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洞穴を抜け、再び明るくなる視界に目を細める。
綺麗な砂浜と海は相変わらない。……が、すぐ目の前にそれは佇んでいた。
「プラズマフリゲート……!」
『ひよりちゃん』
ロロの声で視線を移すと、すぐ横の大きな岩陰からチェレンくんとトウヤくんが私に向かって手招きをしていた。慌てて身を屈めながらロロと共に二人の元へと急ぎ、その影に飛び込む。
「待ってたよ、ひより」
「よく見つけたね。二人とも流石だよ」
「ありがと。でも、見つけたはいいものの、どこから上がればいいのか分からなくてさ」
二人に釣られて視線を上げる。確かにこの巨大船、どこにも入口が見当たらない。外から見た限りだと甲板への道も無さそうだ。
チョンに頼んで上空から甲板へ降りることも可能だけども、見張りがいないとも限らない。……どうしたものか。
──そのとき、腰につけていたボールが揺れた。このボールは、マシロさんだ。スイッチを押すと擬人化姿のまま出てきて私たち三人の後ろにしゃがむ。
「……少し待っていておくれ。今、タラップが降りてくる」
どうしてそんなことが分かるのか。トウヤくんたちと目を合わせていると、……次の瞬間。ギギギ、と鈍い音が船のほうから聞こえてきた。そうして重々しいタラップが厳かに砂浜へ降りる。僅かに緊張しながら様子を伺っていると、船からかけ足で降りてくる人間が一人。──……いや、あれは、……!
「レシラム様、お待ちしておりました」
右目にかかる茶髪を揺らしながら随分と柔らかな表情でお辞儀をする彼は、……メブキジカのシキさんだ。
二年前、マシロさんを助けに行くときも彼には何度もお世話になった。
そういえばメブキジカは季節によって容姿が変わると図鑑には書いてあった。以前は首元に真っ白なファーのついた服を着ていたけれど、今は薄手のジャケットになっている。腰に巻いているカーディガンは葉っぱをモチーフにしているんだろうか。
「あ、あの……!」
「心配しないでも覚えている。……久しいな、ひよりさん。元気そうで何よりだ」
「!、シキさんこそ!」
差し出された片手を両手で握ってぶんぶん縦に振っても、シキさんは笑みを見せていた。あまり表情が顔に出なかった以前と比べ、大分表情豊かになったように思える。
……そのとき、シキさんがバッと後ろを振り返った。同時にマシロさんとロロの視線もタラップの先へと向かう。
「先ほどの音で何人か出てきてしまったみたいだ。……すまない」
「いえ。……シキさんのおかげで、先に進めます!」
忙しくタラップを駆け降りてきたプラズマ団は三名ほど。きっと見張りで甲板近くにいたんだろう。
シキさん曰く、船には防音加工もしっかりしてあるらしい。ここに来るプラズマ団の人数が増えないのを見ると、船内にいる団員はまだ気づかれていないのかも知れない。
潜入するには、今しかない!
「トウヤ、そっちは任せたよ!」
「チェレンこそ油断しちゃ駄目だからね」
我先にとプラズマ団とバトルを始める二人の後ろ、トウヤくんたちを掻い潜ってきたプラズマ団の男が一人、ボールを宙に放り投げた。こちらはロロがすでに出ているし戦う準備も万端だ。
「タラップを下ろしやがったのはおまえだな!?くそー!足止め用のイワパレスまで退かしやがって!」
あのイワパレスは足止め用だったのか。けれどあれは、アクロマさんがくれた機械のおかげで退かすことが出来たのだ。となると、アクロマさんは……?
「いくぞ!プラーズマー!!」
「ロロ、ねこだまし!」
突っ込んでくるミルホッグの目の前、ロロの尻尾が床を弾いて大きな音を生む。一瞬、動きが止まったところをそのまま身体をしならせては鋭く尖った爪を振りかざす。
レベル差もあるようだし、見ていても冷や冷やすることのないバトルだ。時折、こちらまで飛んでくる小石などにももう慣れたものである。構わずバトルに集中していると、スッと目の前に白が入った。
「ひよりは私の後ろに」
私より断然大きなマシロさんが間に入ったことで小石すら私には届かなくなったものの、マシロさんの腕を掴んでから再び私は前に出る。
「この後からはマシロさんがいないとどうにもなりません。今は力を温存するためにもマシロさんこそ私の後ろに!」
「ひよりさん、安心してくれ。レシラム様はオレの後ろに」
マシロさんの前にはシキさん、その前には私という二重の壁が即座に出来た。
そしていつの間にやらミルホッグを倒して、プラズマ団の二体目のポケモンであるダストダスの相手をしているロロにも素早く指示を出す。舞い上がる煙と風を浴びながら、「参ったなあ……」なんて笑い混じりのマシロさんの声がした。
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「しまった!ハッチが閉まっていない!」
目を回して地に伏しているダストダスをボールに戻すや否や、プラズマ団の男たちは再びタラップを駆けあがって右方向へと走って行った。
トウヤくんたちのバトルも無事勝利に終わったようで、ポケモンたちも大きな傷は見られない。出だしは好調だ。
「オレが案内しよう」
シキさんが先頭に出て、それに続いて私たちもかけ足でタラップを渡り、広い甲板へとやってきた。
プラズマ団が走って行った方向にはハッチがあり、先ほど戦った男たちはそこを取り囲むように辺りを見回しながら警戒している。……が、シキさんは反対の方向へと歩みを進めた。腰を低く、物陰に隠れながら移動する。もう一段高くなっている甲板の下、ここにも小さいながら入口があった。ハッチより進むのが困難だろうが、中に入れれば何でもいい。
「待て」
「、わ!」
シキさんが入口の壁際で急に止まり、思わずぶつかってしまった。続けて後ろのトウヤくんもぶつかってきて玉突き事故が発生する。小声で謝りつつシキさんを見ると、視線は入口の先へと向いていた。きっとここにもプラズマ団がいるに違いない。それからシキさんが壁に背中を合わせたまま、私たちへと視線を移す。
「……ここは北入口。しかしバリアが張られている。解除するにはパスワードが必要なんだが、そこまではオレにも分からない」
ハッチの方にはバリアは張られていないらしい。だからプラズマ団たちはハッチが開いたままということにあんなに焦っていたようだ。しかしながら、ハッチよりもこちらの入口の方が厳重警戒されているということは。
「パスワードはプラズマ団に直接聞けばいいよ」
「ああ。丁度、ハッチに張り付いていた奴らも中に入ったようだ」
シキさんの視線の先、複数の足音が聞こえてきた。私には何も見えないけれど、シキさんの言うとおりになっているんだろう。
そして先に、トウヤくんとチェレンくんが動きだす。
「僕たちがパスワードを聞きだしてくる」
「だからひよりはここで待っていて」
「でも……っ!」
「今度こそひよりの力になりたいんだ。大丈夫、任せて。ね?」
そんな言い方、ズルイ。真っ直ぐに私を見つめるトウヤくんに口先を尖らせながら頷くと、笑い声を返された。
シキさんもトウヤくんたちと一緒に向かうらしい。彼らのあとに続いてそっと動き出すシキさんが、ふと、一度振り返っては私を見る。
「……中のプラズマ団は二人だ。くれぐれも油断はしないように」
「……!、はい!」
……どうやら私がジッとしていられないこともすでに分かっていたようだ。
素直に返事をしてしまうと、シキさんは困ったように笑っていた。