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名称の通り、海辺のすぐ目の前にある広すぎる岩場にはぽっかりと大きな穴が開いていた。周りには南国でよく見る木が何本か生えており、雰囲気もどことなくセイガイハシティに似ている。
ここに来る間、空からは海でのんびり泳いでいるトレーナーを何人も見ているからなのか、決戦の場はもう目の前だというのに緊張感がまだない。
相変わらず飛行後の不快感を残したままチョンをボールに戻し、グレちゃんを出す。この穴の大きさならグレちゃんでも余裕で歩けるだろう。
『行くぞ、ひより』
「うん」
入口を潜り、中へ入る。普通の洞窟だ。……しかし、やけに静かである。ここは殿たちと暮らしていたあの家があった洞窟ではない。野生のポケモンがたくさん住んでいてもおかしくはないというのに……。
時折見かけるトレーナーと挨拶を交わしてはホッとしながら、グレちゃんを先頭にどんどん先へ進んでゆく。湿った土を踏みしめて、洞窟独特の匂いを嗅ぐ。頑丈ではないけれどここにも人工的な橋はある。それだけでも不思議と安心できるし、この先にはトウヤくんとチェレンくんもいるはずだ。不安になるにはまだ早い。
『……この水の先から、トウヤたちの気配があるな』
少しばかり腐敗の進んでいる長い木製の階段を降りたところ、目の前に湖が広がっていた。少し先には小さな陸地と、暗くてよく分からないけれどどうやら左側には先へと続く道もありそうだ。
今度はグレちゃんをボールに戻してあーさんを出す。湖に向かって赤い閃光を向けると、ボールから出るや否や久々の水で満たされている場にはしゃぐように泳ぎまわっていた。
『嬢ちゃん乗せるのも久々だなぁ!……いんやぁ、そういや前からあんまり乗せたこと無かったな』
「だってあーさん、ポケモンの姿だと私より小さいでしょう。だから乗るに乗れなくて。でも今回は仕方ない。私が重くても我慢して!沈まないで!」
『大事な嬢ちゃんだ、水ん中落としたりなんかしねぇよ』
カラカラと笑うようにそう言うあーさんを見ながら、一旦地面にバッグを置いてから靴を脱ぐ。しゃがんでバッグを開けると、セイガイハシティに来てからはずっと履いていなかったタイツを手で押さえながら靴を無理やり鞄に詰めた。
それから立ちあがってスカートのジッパーに手を伸ばしたとき、ばしゃん!と一度大きく水が弾ける。
『お、おいおい嬢ちゃん、まさかここで脱ぐってかぁ?』
「そうだけど?」
『ひよりちゃんが脱ぐと聞いて』
すかさずボールから飛び出してきたロロにセレビィくんの笑い声が聞こえる。またしても姿が見えないものの、どうやら常に私の傍にいてくれているようだ。
すぐ横で長い尻尾をゆらゆらさせながら熱い視線を向けるロロ。……はあ。いったい何を期待しているのやら。
『嬢ちゃん、長いこと一緒に居るったってぇ、もうちっと考えた方がよくないかぃ?こっちからすりゃぁ、いいもん見れっから嬉しいけどよぉ……』
そんなことを聞く時間は無い。
あーさんの言葉の途中でスカートを脱ぐ。それも畳んで無理やり鞄に押し詰め。
『……なるほどなぁ。もう履いていたのかぃ』
『せめてビキニであったならよかったのに!ショートパンツなんてあんまりだ……っ!ひよりちゃん、もっとサービスシーンをちょうだい!?』
「そんなサービスしても何にもならないでしょうが」
『士気が高まる!俺の!』
さっさとロロをボールに戻して、鞄を斜めに背負った。……誰がビキニなんて履くものか。
それはさておき、あーさんには陸地ギリギリまで寄ってもらいゆっくりその背に身を預ける。バスラオの大きさは大体1メートル。あーさんは普通のバスラオより少し大きく、なんとか私でも乗ることができる大きさだ。
「あーさんほんとに沈まない!?大丈夫!?」
『大丈夫だから今こうやって浮かんでんだろぉ?』
跨いで座ったものの、膝から下は完全に水に浸かっている状態だ。洞窟内の水だからか余計冷たく感じるもののそのうちすぐに慣れるだろう。一度身震いをしてからとりあえず背鰭をしっかり握っておく。
『嬢ちゃんが冷えないうちに運んでやっから、しっかり掴まっとけぇ!』
「了解ー!」
深い青が広がる湖を泳ぎだす。あーさんと私の両足が水面を切っては白い水飛沫を上げていた。水温に慣れてしまえば、あとはもう楽しいだけである。薄暗いままではあるけれど、大分洞窟の暗さには慣れたようだ。
──……やはり、湖の奥、左側には細い道があった。
まるで隠し通路みたいに細い場所を水を切りながら泳ぎ進んでいく。想像していたよりも長かったものの、また開けた湖に出た。陸地もあり、意外と楽しかった洞窟内遊泳もこれで終わりだ。
「ありがとう、あーさん!」
『おう!』
『ひよりちゃん!今濡れたから、水着はもう脱ぐでしょう?ねえ?』
私が地に足をつけた瞬間、ロロが出てきたと思ったら開口一番がこれだ。
実際、思っていたよりも濡れることが無かったから別に水着を着たままでもいいけれど、このままだと動きにくくて仕方ない。
素直にロロの言葉に頷くと、またもや瞳を輝かせる。
「ロロ」
『いつでもどうぞ。ばっちり見てるから』
「まず、水着を着たままスカートを履く」
『水着を着たまま、……スカートヲハク……?』
「しっかりスカートを履いてから水着を脱ぎます。そしてタイツを履き、靴も履けば、……はい終わり」
『…………終わり?』
「終わり」
なぜそんな顔をしているのか。呆然と私を見ているロロを残し、あーさんをボールに戻してから鞄を肩にかける。折角ボールから出ているし、万が一のことも考えてこのままロロには居てもらおう。
『ただの鉄壁ができあがる過程だった……期待した俺が馬鹿だったよ……』
「やっと分かった?」
『ひどいよ……俺はこんなにもひよりちゃんのことが好きなのに……』
私を好きなことと脱衣シーンは関係ないと思うけど。
「私もロロのこと大好きだよ」
『……え、……』
「え?知らなかった?」
『……知ってる、けど、……』
けど、の続きはなく、急にしおらしくなったロロは私に背を向け、先に階段を上っていく。そのあとを追いながら、外から洞窟内に差し込んでいる光に目を細める。
『ひよりちゃん』
……長い階段の先、上り終えたロロが私を呼ぶ。なんだと思ってかけ足で行けば、なんと出口が大きな岩で塞がれていて通れないようになっていた。けれどこの岩、なんだか他の岩とは色が違う。それにどこかで見たことあるような……?
『イワパレスっていうポケモンだよ。何でこんなところで寝ているんだろう?』
セレビィくんも姿を現し、指でイワパレスを突つくが起きる気配が全くない。普通の岩なら壊すことも出来たし、まだそちらの方が良かったかもしれない。
どうしようか考えていると、ふと……鞄の中から、機械音が聞こえた。すぐに鞄を開けてみると、あのアクロママシーンがなぜか点滅を繰り返している。なにこれ!?なんだか爆発しそうな光り方なんだけど!?
「ロロ、これどうしよう!?」
『試しにボタン押してみれば?』
仕返しというように、ロロはにやにやしながら慌てる私を見ている。……ぐうう、持ってきてしまったのは私だ。ここは意を決してボタンを押してしまおう。
……若干震える指で、ええい!と勢いよく青緑色のボタンを押す。
すると一瞬、耳鳴りがしたと思うとイワパレスが飛び起きて勢いよく階段を下りて行き姿を消した。そうして手元を見ると、鈍い音を鳴らすアクロママシーン。点滅していた光も完全に消え失せてしまった。壊れて、しまった……?
「爆発しないでよかったあ……。よし、これで通れるぞ」
『……落ち着いているね、ひよりちゃん』
心配そうな声色のロロの言葉に、思わず苦笑いが出る。落ち着いているなんてとんでもない。もうここを抜ければ、きっと、。
一度大きく息を吸い込み、また吐いた。……心の準備も、万端だ。