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「ジバコイル金属音、オーベム、サイケ光線!」
「ココちゃん、しろいきり!美玖さん、あなをほる!」

ギイイン、と不快な音に耳を塞ぎながら霧に包まれる空間を見る。その間にも美玖さんの姿はすでに無く、サイケ光線も真っ白な霧を少し切っただけだった。ココちゃんに目配せをして、霧の中密かに距離を縮めてゆく。

「最高に興奮してきましたっ!まだまだ続けましょう!ジバコイル、電磁浮遊です!」
「そうはさせませんよ、ココちゃんドラゴンクローで叩き落として!」
「オーベム、チルタリスに頭突き!」
「避けて!」

羽を青紫色に妖しく光らせたまま、ジバコイル向かって突撃するココちゃん向かってオーベムが飛んでくる。、が、動きが一瞬止まる。身体に電気が纏わりついて、オーベムの身体の自由を奪っていたのだ。麻痺の効果がここで出た!思わずにやりと表情を崩したあとに、ココちゃんの羽が大きく振り上がるのが見えた。まだ、電磁浮遊はされていない!

『っ美玖、今よ!』

ガン!とドラゴンクローとジバコイルがぶつかった。そのまま地面に向かって落ちるジバコイルの下、床に大きくひびが入る。タイルが盛り上がり、高音を鳴らして割れると同時に美玖さんが飛び出した。完璧に技が決まって、再び宙へ放り投げられたジバコイル。瞬時にアクロマさんに視線を向け、まだ終わっていないと判断する。

「ジバコイル!チルタリスに、」
「美玖さん、ハイドロポンプです!」
『了解!』
「オーベム、まもる!」
「ココちゃん!」
『任せなさい!』

素早く体勢と整え、大砲を斜めにする。ジバコイルの前に飛び出してくるオーベムはすでに守りの体勢に入っている。が、即座にココちゃんが横からオーベムに向かって冷凍ビームを放つ。
技の圧力に押し負けたオーベムがジバコイルの前から消えた瞬間、ハイドロポンプが発射された。左右の壁にぶつかるジバコイルとオーベム。その衝撃で地響きがして船が揺れた。土埃の中、未だ動く影が見える。……かなり、育てられている。

『美玖、離れてて』
『……まさか、心音さん、』
『そのまさか、よ』
「え、なに……?なんですか……!?」

ココちゃんを通り過ぎて、慌てて私の元へと戻ってくる美玖さんに聞くのが早いか否か。ココちゃんが天井いっぱいに飛び上がる。守るように私を懐に押しこめ向こう側へ甲羅を向ける美玖さん越しに、身体の中心を赤く光らせ羽にまで波動を伸ばしているココちゃんが見えた。

「みっ、美玖さん!?ココちゃんは……!」
『心音さんは、恐ろしい技を覚えてしまったんだよ』
「え……!?」

私の心配を他所に、美玖さんが力なく答える。
すぐ。ゴゴゴ、と地響きが鳴る。何が起こるのか分からない恐怖とココちゃんの身を案じるが故の焦り。美玖さんもといカメックスの太い腕に両手をしっかり乗せたまま顔をあげると、ココちゃんの周りには大きな岩塊のようなものが大量に浮いていた。青白い炎を纏い、不気味に揺れるそれ。

『これで終わりよ』

楽しげな声が聞こえた。そしてココちゃんの片翼が軽く下を向いた瞬間。──……青白く光る隕石が、容赦なく降ってきた。花火のように飛び散る岩塊は、恐怖以外の何物でもない。こっちまで飛んでくる岩に慌てて顔を引っ込めて美玖さんにしがみ付く。ソウリュウシティで間近に落とされた氷の弾を越えるかもしれないぐらいの恐怖の技とはこれいかに。

……揺れが治まり、恐る恐る顔をあげては目の前に広がる光景に唖然とした。先ほどまで立派な液晶画面が並んでいた操縦席であろう船の先端は、ボロボロに破壊されて不自然な曲がりを見せている。今では外の景色も良く見え、開放的な空間と早変わりしているではないか。

「ひより、どう?」
「……ど、どうっていうのは……?」

擬人化しながら足取り軽やかに私のところまで戻ってきたココちゃんが、最高の笑顔を見せている。同じく擬人化する美玖さんの目線はどこか遠いところに行ってしまっているし、私も開きっぱなしの口を閉じることが出来ずにいた。
……視線の先。ジバコイルとオーベムが守っていたであろう、その真ん中に座り込んでいたアクロマさんが立ちあがる姿が見えた。恐怖の技を向けられても尚、目をキラキラと輝かせてこちらを見ている彼にはもう何もかける言葉がない。

「さっきの技、流星群っていうのよ!わたしのお気に入りの技なの」
「りゅ、りゅうせいぐん……こわい……!」
「ええ?"綺麗"の間違いじゃない?」
「こわい!!」

ぶるぶる震える私を構わず抱きしめてくるココちゃんには、何があってももう絶対逆らえないと心から思った。





「強い」

ふらりと私の前までやってきたアクロマさんは、すす汚れた白衣を揺らしながら目を大きく見開いている。

「貴女は強いトレーナーだ!そこで訊ねますッ!ポケモンとトレーナーは分かりあうことことで更なる高みを目指せると考えていますか!」

興奮気味に問われたことに、私はこくりと頷いた。
科学の力に頼らず強くなれることは身を持って知っている。ふと、アクロマさんがココちゃんたちを押しのけて私のすぐ目の前にやってくるとガッ!と両手を握ってきた。それにびっくりしながら瞬きを繰り返していると、前のめりに顔を突き出して眼鏡の奥では変わらずきらきらと目を輝かせる。……私の反っている背中が攣りそうだ。

「貴女の返答はわたくしにとっての理想!実際、貴女はその信念を持って!ポケモンと向き合い力を引きだしている!!」
「は、はあ……」

かと思えば、私の手を捨てるように放り投げて背を向けては一歩、二歩と歩きだす。何とも忙しい人だ。投げられた両手を宙で振りながら、"なにあれ"なんて白い目で見るココちゃんを宥める。

「繰り返しますが、わたくしはポケモンを強くするなら手段は何でもいいのです!人とポケモンの交流では届かない高みがあるなら、そこに心は無くても科学的アプローチのみで力を発揮させてもいいのです」

くるり、アクロマさんが振り返り、再び私を見た。廃船と化した背景の中、触覚のようにとび出している青い髪を揺らしている。

「……ですが、貴女はわたくしに可能性を見せてくれた!貴女が勝つのか、プラズマ団が勝つのか。わたくしにとって、人とポケモンの関わりはどうあるべきかを決める戦いでもあるのです」
「勝手にあなたの戦いを被せないでほしいわね」
「まあまあ」

小声でぽつりと言うココちゃんに苦笑い。ふと、アクロマさんが私たちを通り過ぎてワープパネルの横に立つ。アクロマさんが手元の液晶画面を左から右にスライドする仕草を見せると、ワープパネルの色が緑色から青色に変わった。

「では、どこで決めるのか?」
「──……」

手のひらを表にし、そのままワープパネルへと向けられる。そこまでゆっくり歩いてゆき、ココちゃんと美玖さんをボールに戻してから目の前で立ち止まる。……この先には、きっと。

「そういえば、あのキュレムは貴女のポケモンですよね?」
「……は、?……はい」

突然の問いに戸惑いつつ頷けば、液晶画面を傾けられた。注意しつつそれを覗きこむと画面に映し出されていたのは"彼"の姿。写真とともに細かく大量の文字や数字が書かれているものの、私にはよく分からない。

「もしも貴女が勝ちキュレムを助け出すことが出来たら、少しばかりわたくしに貸してはくれませんか」
「……何を、しようとしているんですか?」
「実験とお礼を兼ねて、少々」
「…………」

無言のままアクロマさんから視線を外すと、目の前に手のひらが現れた。反射的にすこし背を反りながら、手のひらの上に乗っているそれを見る。……小さい、キュレムの人形だ。

「可愛らしいでしょう」
「……すごく、可愛いです」
「では、これを貴女に差し上げます。きっと何かの役に立つでしょう」

そうして、私の両手の上に乗せられたキュレムの人形。
……"何かの役に立つ"という時点で、以前貰ったアクロママシーンと同じ臭いを感じる。しかしここでまた発動する"貰えるものは貰っておけ"精神。

「……訳の分からないものを、よく懐に入れられるものだ」
「だって!こんなに可愛い人形、捨てられないですよ!」

呆れたように言うシキさんに思わず反論してしまった。手のひらサイズだし邪魔になるようなものでもない。服のポケットの中に入れてから、また突然ボールを凍らされても対処できるよう、再び陽乃乃くんを出す。

「さあ、ワープパネルに乗りなさい」

促され、深呼吸をしてから足をゆっくり動かした。青色に光るパネルの上、自分の身体にまで光が伸びる。

「……ご武運を!」

景色が変わる寸前、アクロマさんの声が聞こえた。
──……薄暗い部屋に揺れる黄緑色の髪と、立派な机に足を組みながら座っては、にやりと笑う"彼"を見ながら、その声はまだ耳元で響いている。



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