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雲を切り、風を切る。
空中。ココちゃんに思い切りしがみ付き、やっとの思いで目を開けた。目下、大きな山とそれを囲む木々、そして街が小さく見える。そうして、ゆっくり旋回しながら高度を下げてゆくココちゃんから少し身体を離して懐かしの地を見下ろした。
「……ただいま、ジョウト地方」
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若干ふらつく足取りで洞窟を歩いていた。
過去に何度も歩いた道を今一度、噛みしめるようにゆっくり踏みしめる。明かり代わりに先頭を行く陽乃乃くんの後ろを私、ココちゃんと続いて歩く。
「全然変わっていないでしょう?」
「そうだね。だからかな、何だかもう安心しちゃってるよ」
「あらあら」
小さくココちゃんが笑う。
今、私のベルトに付いているボールは四つだ。ココちゃん、美玖さん、陽乃乃くん。そしてマシロさんのボールである。グレちゃんたちはイッシュでお留守番。……セイロンを説得するの、大変だったなあ……。
「今日はゆっくり休んで、明日はひよりとコガネシティでお買いものね!」
「うん!ココちゃんと二人きりなの、久しぶりだからすごく楽しみ!」
「わたしもよ!たっくさんひよりに似合う服、見つけるわよ」
きゃっきゃとはしゃぎながら暗い洞窟を歩いてゆく私とココちゃん。次々と飛び移る話題に、何となく陽乃乃くんが僅かに距離を置いているように見えた。
以前、殿に言われたことがある。"女同士の会話はどうしてそんなにすぐ話が飛ぶのか"と。それはこっちが聞きたい。でも、とても楽しいことに変わりはないから別に理由なんていらないけど。
「ココちゃん大好きー」
「わたしも大好き!」
『……あのー、姉さんたち、池の前に着いたよ……?』
ココちゃんとハグしていると、横から陽乃乃くんの小さな声が聞こえてきた。いつの間に着いていたのか分からないが、きっと陽乃乃くんは迷った挙句、私たちに声をかけたに違いない。それを表すかのように背中の炎が小さくなっている。
陽乃乃くんに謝りお礼を言ってから、一度ボールへ戻す。それから隣のボールを手に取り、スイッチを押した。
「美玖さんお願いします!」
『はい、乗っていいよ』
「……っとと、」
「大丈夫?」
ココちゃんに支えてもらいながら甲羅の上に乗る。久しぶりの波乗りだ。
静かに黒い水の中を進んでゆく。上から落ちてくる水滴の音が、何となく心地のいい。
──……前方、明かりが見えた。薄暗い洞窟の中では昼夜関係無く、家の中に誰かいるときは必ず明かりがついている。……ということは。
『……珍しいこともあるものだ』
「ほんとねえ」
美玖さんとココちゃんが楽し気に前方を見ながら話していた。まだ私には何も見えない。
……それから。明かりの少し手前。家へ近づくにつれ、やっと私にも見えてきた。
手すりに背を預けては金色の髪を暢気に揺らしている姿が見え、咄嗟に背筋を伸ばして声を張る。
「……殿ーっ!!」
私の声が洞窟内に響き渡る。それにゆっくりと金色が動いて、こちらを呆れた顔で眺めているのが見えた。すぐさま腕を上げて思い切り振りまわしてみたものの、当たり前のように返されるものは何も無い。けど、それでいい。そうでなくては、殿ではない。
「美玖さん、早くー!」
『そんなに慌てないでも大丈夫だよ』
家に着くまでの数分、いや、数秒すらもう待てない。私だけ、そわそわしながら今か今かと岸に着くのを待っていた。
……そうしてやっと、美玖さんが短い階段の手前にある岸に寄った頃。はやる気持ちから、きちんと止まる前に甲羅の上で立ち上がってはジャンプして岸辺に降り立った。背後で聞こえる美玖さんからの注意する声は聞こえないフリをして、階段を一段飛ばしで駆けあがる。
「っ殿!殿ー!」
勢いのまま、突っ立っていた金色に飛びついてから思い切り抱きしめた。そのまま擦り寄ってから、また叩かれるのでは……と心配になりつつゆっくり顔をあげる。と、先ほどと変わらない呆れ顔がそこにあった。その手に扇子は握られていない。
「殿!感動の再会ですね!」
「たわけ。感動の"か"の字も無いわ」
「ええ……」
サッと殿が私を離し、そのまま遠ざかって行く。そうして家の扉が開く音が聞こえた。それに美玖さんとココちゃんの足音、陽乃乃くんがボールから出てくる音が続く。
「ひより」
不意に呼ばれた名前に視線を向けると、扉の前に立っていた殿がこちらを向いていた。そっと駆け足で目の前まで行けば、頭の上に優しく手が乗せられる。
「……おかえり、ひより」
「──……はい!ただいま戻りました!」
全部が久しぶりで懐かしい。
私はまた、心の安らぐこの場所に帰ってきた。帰ってこれたことが、すごく幸せで嬉しい。