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洞窟から出た先には、一面草だらけだった。周りは沢山の木々に囲まれていて、まさに森。そこでふと、私たちの気配を察知したらしきオタチが数匹走って隠れる姿が見えた。──……すごい、本当にここはポケモンの世界なんだ。

「少し歩けばウツギ博士のポケモン研究所に着きます」

こっちです、と足を進める美玖さんの後を歩いて行く。草の匂いや風を心地よく感じながら、少し背丈の伸びた草をがさがさ踏んで行く度に野生のポケモンが逃げていく姿を目の端で捉えていた。ゲームでは草むらに入った途端、野生ポケモンとバトルしていたけれど、今のところ一向にバトルになる雰囲気はない。……もしや向こうから襲いかかってこないのは、それほど美玖さんが強いということなのでは。

それからお互い他愛もない話をしながら歩いていくと、草むらを抜けて整備された道へ出てきた。見慣れない様式の家を興味津々に眺めながら後をついて歩いていると美玖さんが立ち止まる。

「ここです」

視線の先には大きな白い建物があった。真四角に近い形状の建物には上の方に大きく"ウツギポケモン研究所"の文字が入っている。ついでに地面には看板も突き刺さっていて、こちらにも同じく文字が入っている。
ああ、これからゲームに出てきたキャラクターに会うと思うと何だか妙にどきどきする。どんな人だろう、楽しみだなあ。
胸元をそっと抑えながら、インターホンでいくつか言葉を交わしている美玖さんを後ろから見て。それからすぐにドアが自動的に開く。美玖さんと視線を合わせてから建物に入った。

「わー!みくさんだ!」

途端。元気な声が広がる。それと一緒に3人の子供たちが美玖さんの足元にやってきた。女の子が一人に男の子が二人。きゃっきゃと嬉しそうにしている姿に思わず私まで顔が緩んでしまう。そう、ただひたすらにカワイイ。

「みくさんおひさしぶりです!」
「ちーはみくさんにあえてとってもうれしいですう」
「みく!おれとあそべ!」

同時に話しだす三人に美玖さんは苦笑いをすると、しゃがんで順番に頭を撫でる。女の子はうっとり、一人の男の子は「こどもあつかいするな!」と吠えて、もう一人の男の子ははにかむ。同じことをされてもそれぞれ違う反応で、見ている私は面白い。

「ウツギ博士はどこかな」
「はかせならおくにいるよ」
「みくあそべ!ひま!!」
「遊ぶのはまた今度な」
「ええー!?」

頬を膨らます男の子の横、ふと、もう一人の男の子が私に気づいて美玖さんに隠れながら彼の服の裾をちょいちょいと引っ張る。

「……みくさん、あのおねえちゃんはだあれ……?」
「んー!?おんな!みくのおんなか!?」
「ちっ、違うからな!?」
「みくのおんな、おれがいちばんさきにみるー!」

男の子が一人、私の前まで走ってきた。その後ろ、美玖さんに隠れていた男の子もゆっくりこちらにやってくる。やっと私も子どもたちと触れ合える……!すでににやける口元を押さえながらしゃがんで目線を合わせると、始めにやってきた男の子が私の周りをぐるりと一周する。
美玖さんとはまた少し違った青髪に、釣り目気味の赤い瞳。人懐っこくてやんちゃな感じだ。そして後からやってきた子は深緑色の髪にキツネ目。大人しそうな感じで、青髪の子とは正反対の性格かな。ちなみに美玖さんの後ろで睨むように私を見ている女の子は、黄緑色の髪を二つに可愛く結んでいる。

「こら、お客様に失礼だぞ」
「あっ、はかせー!」

声が聞こえたと同時に私から離れて声の主の元までぱたぱたと嬉しそうに走っていく姿を見送る。それから私も立ち上がって子供たちの行く先に目をやると、男の人がにこりと笑みを浮かべてこちらにやってくる。紛れもなく、あの人は。

「はじめまして!僕はウツギだよ」
「は、はじめまして……!」

ウツギ博士。ゲーム画面でしか見たことのなかったあの博士と、今まさに握手を交わしている私。その事実だけでも感動ものだったのだが。

「君がひよりちゃんだね」
「どうして私の名前を?」
「殿から聞いたよ。なんでもポケモンの言葉が分かるんだってね。それを聞いて、君に会うのが楽しみだったんだ」

握手していた手を今度は両手で握られて、上下にぶんぶん大きく揺さぶられる。この世界でもポケモンと話せる人はそうそういないだろうに、嬉しそうな表情をしている博士は殿の話を完全に信じているらしい。偉そうにふんぞり返っている殿と大人しく優しそうな博士。一見合わなそうな感じもするけれど、どうやら良好な関係を築いているようだ。

「ひよりちゃん、少し試してみてもいいかな?」
「は、はい」
「よし!それじゃあみんな、元に戻るんだ」
「「「はーい」」」

子どもたちの元気な返事と同時だろうか。突如、目の前が光で溢れる。ついでにボンボンボンと謎の白い煙も三連発に続く。こっ、これは、美玖さんや殿の時と同じあれ……!?

『はかせーだっこー』
『ちーがいちばんさき!』
『おれがいちばんだ!』

目の前。ジョウト地方で一番最初に貰える3匹のポケモンが、博士の足をよじ登る。チコリータにワニノコ、そしてヒノアラシ。そうか、そうなのか……!あの三人はポケモンだったのか……っ!

「ひよりちゃん。ヒノくんがなんて言っているのか教えてくれないかな」
「はい!」

ウツギ博士からヒノアラシを受け取って腕の中に収める。ほ、本当に触れている。あのポケモンを、抱きしめられている!!夢見心地から少しずつ現実味を帯びてきた。柔らかくて暖かい、生き物だ。そして何より私を見上げる姿が可愛すぎる。ヒノアラシが鼻先をひくひくさせながら私を見る。

『き……きこえているのかな……?』
「うん、聞こえてるよ」
『わ!ほっほんとうにぼくのことばわかるんだ!』

口をあけて背を反らして驚いたような仕草を見せる。かわいい。そうしてしばらくそのままヒノアラシくんと話を続けている間、私の横ではウツギ博士が目を輝かせながら「ねえねえ、なんて言っているの!?」なんてずっと繰り返していた。ウツギ博士も興味深々らしい。

「──……ということでした」
「はかせ!おねえちゃん、ほんとにぼくのこえきこえてたよ!」
「すごいよ、ひよりちゃん!ポケモンの言葉が分かる人に会うのは初めてだ!わーいいなあ、楽しそうだなあ」

楽しいか楽しくないか、どちらかというと確かに楽しい。博士に褒められて、訳が分からないまま照れているとき、ふっと金色が過ぎる。そうだ、ここに来た本当の意味を危うく忘れるところだった。

「あの、殿から博士にと、これを」
「鱗だね。ありがとう」

私から鱗を受け取ると、奥の部屋に行くウツギ博士。私もみんなと一緒について行く。
中に入ると白い壁が一変、まるで壁紙のように本が部屋を囲っていた。少しだけ本の背表紙を見てみたが、漢字が5、6字縦に並んでいる難しそうなタイトルの本ばかり。私が読んでも、きっとこれっぽっちも理解することができないだろう。

「ひよりちゃん、ちょっとこっちに来てみて」

呼ばれて長机の前に座るウツギ博士の隣に行くと、博士は白い手袋を装着して巾着から鱗を慎重に取りだした。それから大きめの蛍光灯に電源を入れて、鱗を光に当てながら「見てごらん」と少し横に移動する。

「わあ、綺麗……、!」
「普通、ミロカロスの鱗は角度で色が変わるんだ。でも色違いのミロカロスの鱗はどの角度もほとんど金色なんだよ」
「へえ……不思議ですね」
「どんなに研究を続けても謎は増えるばかりさ。でもね、そこがまた面白いんだ」

研究に夢中になりすぎて心配かけちゃってるけどね、なんて笑う博士にヒノアラシくんたちが大きく頷いて見せる。ご飯ちゃんと食べろ!とかもっと寝なさい!なんて子供たちに言われるウツギ博士が苦笑いを浮かべる。
……人間とポケモン。全く違う生き物同士が、まるで家族のように会話をしたり一緒に生活する日々。それはきっと、素敵な毎日……。

「美玖さん」
「はい、どうしましたか?」
「あの、洞窟から出るときの話のことなんですけど。……その、家族同然って言われてもピンと来なかったんです。でも、ウツギ博士とヒノアラシくんたちのように、……私も、美玖さんや殿と、仲良くなりたいなあって思って、……ど、どうでしょう……?」

美玖さんを見上げると、きょとんとした表情で私を見てから笑みを浮かべながら大きく頷いて見せる。

「とても良いと思います。オレもひよりさんと仲良くなりたいです」
「!、はいっ!ぜひ仲良くなりましょう……!」

今の私にはこれぐらいしか思いつかなかった。どれぐらいこの世界にいるのかは分からないけれど、でももしも過ごす時間が長いのならば、……いつかは美玖さんの言っていたとおり、家族のようになれればいいな……なんて。



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