりの再会に、パピエちゃんにすぐさま駆け寄る。

「ひよりさん、お久しぶりです!」
「お久しぶりです!パピエちゃん、全然変わってないね」
「あう、そんなことないですよ!あのですね、なんと!身長が1p伸びたですー!」
「そ、そうなの?」

本人は自慢げに言っていたものの、見ただけでは全く分からない。
それからココちゃんを先頭に、ジムの入口へ向かう。入口には貼り紙があり、可愛らしい文字で"本日ジム戦は受け付けておりません"と書いてあった。ピッピの絵も描いてある。
そこを通り過ぎ、右手に回ると別の入口があった。ココちゃんがチャイムを鳴らすとすぐに扉が開き、アカネさんが顔を出す。

「いらっしゃい、よお来たね!はよ中入りい」

アカネさんの後ろは歩き、迷路のような部屋は通り過ぎてどんどん奥へと進んでゆく。そうして案内されたのはこれまたピンク色の部屋だった。客室らしい。
部屋の真ん中あたりに設置してあるお洒落なデザインのソファにはピッピの人形、かと思えば本物のピッピが座っていた。その隣にいる黒髪に内側だけがピンク色に染まっている色気溢れる彼女は、ミルタンクで間違いないだろう。

『待っとったでえ。お菓子の準備もばっちりや!』
「わあい!パピエ、甘いの大好きです!」

今日はココちゃんとデート、そしてアカネさんたちとの女子会でもある!
綺麗なお姉さんと可愛い子に囲まれたここはまるで癒しの空間。可愛らしい部屋で美味しそうなお菓子と紅茶の匂い。……ジョウト地方に来れて本当に良かったと、心底思う。

「ええか、そこは"他に好きな人がおるからごめんなさい"ってばっさり言ってやらな!」
「でもでも、そしたらお相手さんが可哀想ですよ……?」
『恋愛に失恋は付きもんや!しゃあない!』

……結論から言おう。案の定、盛り上がるのは恋愛ネタだ。
飛び交う大阪弁に押され気味の中、そっと時計を見れば、あっという間に解散時間に近づいていた。ココちゃんの服の裾を引っ張って合図を送ると、頷き荷物をまとめ始める。

「アカネさん、そろそろお暇させていただきますね」
「なんや、もうそないな時間になってしもうたん?」
「あう、時間が過ぎてしまうのがとっても早かったです……」

残念そうに呟くパピエちゃんに激しく同意の意味で頷きながら、紙袋から包装したものを取り出した。アカネさんから順番に手渡しをしてゆく。私から、みんなにちょっとしたプレゼント。

「今開けてもええか?」
「どうぞ!」
「わ!これめっちゃ可愛いやん!ピッピちゃんたちとお揃い?ひよりちゃんおおきになー!」

ヘアアクセサリーのプレゼント。それを選んだ理由は、もちろん。

「あの、私がみんなに付けてもいいですか?」
「え、つけてくれるん?めっちゃ嬉しいわー!」

頭に手を添え、クリップをアカネさんに付ける。ピッピとミルタンクにも同じものをつけると、三人そろってご機嫌に笑顔を見せる。……少し、騙しているようで心苦しい。

「じゃーん!心音、どうや?似合っとる!?」
「よう似合っとるよ」
「あうー、ひよりさん、パピエにも早く付けてくださいですー!」
「うん、もちろん」

付け終わると、パピエちゃんも満足げに笑みを浮かべていた。
そうして荷物を背負って立ち上がる。裏口までみんなで他愛も無い話をしながら向かって、扉を開けた。まだ空は青い。

「ほんま楽しかったわ!ひよりちゃん、おおきにな。またコガネに寄ったらうちのとこ遊びきたってや」
「パピエのところにも来てくださいです。お待ちしておりますです!」
「ありがとうございます。また、今度」

手を振り、コガネジムを後にする。ついさっきまでの話を楽しげにするココちゃんの横、目線を少し下にしたまま歩いていると急にココちゃんが立ち止まった。

「ココちゃん?」
「ひより、ちょっと散歩しましょう」
「え?でも新しくできたカフェに行くって、」
「二人きりで話したいことがあるの。ひよりもそうでしょう?」
「……やっぱりココちゃんにも敵わないなあ」

私の言葉に小さく笑う彼女と一緒に、カフェへ通じる道を通り過ぎてコガネシティの大通りをのんびり歩く。

「なんだか、あっという間だったなあ」
「そうね。でもそれって、"楽しかった"ってことよね。ほら、楽しい時間ってあっという間に過ぎてしまうじゃない?」
「うん、そうだね」

ポケモンセンターを通り過ぎ、レンガが敷き詰められた道を歩き続ける。
それからココちゃんがゆっくりと話しだす。前々から少しずつ聞いていた過去の話と、なんと、殿との話だった。意外に思いながら聞いていれば、ふと、ココちゃんが周りを見回してからそわそわした様子を見せる。少しばかり色付く頬に、話しにくそうに動く口。……わかる……わかるぞ……!この可愛らしい仕草は、つい最近見たチハルちゃんと同じ……!

「……そ、その……、あのね、」
「ココちゃん、もしかして……殿のこと、好きになっちゃったの?」

バッ!と勢いよくココちゃんは顔を上げると、顔を赤くしながら唇を噛み、私をじっと見ていた。可愛い。ひたすらに可愛い。

「こっ、こんなはずじゃなかったのっ!絶対、ぜーったいあり得ないって思ってたのに……っ!」
「へえええ?」
「わたし、きっとダメ男ばかりを好きになってしまう性質なんだわ……そ、そうよ!きっとそう!」

いつも凛としているココちゃんの意外な一面にニヤニヤが止まらない。早口なところも、赤い頬を隠すように両手で押さえているすがたもとても可愛く思う。

「私は殿、いいと思うけどなあ。それに殿もココちゃんのこと大好きみたいだし」
「え!?あ、あれは、……そう、口だけよ!口だけ!そうに決まっているわ!」
「そんなことないよ!ココちゃん、自信をもって!」
「……うう……」

そうこうしている間にコガネシティ入口の門を抜け、ウバメの森へと続く道へと出た。右端には海が見え、ここまで来ると波の音もわずかに聞こえてくる。

「ねえココちゃん」
「何?」

手で顔を仰いでいるココちゃんを呼ぶと、私を真っすぐに見てくれる。それに、今まで何度も思っていたことを改めて言葉に出す。

「私、ココちゃんが相棒で本当に良かった」
「ふふ、突然どうしたの?」

へへ。なんて照れ笑いをしながらさりげなく手を伸ばすと、しっかり握られ、前後に揺れる繋がった手と手。あたたかい。

「ココちゃんがいてくれなかったら、きっと私は前に進めていなかったと思うんだ」
「あら、それならわたしだって同じよ。……ひよりが助けてくれなかったら、こんな楽しい日々を送ることなんて出来なかったわ」

ウバメの森は、相変わらず静かだった。木々の間から差し込む光が、緑色の地面にところどころ斑点模様を作っている。その上を歩いていくと、以前パピエちゃんが絵を描いていた場所へとたどり着いた。
そこには木の椅子があり、ココちゃんと一緒に座った。向かい合ってから腕を伸ばすと「甘えんぼうさんね」なんて言いながらも優しく抱きしめ返してくれる。柔らかく、優しい匂いだ。

「……私、ココちゃんが初めての同性の手持ちポケモンでね、今まで出来なかった話とかやりたいことがたくさんできて、すっごく楽しかったの」

体をそっと離しながら話すと、その瞳は戸惑いの色を浮かべている。……もう彼女は、何かを察している。そんな気がしていた。

「一緒に寝たりお風呂入ったりするのも楽しみだったんだよ。ココちゃんのこと、本当のお姉ちゃんみたいに思ってた」
「……ねえ、ひより、」
「ココちゃんは美人で強くて、かっこよくて。……私の憧れで、誇りだよ」

笑顔が、消える。そんな彼女に困りながらも笑顔を作ってみせてから、細い肩に右手を添えて少しだけ背を伸ばす。そうして左手で透き通る水色の前髪を掻き上げ、額に唇を落とした。
……今この瞬間だけ、ゆっくりと流れる時間の中。唇を離して顔を見合わせると、ココちゃんは目を大きく見開きながら私を見ている。
私のことを一番に考えてくれるあなたには、……より強い、封印を。

「ひより、ど、どうしたの……?」
「……ココちゃん、ごめんね。今までありがとう。出会えて、本当に良かったよ」
「え!?それって、どういう、」

──パチン。
私が指を鳴らすと同時に、ココちゃんの身体が傾いた。しっかり受け止めてからもう一度だけ抱きしめて、ベルトからピンク色のボールを握りしめてはココちゃんに当てるとボールに吸い込まれ、消えてゆく。ボールを大事に握りしめながら、ひとり、コガネシティへ続く道へと引き返す。

……森を抜ける直前、バッグの中からマシロさんのボールを取り出してスイッチを押した。緑の中でも、その白はとても良く映える。そうしてマシロさんに乗り、しっかりと掴まる。

『洞窟まででいいかい』
「……はい」

声を絞り出し、どんどん小さくなるコガネシティを見ていた。……ボールはずっと、握りしめたまま。



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