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シキさんに降ろされた場所からプリズマフリゲートは、もう目の前という距離だった。
凍った巨大な岩の影。その奥に位置している白い大木の下には、やっと集めただろう沢山の小石が楕円形に描かれており、そこの真ん中で焚き火をしていた。

「トウヤくん、チェレンくん」
「ひより、……その、」
「ありがとう。……もう大丈夫だよ」
「……そっか」

空に昇る煙は十分こちらの位置を示しているうえ、プラズマフリゲートからはすでにタラップが地面まで伸びている。まるで"来い"と、言われているようだ。
地面に並べられた沢山の空の傷薬を少しだけ見てから、バックを背負い直してトウヤくんたちに背を向ける。

「ひより、待って」

トウヤくんからメモ紙を受け取る。頬に張られたガーゼにそっと手を伸ばすと、苦笑いをしてから静かに目線を逸らされてしまった。それでも構わず両手を思い切り握れば、驚きの後にはにかむ彼。

「それは船内の地図だよ。俺とチェレンで記憶を辿って描いたんだ」
「いいかい、ひより。船内はパイプの迷路になっている。床に設置してあるスイッチを踏むことでパイプが繋がったり途切れたりするんだ」

チェレンくんに頷く。それから手元のメモに目を通す。とても分かりやすく、どこのスイッチを押せばどこのパイプが繋がり道が出来るのかということが一目で分かる。……紙の一番上、空白の長方形が描かれている。ゆっくり視線を上げると、隣にやってきたトウヤくんが人差し指で指し示す。

「……ここに、キュレムがいた。いや、多分、……今も居る。透明なガラスに囲まれた大きな筒のような機械の中にキュレムがいて、両脇からは常に冷気が漏れていたんだ」

それからトウヤくんの指先が少し下がり、長方形の下を左右に行ったり来たりを繰り返す。

「この両脇にはワープパネルが設置してあったよ。ただ、俺たちはここで足止めされたから、二つともどこにワープするかが分からない」
「けれどキュレムを置いておくぐらいだ。きっとどちらも重要な部屋に飛ぶことに違いないだろう」
「トウヤくん、チェレンくん、……本当にありがとう」

メモを大切に仕舞いながら視線を二人に合わせた。両手を伸ばすと、左右にゆっくり握られる。色んな意味を込めて、ありがとう。伝わっていると信じ、名残惜しくも離し、すでに準備を済ませているシキさんのところまで歩いて行っては再び陽乃乃くんの後ろに乗る。

「無茶しちゃだめだよ、ひより」
「僕たちも回復したら行くよ」

頷き、片手を持ち上げた。左右に数回振っただけで後は真っすぐ前を見る。
……蹄の音が鳴り響く道の先、凍ったタラップが私たちを待っている。





船の中はやけに静かだった。薄暗く、ワープパネルとパイプ部分だけが仄明るく光っている。
トウヤくんとチェレンくんが相当暴れてくれたおかげで団員たちも別の場所でポケモンの回復をしているからこんなに静かなんだろう。そう、シキさんは言っていた。それにここには"彼"がいる。例え団員がいなくとも、彼ひとりでこの空間を守ることなんて容易い。

「……こっちだ」
「ひより姉さん、」

伸ばされた陽乃乃くんの手を握る。フッと身体が持ち上がり、一気に階段を上りきった。それからもシキさんを先頭にメモを見ながら、ゆっくり慎重に進んでゆく。……人の気配が全くない。それにとても寒い。白い息を吐きだしながら、この場の不気味さに飲まれないよう必死に前を向く。
スイッチを押して、パイプを繋ぐ。それを何度繰り返しただろうか。
──……ついに、空白部分へとやってきた。先日のことが脳裏を過ぎっては震えていたものの、一段と青白く光る機械の目の前では震えが止まっていた。

「──……、」

透明なガラスの向こう側。謎の液体で満たされている空間で、彼は瞳を閉じていた。ごぽぽ、と絶えず水泡が生まれては消えている。灰色の髪が揺れているが、長い睫毛はぴくりともしない。
そっと、ガラスに手を伸ばして指先を当てた。両脇にある冷気を放つ機械のせいで、ガラスは刺すように冷たい。

「……眠って、いるのかな」
「体力底無しの化け物かと思っていたが、やはり休息は取っているようだな。……キュレムも、ポケモンだということか」

運が良い。シキさんがそう呟く。……私もそう、思った。
泣き虫でぎこちない笑顔を浮かべる彼も、偉そうにふんぞり返っては憎まれ口を叩く彼も、……そして大切な仲間を平然と傷付ける彼も。全部、全部キューたんだ。

「……もう少し。もう少しだから、待っていて」

ガラスに額を当ててから、ゆっくり目を閉じ言葉を紡ぐ。……今度こそ、私が。
目を開けて、ガラスから離れた。私を待っていてくれた陽乃乃くんと並んでは、右手側のワープパネルの前にいるシキさんの元へと向かう。

……こぽり。水泡が笑うように弾けた音は、誰にも聞かれることはない。



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