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現在地。コガネシティ、ポケモンセンター。
アカネさんが立ちはだかるコガネジムに挑戦すべく、陽乃乃くんとココちゃん、そして今回からは美玖さんを含む三人を中心にグレちゃんとロロ相手に練習バトルをしていた。ちょうど今、それを終えて体力回復をしてもらうためジョーイさんに預けたところである。

今すぐにでもイッシュへ戻りたい。だけどまずは先にセイロンを探さなければならない。その旨をみんなにも話してこうして再び旅に出たわけではあるが、当てのない旅になるからなのか不安な気持ちが常に片隅にある。グレちゃんを探すときのように、少しでも範囲が限られていたならよかったものの、セイロンに至ってはそれがないのだ。もしかしたらこのコガネシティにいるかもしれないし、もしかしたらずっと先の街、タンバシティにいるかもしれない。……ああ、先が思いやられる。

「ひよりちゃん」

長椅子に座って待っていると、少し離れたところに設置してある通信機と向き合っていたロロが私に向かって手招きをする。
ポケモンセンターにある通信機は、ポケモンを遠く離れた人のところまで転送できる他、テレビ電話のように画面を通して会話を楽しむこともできる。こういうものを見ると私がいた世界よりもこちらの方が科学が進んでいるのかなあ、なんて思ったり。
そんなものをなぜロロが使っていたのかも不思議だったけれど、なんだかやけに嬉しそうに手招きをしているのを見てさらに首を捻る。ふと、隣に座っていたグレちゃんが立ち上がるとロロのところへ歩いてゆくのを追いかけるように私も駆けてゆく。

「なに?」
「ちょっとの間さ、これに映らないように俺の後ろに隠れててくれないかな」

通信機上部に設置されているモニターカメラを指差すロロ。とりあえず言われた通り、ロロの後ろに背中合わせで身を潜めてみた。はて、誰と連絡を取るつもりなのか見当もつかないまま、プツリと鳴る電子音を聞く。

「……あ、チョン?」
「!」

予想外の名前に飛び出そうと身体を屈めた瞬間、ガッと頭を掴まれた。それに驚いて目線を上にあげると、片手で私の頭を押さえるグレちゃんが無言で小さく首を横に振る。そうして私をロロの背に押し戻しつつ、画面の前へと歩み出た。な……なんだっていうんだ。私だって長らくチョンには会っていない。画面越しにでも一目だけでも見れるなら是が非でも見たいというのに。

『ロロから連絡くれるの珍しいと思ったら今日はグレちゃんも一緒なんだねー!どういう風の吹きまわしかなー』

相変わらずのゆったりした口調にクスクスと笑い声が混じる。どんな声だったのかぼんやりとしか思い出せなかったのが嘘のようだ。今ので一気に顔と声が一致して、ハッとすると同時に懐かしさで胸がいっぱいになる。若干声が低くなったような気がするけれど、これは紛れもないチョン本人の声で間違いない。

「チョン、一つ、報告することがあるんだ」
『なんだろうー、いい報告ならいいなー』
「とってもいい報告だよ」

ひよりちゃん見つけたよ。今、一緒にいるんだ。

ロロの声の後を無言がじわりと追いかける。画面を見てもいないのに、謎の緊張感が身体に走った。誰も声を出そうとはしない。私たちが静かに待つのは画面の向こうの彼の第一声、ただそれだけである。

『……ひより、グレちゃんとロロと一緒にいるんだよね』
「ああ。今ここにはいないけどな」
『そっかー……うん、そうなんだね』
「呼べばすぐ連れて来れるけど、」

思わず小さく振り返ってしまった。このタイミングで私に出ろというのか。なんて言えばいいんだろう、どんな顔をして画面を見ればいいんだろう。数秒という短さのなかで、色々考えていたものの、それもすべてジジ、と鳴る電子音に全て掻き消されてしまった。

『オレがひよりに会うのはさー、……なんとなく、"一緒に"旅をした、このイッシュ地方じゃないと駄目な気がするんだよね。だから、今はまだ会わないでおくよー』
「ちょっとだけでもダメ?」
『うん。……ちょっとだけでも見ちゃったら、オレ泣いちゃいそうだもん。久々に会うならさー、こう、キリッ!とかっこよく見せたいじゃんー!』
「チョンにキリッ!は無理でしょう」

あはは、なんて笑い声が混ざり合う。私だったらすぐにでも会いたいところだったけれどチョンは違ったことに驚いていた。私よりチョンのことを理解しているグレちゃんとロロのことが、ちょっぴり羨ましく思う。

『グレちゃんとロロがオレたちにこっちのことを任せてくれているように、オレもそっちのことは二人を信じて任せたいと思うんだー。……ひよりのこと、よろしくね』
「これは責任重大だねえ」
「だな」
『……あーっと、オレそろそろ配達いかなくちゃー』

画面の向こうでごそごそと動く音がする。配達……チョンも以前のロロみたいに何か職を手にしているんだろうか。気になるところではあるけれど、これを聞くのはイッシュへ帰ってからにしよう。

『それじゃあ、オレはこの辺でー。

……またね、ひより』

その言葉に、ロロの肩に手を置いて思い切り背伸びしたもすでに遅く、画面は真っ暗になって静かに私たちを映すだけだった。
瞬きを繰り返す。……確かに、最後にチョンは私の名前だけ呼んだ。聞き間違えではないはず。

「……いやあ。完全にバレてたね。うーん、ひよりちゃんは映ってないはずなんだけどなあ」
「勘が鋭すぎるのも困りものだな」
「ねー。驚かそうと思ってたのに、逆に驚かされちゃったよ」

困ったように笑いながら、通信機械から離れる二人。するりと自然すぎる流れでロロに手を掴まれ、私ものろのろと歩みを進めはじめる。
真っ黒な画面に映る、だんだんと小さくなる私たちの姿を少しだけ見つめたあと、それに背を向け大きく一歩踏み込んだ。



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