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「いやあ、敬語のままのひよりちゃんもなかなかに良かったよね」
「それは忘れてくれないかなあ……」
「忘れないよ。だってよそよそしい関係を楽しむためにもひよりちゃんを敬語のままにしておいたんだもん」
「うわあ……なんか……」
「気持ち悪いな」

ロロ相手に敬語、さらに「さん」付けで今まで生活していたのかと思うともう恥ずかしくてどこかに隠れたい。付け加えると、この整った顔に騙されて緊張してたあの時やその時の私自身を穴に埋めたい。
すでに眼帯は鞄の奥深くにしまい込み、気まぐれに甘える猫のように私のすぐ隣で尻尾を揺らす彼。ジョウトでは半擬人化のままでも大丈夫という気の緩みからなのか、はたまた私を惑わすためなのか、ロロはレパルダスの尻尾を残したまま満面の笑みを浮かべている。べたべたと甘えてくる猫を突き放したいのは山々なのだが、やはりつい見慣れぬ尻尾に目が行ってしまい手を伸ばしてしまう。うーん、相変わらず最高の手触り……。

「話を戻すぞ。つまり、キュウムは二重人格ではなく多重人格だったということだな」
「私たちを攻撃してきたのは三人目。科学の力で無理やりねじ込まれた人格だって、セレビィくんは言ってたよ」
「だから俺は"人間に手を加えられた者同士"なんて言われたのか。やっと納得したよ」

ボン、と音がしたと思うと今度は完全にレパルダスの姿に戻り、私の膝の上に両腕の乗せて寝そべってみせる。これはもう撫でろと言っているとしか思えない。いやでも、私がロロなんて撫でるわけ……、

「ひよりの記憶が一部分だけ無くなっていたのは間違いなくキュウムの仕業だ。アイツ以外見当がつかない。これはロロも同じ意見だろう?」

撫でるとごろごろと喉が鳴りはじめる。目を細めて首を伸ばす姿がまた可愛くて、喉元をわさわさと撫でまわす。
……ふと、グレちゃんの腕がぬっと現れてはロロの首根っこを思い切り掴んで横へ引っ張った。びっくりしたように両目をばっちり開けてはいるものの、大人しく引きずられているロロをみるとやはり猫に近い何かを感じてしまった。

「ひどいよグレちゃん!ひよりちゃんがせっかく撫でてくれてたのに!」
「ひどいのはどっちだ馬鹿猫。真面目な話をしているのに聞く気が少しも見られないんだが。……ひより、お前もだ」

鋭い瞳がこちらに向き、思わず背筋を伸ばしてから何度も頷いてみせた。
私にとってはほんの数カ月ではあるけれど、グレちゃんたちはすでに二年近くも歳月が経っている。それに伴い容姿も若干変わるわけであって、……その、グレちゃんの場合はさらに目つきが鋭くなっていた。だから実は、今も怒らせてしまったのではと内心びくびくしている。

「ほら、グレちゃんが睨むからひよりちゃん怖がってるじゃん」
「えっ!?に、睨んだつもりはないんだが……!」

ロロの言葉にグレちゃんが慌てた様子を見せる。どうやら怒ってはいないようだ。ホッと息を吐いて肩の力を抜くとロロが困ったように笑った。

「ごめんね。俺たち、イッシュにいたときはプラズマ団に追われてたからさ、そのときの悪い癖がまだ抜けきってないみたいなんだ」
「追われてたって、どうして?」

悪い答えしか返ってこないことはなんとなく察していた。それでも視線を下げて口ごもる二人をゆっくり交互に見てから、もう一度問う。……なぜ、追われていたのか。

「俺たちが邪魔だったから消す、っていうことに変わりはないんだが……加えて奴らはまだ世界征服とやらを諦めていないみたいでな」
「今度はキュレムを利用して世界を我がものにしようって魂胆らしいよ」
「!」

"俺様が飲み込まれるのも時間の問題だ、気に食わねえからギリギリまで抗ってやる。"

ふと、彼がそう言っていたのを思い出した。
緊張しながら、私を心配そうにみる二人に顔を上げてから訊ねる。

「……今、キューたんはどこにいるの?」

ばつが悪そうな表情を浮かべるものの、黙ったままやり過ごすことなんでできないのは二人とも分かっているはずだ。
多分、私の身も案じて今の状況を話すことを躊躇っているのだろう。それは分かるし私もまた仲間があんな目に合わされるのは避けたいけれど、……でも、それでも私は、!

「キューたんは、どこ、?」

"もしも、もしもだ"

視線がぶつかり絡み合う。
これを言ったら私がなんと答えるか。すでに分かっているからこそ、なかなか言い出さないんだろう。鋭い眼差しに負けまいと目を細めると、グレちゃんが一度視線を大きく横へずらしてため息をついた。

「アイツは今、……プラズマ団に捕まっている」
「……ねえ、ひよりちゃん。まさかとは思うけどさ、」

"……俺様がおっさんに捕まったら、テメエはどうする"
"もちろん、"

「もちろん、助けに行くよ」

仲間だもん。そう付け加えると、ロロは困ったように笑い、グレちゃんは視線を下げてはまたため息をついていた。案の定の反応だ。
それでも、誰が何と言おうと私は戻るのだ。

……私のために長い間一人で戦い続けてくれた彼の手を掴むため、もう一度、イッシュ地方へ。



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