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『気を付けろ、って言ってたよ』
「っわあ!?」
『……あ、ごめんー!』
すぐ目の前に現れたセレビィくんに驚いて身体を仰け反らせる。
誰が言っていたのか、聞くまでも無い。"テラキオン"と呼ばれたポケモンはすでにいなくなっていた。
"そういえば!21番水道にある海辺の洞穴の中で面白いものを見ましたよ。"
去り際、アクロマさんが言っていた。たとえこれが罠だとしても、そこにプラズマ団がいるなら行くしかない。
……そうして私たちも、またロロを先頭に来た道を戻って行く。歩いていると、ふと、ポケギアが鳴る。画面を見ると"トウヤくん"の文字が浮かび上がっていた。通話しかできないけれど、ポケギアがイッシュ地方でも使用できてよかった。
『──あ、ひより?』
「どうしたの?」
『プラズマ団の居場所が分かったんだ。21番水道にある海辺の洞穴に来てくれないかな』
「……分かった。すぐ行くね」
アクロマさんが言っていた水道だ。
ポケギアを切ってから、急いでロロを戻してチョンを出す。急ぎだもの、仕方ない。空を飛びたくなくても、空路の方が早く行ける。
飛ぶ準備のために羽を一度大きく広げてバタつかせているチョンを見つつ、先日のことが未だ忘れられず、乗る前から私はすでに涙目である。
「チョ、チョン……今日はゆっくり、ゆっくり飛んでね……!?」
『あははーひよりー、言葉まで震えてるよー?』
笑い混じりの声に恐怖しか感じない。あの内臓が急激に持ちあがる気持ちの悪い感覚なんて、チョンには一生分かるわけがないんだ。……自暴自棄。いつもゆっくり乗るけれど今日はさっさと乗って思い切りしがみ付く。もういいさ、チョンの好きなように飛ぶがいい。
「……ドウゾトンデクダサイ」
『ひよりー、この前は悪かったってばー!ごめんー!』
「…………」
すでに心の準備も出来ている。ばさばさと羽の動作もつけて謝るチョンに黙ったまましがみ付いていると、羽が一旦畳まれた。不思議に思って少しばかり顔をあげてから後ろから覗きこむように見てみると、チョンの視線は地面を向いている。
「ど、どうしたの……?」
『……ほんとにひよりは鈍感だー』
「……え、突然なに……!?」
チョンには言われたくない言葉である。
そしてなぜ今、それを言われなければならないのか。変わらず羽を閉じたままのチョンを人差し指で突いてみたり、羽を私の手で広げてみても一向に飛ぶ気配が無い。
「チョンさん……?どうしたんですかあ……?」
『……オレがこの前一気に飛んだ理由、ほんとにひより分かんないの?』
「う、うん?」
あれに理由なんてあったのか。曖昧に頷くと少しだけチョンが振りむいては私を見る。
『ひより、飛ぶのが久々じゃないってことは、ジョウト地方にいたとき誰かに乗せてもらってたってことでしょー?』
「うん、そうだよ……?」
『……オレだってヤキモチやいちゃうこと、あるんだから』
「……、え?」
小さく紡がれた言葉を一回で理解することが出来ず、何度も頭の中で繰り返す。チョンが、焼きもち?
……と、ここで羽が左右に大きく広げられ、前のめりの体勢となる。慌ててしがみ付き直し、ゆっくり飛び立つ様子に一度息を吐く。
『なんちゃってー、さっきのは冗談だよー。深く考えないでね』
「うん……?」
結局のところ、私はからかわれただけだったのか。
なんだかよく分からないまま、海辺の洞穴へと向かうのだった。
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『やっほー、聞こえるー?』
「──……、うん、聞こえるよ」
氷漬けにされた街の中、地図を片手に話している二人の背中を見ながら僕は答えた。
伝説のポケモンというのは、僕たちには出来ないことも簡単に出来てしまうみたい。素直にすごいなあと思ったり、少しばかり羨ましかったりもする。
そうしてその声に集中するために、一度目を閉じた。
「どうしたの?」
『えへへー、ボクからのプレゼント、やっと渡せるよ』
「プレゼント?僕に?」
『"キミたち"と"あの子"に!』
「……──!」
目を見開いて、息を吐く。
──……やっと、やっとだ。この二年間、どれほどこの日を待ち望んていたか。それは僕だけじゃない。二人だって、きっとそう。
「っ場所は?僕たちはどこに行けばいいの!?」
『まあまあ落ち着きなって。えっと……21番水道にある、海辺の洞穴ってところ!ちゃんと準備、してきてねえ?』
「うん、分かった。ありがとう、セレビィくん!」
『お菓子!お菓子も忘れないでね!』
「分かったよ。たくさん持っていくね」
セレビィくんの嬉しそうな声に思わずクスリと笑ってしまった。
通信が途切れたようで、もう頭には声が聞こえない。耳元に添えていた片手を下ろすと笑い声が聞こえてしまっていたのか、二人が不思議そうな顔で僕のことを見つめていた。
「陽乃乃、突然笑ってどうしたの?」
「……あ、ほら、心音さん。やっぱりここがソウリュウシティですよ!」
「……見てよ、陽乃乃。あの美玖の得意げな顔」
口元に手を添えて隠しつつ、美玖さんを横目で眺める心音姉さんに僕は思わず苦笑いをする。
それから美玖さんも遅れてこちらにやってきた。地図を仕舞いながら、心音姉さんに肘で突かれてもなお、得意げな笑みを隠しきれていない。揺れる赤いピアスとその表情に、一瞬殿と美玖さんの姿が重なる。……そんなことを言うと「オレと殿を一緒にしないでほしいな」って言われるから言わないけれど。
「ヒノ?どうしたんだ?」
「ううん、なんでもないよ。それよりも……、美玖さん、心音姉さん、……よく、聞いてね」
「「……?」」
冷たい空気を思い切り吸い込んでから、時間をたっぷりかけて吐き出した。
……心臓がいつもより早く動いているみたいだ。色んな気持ちが混ざり合って、謎の緊張を生み出しているんだろう。
黙ったまま僕の言葉を待っている二人を前に、やっと、口を開く。嬉しくて震える言葉が紡ぎだす、ほんの少し先の未来。
──……さあ、行こう。僕の大好きな、彼女の元へ。