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──言葉では表現できないような出来事だった。
ディアルガさんが指を鳴らす音がしたと思えば、気付いたときにはすでに景色が変わっていた。空にはたくさんの星が瞬いていてとても綺麗だ。
……ふと、周りを見回して思う。この景色に、見覚えがある。確かここは……ソウリュウシティ、だ。
カツンとディアルガさんの靴の音が鳴り、視線を移すと夜ですら映える白が優しく揺れる。

「ここまで運んでやったんだ、不満はないだろう!俺様はもう帰る!」
「ありがとう、ディア。また何かあったらよろしく頼むよ」

断る!、怒声とともにディアルガさんの姿が消える。……ああ、お礼を言いそびれてしまった。
そうして私の横を飛ぶセレビィくんの笑い声を聞きながら前を見た。白が一歩、横に動くと、また別の姿が二つ現れる。どくん、どくん。心臓の音が早くなる。
──私の足が、向こう側からだんだん速度をあげて駆け寄ってくる二人に合わせて大きく動き出した。
腕を大きく広げて、地を蹴りあげ風を切る。それからグッ!と踏み込んで、

「──……チョンっ!あーさん!」

屈んでくれていた二人に、思いっきり飛びついた。
もしも待ち構えていたのがひとりだけだったなら、きっと私が押し倒していただろう。それぐらいの勢いだった。どこかぶつけたのか少し痛む気がするけれど、今はそんなことすら気にならない。
ひたすらに抱きしめてくれたり、頭をこれでもかというほど撫でてくれるのが本当に嬉しい。

「嬢ちゃあああん!嬢ちゃん、久しぶりだ、……久々だなぁ……っ!」
「久しぶりだよ、あーさあん!髪伸びたんだねえ、ちょっと格好よくなったああ……!」
「ちょっとは余計だぜ嬢ちゃああん!」

ぐわんぐわんと頭が揺れる。髪も一気にぼさぼさになってしまった。それでもやっぱり嬉しくて、号泣するあーさんに釣られて声が震えて目が潤む。
何を言えばいいのやら、……いや、きっと何も言わなくてもいいんだろうけど、とにかく何でもいいから会話がしたくて二人で笑顔で泣きながら同じ会話を何度も何度も繰り返していた。

「ちょっとー!そろそろオレにも譲ってよー!」
「チョン……譲るも何も、お前ぇずっと嬢ちゃん腕ん中に入れてんじゃねぇかよぉ……っグス、」
「グレちゃんたちもいること、忘れてないよねー?」
「……っあー!そうだったぁ……!」

勢いよく立ちあがったあーさんは、今度はグレちゃんたちの名前を呼びながら全速力で走って行った。そうして後から何かがぶつかる音と笑い声が聞こえてくる。
まるで嵐のようだなあ、なんて可笑しく思いながら髪を手で直していると、別の手が頭の後ろに回ってきてそのまま前に押し倒される。チョンの肩に顔が埋まり、一度大きく深呼吸をした。……懐かしい、匂いだ。

「ねえ、ひよりー、オレも格好よくなったでしょー?」

一度、少しだけ身体を離してニコニコしているチョンを見る。
チョンもグレちゃん同様、さらに身長が伸びていた。髪も伸びて、今では肩にかかっているぐらいだ。垂れ目は健在だけど、僅かにキリッとしているようにも見える。……以前、ジョウトで通信したときに言っていたことを思い出しては思わず笑ってしまう。

「うん、チョンも格好よくなってるよ」
「ほんとー?」
「ほんと!」
「……えへへ、嬉しいー……」

はにかむように笑ってから、またぎゅーっと抱きしめる。……まるで今までの時間を埋めているかのようだ。

「あのねー、……ひよりがいなくなってから、みんなバラバラで行動してたんだよ。オレ、ひよりのポケモンになってからみんなでいる楽しさを知っちゃったからね、……すごく、寂しかった」
「──……うん」
「でもね、またこうしてみんなで一緒にいられるの、──……オレ、本当に、嬉しい……っ!」

絞り出すような声に変わるのと同時に抱きしめられる力が強くなる。私はずっと唇を噛みながら無言で頷きを繰り返していた。
"やっぱりオレにキリッとは無理だったー"、なんて言うチョンに思わず口元が緩んでしまう。

「ひより」

不意に名前を呼ばれ、振り返る。
チョンもようやく離してくれて、私はのろのろと立ちあがる。目元を乱暴に拭いながら白の前に立ってたか視線を上へと向けると、すぐに視界が埋まってしまう。少し驚きながらも大人しく抱きしめられていると、ふと耳元で声がした。

「……君が無事で、本当に良かった」
「マシロさんも元気になったんですね……良かったです……っ!でも力は、盗られてしまったままですよね」
「ああ、そうさ。でも心配することは無いよ」

身体を離すと、私の胸元に人差し指と中指を合わせて当てるマシロさん。一瞬びくりと身体を飛びあがらせると面白げに笑みを浮かべる。

「私の力の根源は全てひよりに預けているんだ。例え力を奪われたとしても、君が生きてくれさえいれば、いくらでも力は戻るのさ」
「そう、なんですね……」

そんな大事なものを私に預けてしまうなんて、あの頃のマシロさんはそれほど切羽詰まっていたということなんだろうか。なんだか複雑な気持ちになってしまう。
……ふと、目の前。
急に風が思い切り吹き上がる。思わず目を瞑り、上に舞い上がる髪を抑えていればピタリ、と冷たく湿った何かが手に当たった。
──目を開けて、息を飲む。
真っ白い毛並みが夜風に揺れる。私の手に当たっていたのはその鼻先で、恐る恐る撫でると嬉しそうに透き通る青い瞳を細めていた。マシロさん、……いや、レシラムの姿をきちんと見るのはこれが初めてだ。

『本当なら、もうひよりの役目は終わっていたはずなんだ』
「でもまだ、私のやるべきことは残ってます。……これは私が望んでしたいことなので、マシロさんが気にすることはないですよ」
『……はは、ありがとう、ひより。君の好意に甘えて、もう少しだけ頑張ってもらってもいいかな』
「はい!もちろんです!」
『それなら私も、──望んで、なろう』

え?、声をあげる間もなく、いつの間にやら腰についていた白いボールが開いていた。それが落ちると同時にマシロさんの姿も消えて、揺れるボールが静かになった。……後ろを見るとチョンがVサインを私に向かって出している。いつの間にボールを付けられていたのか。
少し緊張しながらボールを手に取り、スイッチを押す。──と、また現れる白にまたドキドキしてしまう。

「これで私もひよりのポケモンだ。やっと、ひよりのそばで戦うことが出来ると思うと、つい嬉しくなってしまうね」
「マ、マシロさん……っ!本当に私でいいんですかっ!?」
「おや、ひよりは変なことを聞くんだね」

首を傾げるマシロさんを前に、少しばかり震える手でボールを握る。……だ、だってマシロさんは伝説のポケモンだ。しかもゲームのパッケージになってしまうぐらいであって、その、……私には、荷が重い。

「何を今さら!そいつぁ自らボールに入ったんだぜぇ?そのボールは嬢ちゃんが持つしかねぇ」
「あ、あーさん!」

さっきまで号泣していたと思えば、今ではがはは!と大口を開けて笑っている。そうしてまた私のところにやってきてはまた頭を撫でまわすもんだから、髪はあっという間にぐしゃぐしゃだ。

「マシロさんは絶対力になってくれるよー。ひよりもそう思うでしょうー?」
「……うん」

チョンもやってきてボールを握ったままの私の手を取り、上から包み込むように握る。

「なら、ひよりが持つべきだよ。マシロさんも、そう望んでる」
「……、うん」

頷くと、チョンの手が離れた。そうして私はボールをしっかり握ったまま、再びマシロさんの前に立つ。

「マシロさん、よろしくお願いします」
「……ひより、ボールを前に」
「……?」

言われるがままボールを掴んだまま腕をまっすぐ前に伸ばすと、……なんと、マシロさんがその場に跪く。慌てたって、もう遅い。手に手を添えられ、ボールに口づけをするその姿に思わず動きが止まってしまった。……まるで、誓いを立てる騎士のようだ。

「私がひよりの盾となり、剣になろう」
「……は、……はいぃ……」
「ふふ、こちらこそよろしく頼むよ」

顔を赤くしたまま完全に固まっている私を見ては、マシロさんが楽しそうに笑っていた。……しばらく熱は引かなそうだ。
ぱたぱたと手のひらで顔を仰いでいると、ふと、マシロさんが私の名を呼ぶ。顔を上げると、優しい眼差しが向けられていた。

「──ひより、おかえりなさい。よく戻ってきてくれたね」
「……!」

おかえりなさい。
何でもない言葉が、今はとても嬉しくてたまらない。

「嬢ちゃん、おかえり。待ちくたびれちまったぜぇ」

振り返ると、あーさんとチョンが私を見ている。

「ずっと、ずっと、待っていたよ。……ひより、おかえりなさいー!」

星空を背景に彼らが紡ぐ言葉が、じんわりと心に沁みていく。
──私、……本当に、イッシュに帰ってきたんだ。
みんなのところに、戻ってこれたんだ……!

「──ただいまあ……っ!」

──やっぱり私は、この世界が大好きだ。



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