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翼が微かに動くたび、ドッ!と歓声が湧いていた。
傍からみれば、それは動いているとは言えない。もしかすると、そう断言されてしまう程度かもしれない。それでもひよりちゃんたち、そしてもちろん俺にとってもすごく嬉しいことだった。

カーテンが風に揺られては波を打つ。
……俺はあれから、窓枠に肘をついてずっと外を眺めていた。ひよりちゃんには「グレちゃんのことは俺に任せて!」とか言っちゃったけど、正直直視することは未だできない。どうしてか?それは俺が聞きたいよ。

時折、ポケモンセンターにやってきた観光客がやけに盛り上がっているひよりちゃんたちを珍しそうに眺めては、輪の中心にいるチョンを見つけて慌てて視線を外している姿が窺えた。それすらも見えていないぐらい、彼女たちは純粋に、ひたすら真っすぐリハビリに取り組んでいる。すごく、いい景色だ。

「……あ、」

ふと、ひよりちゃんが顔を上げた。この病室はポケモンセンターの二階にあるが、彼女が外からでもこの部屋の位置を正確に把握できているのは、きっともう何度も見上げているからだろう。
色んな感情を込めた笑い声を小さく漏らして、手を振る彼女に手を振り返す。

「あー、もう、……可愛いなあ」

子供っぽいことをするところとか、強がって笑う表情とか。全部、全部好きだけど。……いいさ、俺はひよりちゃんのポケモンだ。ずっと一緒にいられることに変わりは無い。それに些細なきっかけで心は変わるものだと知っている。
もしかすると、いつかは俺が彼女の一番に、。

「──……なれる、わけないかあ。……あはは、」

そうなればいい。そうならないでほしい。矛盾しているのは自分でも分かっている。しかしこれに答えが出ることはない。……だから今日もまた、考えるのをやめた。

「しっかし、いつまで手を振っているんだろうなあ」

未だ楽しげに手を振ってくれるひよりちゃんを見ながら振り返していたとき。
──……ガタリ。
点滴スタンドが揺れる音がした。
慌てて後ろを振り返り、身体を硬直させたまま、ベッドへ向かってゆっくり、ゆっくり視線を動かしてゆく。息を詰まらせながら、唾を無理やり飲み込んだ。

「……──、ロロ、……か……?」

掠れた声が、聞こえた。

「──……っ、!」

瞬間、俺は身体を飛びあがらせて病室のドアに向かって全速力で走りだす。
俺じゃない。俺よりもまず、彼女が知らなければならないことだ。
横に置いてあった椅子に足を引っ掛け躓きかけては慌ただしい音が鳴る。それすらも無視してドアへ乱暴に手を伸ばし。

「……っ、ロロ!待ってくれ、!」

それと同じぐらい、大きな音が聞こえた。咄嗟に振り返ると、点滴スタンドが倒れ、ベッドから転がり落ちる姿が見える。一体何をやっているんだ!、少しばかり開けたドアを急いで閉めては、慌ててグレちゃんに駆け寄る。倒れたスタンドを立て、身体を丸めたまま呻き声を漏らす彼の横に片膝を立てたまま座った。自然と添えそうになった手に気づいて止めていれば、次の瞬間、ガッ!と勢いよく掴まれる。

「ひより、ひよりは、……ひよりは、無事か……っ!?」

……なんとまあ、必死な顔をするものだ。全然力の入っていない手は俺の手首を掴んだまま放さない。
予想はしていた。けれど、もう、俺は本当に呆れて声も出なかった。だから一度だけ頷いてみせれば、彼は口を固く閉ざして見開いた目を潤ませては、慌てて顔を伏せる。

「……ほら、立てる?」
「……ロロに介抱されるなんて最悪だ」
「俺だってやりたくてやってるわけじゃない。……ま、これでお相子様だね」
「まだあの時のこと言ってるのか。くだらない」

ギシリ。ベッドが鳴いて、長いため息と毛布が擦れる音が混ざる。
目線が合わないのは意図的だろう。俺だって、今は何となく合わせたくない。
……落ち着いたところで、先ほどつまづいた簡易椅子を引っ張ってきてはベッドの横に置いた。そこに座り、腕を前に持ってきては左右の指を絡ませる。

「さて、グレちゃん。何から聞きたい?」
「……沢山ありすぎて、何から聞けばいいのか分からないぐらいだが……そうだな、まず、」
「あれから一週間ほど経ってるよ。……ずっと君は、眠っていたんだ」
「……──、」

絶句。まさにその言葉がお似合いだ。口をぽかんと開けたあと、片手をゆっくり持ち上げて自身の両目を覆っていた。そういう状況になってしまったことに後悔しているのか、それとも、。

「ま、他については後でゆっくり教えてあげるよ」
「……よろしく頼む」

足を組んでにこりと笑顔を浮かべると、やっと合った視線はすぐに外された。
──……遠く。今にもつまづきそうなぐらい急いでいる足音が聞こえている。きっとそこの扉が思い切り開くのはもうすぐだろう。
……さあ、我らがひよりちゃんのお出ましだ。



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