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仕掛けに関しては一応対策を立てられたものの、まだ問題は山積みだ。
……中でも"キュウム"という存在そのものは、群を抜いている。
「知っているとは思うけれど、現在"キュウム"という器には三つの人格が入っている」
「口が悪いヤツとオドオドしてるヤツ以外にも増えたってのかぃ?」
あーさんの言葉にマシロさんが頷く。
……みんなが一つのテーブルに集まって作戦会議を続ける中、セイロンは相変わらず私の腰についているボールの中に入ったまま。マシロさんの呼びかけに一度ボールが揺らいだものの、あれからぴくりともしない。
こちらに戻る前のセイロンとのやり取りが未だ気になってはいるけれど、なかなか踏み込むことも出来ずにここまで来てしまっている。しかしまあ、まだこの場にいて話を聞いているだけでも良しとするべきだろうか。
「ああ。君たちと共に旅をしたキュウム以外にいる三人目が、私の力を手に入れるがため、ひよりを狙っている」
──……大昔、私たちは一匹のドラゴンポケモンだったんだ。
そのポケモンが二つに分かれ、生まれたのが私とマクロさ。そして『抜け殻』として残ったのがキュウムなんだ。
……そう、マシロさんが語る。
今の話を聞くと、キューたんもマシロさんたちにとっては兄弟のような存在に当たるような気もする。もしかすると、マシロさんもキューたんに対して特別な思いを持っているのかもしれない。
「キュウムは"完全に戻るため"、ゲーチスと手を組んでいると言っていたよ」
「ロロ、彼から聞いたことがあるのかい?」
「……、まあね」
ロロが歯切れ悪く答える。それに簡単に返事をしてから、またマシロさんが話し出す。
「三人目のキュウム。彼はゲーチスが科学の力で無理やりねじ込んだ人格だ」
「──ということは、……キュウムも改造ポケモン、ということか……!?」
グレちゃんの驚いたような言葉を聞きながら、私も驚きを隠せずにいた。
……そんなこと、誰が想像できるだろうか。
「私が捕らえられてあの水槽に入れられたとき、彼は酷く驚いた顔をしていたよ。……不本意だったのだろうね」
「…………」
「その時の記憶も、ひよりたちが私を助けに来てくれたあの時までずっと、三人目に凍らされていたんだろう。キュウム自身も、何も知らなかったんだよ。……だから彼がしたことを許せとは言わないが、事情は知っていてほしい」
マシロさんが口を閉じると、沈黙が訪れる。
……何も、言うことができない。それからふと、向かい側のテーブルの上、ロロの手が目の端に映った。片方で拳を握り、もう片方はそれを力強く包み込むようにしている。……同じ"改造ポケモン"ということに何か思う点があるのだろうか。私には分からない。
「三人のキュウムは記憶や身体を共有していても、力や思考は全くの別物だ。それは覚えておいて欲しい」
「……分かりました」
なんとか声を絞り出すと、マシロさんが私を見てはそっと微笑んだ。それから視線が全体を見回すように動き、また真剣な表情に戻る。
「彼には記憶を凍らせる、つまり半永久的に忘却させることができる能力がある。その氷を溶かせるのは私の炎だけなんだ。あとは自力で砕くか、凍らせた人格が消滅するか。……この三つしか、手段はない」
「……ということは、……」
思わず口元を手で隠しながら思い出す。
私に、自力で砕く力はなかった。感覚としては"勝手に割れた"という方が近かったはず。……となると、──もう、考えられることは一つしかない、。
「ああ。……もしかすると、もう完全に二人のキュウムは三人目に喰われている可能性が高い」
「も、……もし、そうだったら、……どうすれば、いいんですか……!?」
私の問いに、マシロさんは答えない。……けれどそれが答えなんだろう。
思わず眩暈がする感覚がして、椅子の背もたれに思い切り寄りかかる。必死に動揺を隠すように取り繕ってはみるものの、遠慮がちに向けられる沢山の視線から、全く隠せていないことは分かっていた。
「ひより。……実は、ひとつだけ、打つ手はあるんだ」
「!!」
瞬間、思い切り机に両手をついて立ちあがってしまった。それを見るマシロさんを見つめ返すと、フッと視線を逸らされてしまった。それからゆっくりと口を開く。
「……正直、教えたくはないんだけれど」
「教えてください、マシロさん」
「ひよりなら、そう言うだろうと思っていたよ」
困ったように笑みを浮かべるマシロさんに向かって力強く頷くと、そっと手を伸ばされた。それに手を差し伸べると、そっと引いては座ることを促される。
「では、話そう。──私たち伝説のポケモンには、相手の精神世界に自我を飛ばす力がある。ひよりは何度か体験しているから分かるだろう?」
……こちらの世界に初めてきたときの、あの真っ白な部屋とマシロさんの声。それに時渡りをしている時の不思議な空間とキューたんとのやり取り。あれは全て"精神世界"というものだったのだろうか。
「方法というのは、──キュウムの精神世界に行き、三人目を私たちが消滅させる。……それにはひより、君が必要になる」
「──……私、ですか……?」
「ちょっと待ってくれ」
即座にグレちゃんからストップがかかる。
なぜ私ではないといけないのか、危険性は、詳しい方法は……。一気に沢山の質問が飛び交う中、淡々と答えていくマシロさんを見る。
何度か私も体験しているものの、意図的に自ら行くのは初めてのことで不安は拭いきれない。……けれど、これしか方法がないと言うのなら。
「リスクは高い。だから、できれば私もやりたくないんだけれど……」
「マシロさん、」
「ひより!」
グレちゃんの鋭い視線が私に向く。……私はまだ何も言っていない。けれどグレちゃんには、いや、きっともうみんな、分かっているんだろう。
"ごめんね"、そう付け加えて笑ってみせると、一瞬大きく見開いたグレちゃんの目はゆっくりと下を向く。
「いいかい、ひより。これは最終手段だ。どうなるかは彼を見てからではないと分からない」
「……はい」
「精神世界において"死"の定義は無い。ただ例外として、他人の精神世界における"死"は成立する。だからそこで受けた傷は自我が肉体に戻ったときに全て反映されるんだ。これは絶対に覚えておいておくれ」
こくり、頷いて続けられる話に耳を傾ける。
つまり、キューたんの精神世界に私が行くとする。その時にその世界で受けた傷は全て現実の物となる、ということだろう。三人目のキューたんは自身の精神世界であるから死は成立しないけれど、私なら成立してしまう。……確かに、リスクは高い。
「キュウムの中での"消滅"は別の人格に"凍らされる"ことだろう。しかしこの場合、すでに三人目に唯一対抗できる二人のキュウムは凍らされているはずだ」
「…………」
「だからまずは凍っている二人を助けるために、ひよりが必要なんだよ」
「……私にも、出来ることがあるんですか……、?」
「ああ。きっとこれは、ひよりにしか出来ないことだ」
そう言うマシロさんはどこか寂しそうに見えてしまった。それから続く話を半信半疑で聞き入れる。
──本当に、"それ"を"私が"やれば助けられるのだろうか。
過去のキューたんとのやり取りを思い出す限り何も思い当たる点は無く、不安を抱えたまま静かに頷いてみせた。