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オレはただ、またみんなで一緒に旅がしたいだけなんだ。
……ううん、一緒にいるだけでもいい。誰かとともに日々を過ごす楽しさを知ってしまったから、幸せを一度でも手にしてしまったから。
もう一度君と、君たちと一緒に。





──気づいたら、見知らぬ場所が広がっていた。
床は鉄筋が組まれているだけのもので、網目から下が見える。見下ろすためだけの場所なんだろうか、ここには何も無ければ誰もいない。けれども念には念を。黄緑色の光から歩み出て、慎重に鉄筋の上を歩いてゆく。

「何もないねー」
『……まって、チョン』

オレの頭の上に寝そべっていたセレビィくんがフッと起き上って宙に浮かぶ。
その声にオレもすぐさま歩みをとめて、警戒態勢に入った。……見た限り、何もない。変わった音も聞こえないし気配も感じられない。それでもオレもポケモンの姿に戻り、セレビィくんの横に並ぶ。

『……』
『……』

聞こえる音といえば、オレたちの羽の音だけだろうか。他に音はない。けれど明らかに空気は動いている。
──……何かが、いる。

……刹那、一気に室温が下がった。
それと同時に目の前から風を切って、真っ直ぐに向かってくる何か。羽を斜めに身体を傾けて瞬時に避けると、後ろの壁、位置は丁度オレとセレビィくんが飛んでいた間だ。そこに深くナイフが突き刺さっている。半透明のナイフは冷気を帯びていて、辺りにはダイアモンドダストが舞っている。

『……まさか、』
「その"まさか"、ってねー」

凍ってしまいそうなぐらい冷たい空気を羽で裂き、ナイフが飛んできた方向をジッと睨む。
……オレだって、あのときよりは強くなってる。全てこの日のために、オレなりに努力してきたんだ。大丈夫。きっとやれる。

「やあ、久しぶりだねえ!」
『久しぶりだねー、……キューたん』
「おやおや、その呼び方はなんですか?このワタクシには似合わない」

灰色の髪を揺らしながら、トン、と軽やかに鉄筋でできた柵の上に着地した。
どこから現れたのか。寒さでブルブル震えているセレビィくんが青白く光り続けている下を指差しているから、きっと下から来たんだろう。

「それはともかくキミがいるっていうことは……ひよりちゃんも、いるんだね?」

ゾクリ。細められた虚ろな黄色の瞳に、思わず身動きが取れなくなる。だけどそれも一瞬だ。なんてことはない。
伝説のポケモンだからなのか、マシロさん同様二年前と姿がほとんど変わっていない。

『チョ、チョン!一旦退こう……!もうあれは完全に飲まれてる!ボクたちじゃ相性的にも敵わないよ……!』
「……いや」

だからといって、このまま退くわけにはいかない。だってこの先には、ひよりがいる……!
思い切り羽を広げて天井いっぱい飛び上がる。羽を使って風を起こし、少しでもオレに有利な場を作らないと。

「まさかキミ一人でワタクシと戦おうって?……冗談、でしょう?」
『……ッ!』

向かい風にも関わらず、的確に急所へ向かってナイフが飛んでくる。それを避けつつ、作った風に乗りながら一気に急降下した。
もちろん彼だって大人しく技を受けてくれるわけが無い。楽しげに笑みを浮かべながらオレに向かって飛び上がる。距離が縮まり、瞬間、身体に強い衝撃が走った。同時に片翼から氷が蔓延る音もする。

「ゴッドバード。大層なのは名前だけだねえ。……言っておこう、強くなったのはキミたちだけじゃない」
『──油断大敵、だよ』
「っ!」

溜めていた力を、その懐に一気にぶつける。
すぐ近くにいた彼が一直線に放たれた光線に持ち上げられて天井にぶつかり、光とともに爆発した。逃げられる寸前、凍った片翼に服の裾を引っ掛けて捕まえたから確実に当てられたのは間違いない。
……そうして凍った片翼では飛べず、立ち込める煙の中を真っ逆さまに落ちてゆく。その上、天井にはギラギラと目を光らせては氷の刃の雨を今にも降らせんとする彼の姿。
……ああー、流石にあれは避けきれないなー……。

『ああもう!だから言ったのにい!破壊光線まで使っちゃってさー、キミ、今身体動かないでしょ!?小さいボクに運べって!?』
『……あははー、ごめんねー』

緩やかになる速度に密かに安堵のため息を漏らす。『笑い事じゃないでしょ!』なんて怒ってくれるセレビィくんの存在が今はとても有難い。
仕掛けはないことが分かったし、囮役も多分果たせた。……今度はみんなと一緒に戦おう。

『いい?行くよ、!』

──そうしてセレビィくんの言葉と共に、異空間が広がった。
羽を動かさなくとも、勝手に身体が光の粒とともにどこかへ流されていく。これが、時渡りなのか。
どうやら向かう先は数分後の世界らしい。けれども焦りを隠せない様子のセレビィくんを見ると、……追いつかれるのは、時間の問題なんだろう。



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