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ポケモンにはそれぞれ「特性」というものがあるらしい。種族ごとに所持している特性は決まっているものの、その中でも未だ僅かにしか発見されていない特性もあるという。世のポケモン研究者たちはこれを「隠れ特性」と呼んでいる。

「"ヒノアラシ" ひねずみポケモン。特性は"もうか"……あれ?」
「ぼくのとくせいは"もらいび"だよ」
「……この図鑑、更新されていないのかな」

首を傾げながら図鑑を見るが、特に故障した様子もない。
確かに陽乃乃くんは、自身の持つ特性の証明として試しにグレアのニトロチャージを受けても何のダメージも受けていなかったし、むしろ炎を吸収したかのように背中の炎の勢いが増していた。まさにそれは「もらいび」の特性で間違いはない、……はずなんだけど。

「あのね、はかせがいっていたんだけど、ぼくたちは"かくれとくせい"をもってるポケモンなんだって」
「僕たち?」
「ニコもちーも"かくれとくせい"だよ。でも、ぼくにはむずかしくてよくわからない」

隠れ特性について私も詳しくはないからよく分からないけれど、どうやらこの図鑑が壊れているわけではないらしい。

「ヒノ、ひよりに主の技は教えてやったのか?」
「ううん、まだだよ」
「ひよりは新米トレーナーなのだ。主の技を覚えさせなければ駄目だろう」

それを聞いた陽乃乃くんが急いで紙にペンを走らせる。
……何がどうしたらこうなるのか、なぜかこれから殿とジム戦に向けての特訓をするという事態になってしまった。前回戦ったからこそ、もう二度と殿とはバトルしたくないと思っていたのに。なぜ。
そうして私のところにやってくる陽乃乃くんから紙を受け取り眺め、私は再び首を傾げる。

「ヒノアラシってオーバーヒート使えるの……?」
「えへへ、これはね、ぼくのパパがつかっていたわざなんだって!」
「なるほど、遺伝技ってことね」

ココちゃんが納得したように頷く。つまり人間でいうと親と一部分似るような感じなんだろうか。親から受け継がれた技、とかなんかかっこいい。
そして今更ながら、陽乃乃くんにも親がいるということを知り少しだけびっくりしている。研究所にいる気配もなかったし陽乃乃くんたちからもそういう話は聞いたことがなかったから、てっきりいないものかと……。

「パパにあったことはないけどね、このわざ、すきなの。ぼくのとくいわざだよ、ひよりおねえちゃん」
「なら、ジム戦でもこの技を使わないとだね!」
「うん!」
「ジムの前に、このわっちがいることを忘れてはいないかや?」

……忘れたくても忘れられないのがとても残念である。
やたら楽しそうに座椅子から立ち上がっては陽乃乃くんとともに先行く殿を目で追ってから、私も仕方なく立ち上がった。

「陽乃乃くんの次はココちゃんなんだけど、大丈夫?」
「ええ、もちろん。日頃のお礼を込めて戦うつもりよ」
「あ、あはは……」

日頃のお礼を拳で返すのか……実に笑えない特訓になりそうだ。
特訓後、再び二人の冷戦が始まらないことを願うばかり。

「陽乃乃くんと心音ちゃんのボールだけってことは、やっぱり俺の出番はないってことかあ……」

ロロさんが私の腰に付いている二つのボールを見ながら、残念そうに呟いた。
片手でテーブルに置いてある自身のボールを手繰り寄せると、人差し指でコロコロ転がしはじめる。まるで猫がじゃれているような仕草だ。

「ごめんなさい。できるだけ陽乃乃くんをバトルに出そうと思うんです。私も陽乃乃くんもまだまだ未熟なので、一緒に経験を積みながら成長できたらいいなと思って」

美玖さんが強いのはすでに分かっているし、グレアに関しても以前ウツギ博士が「かなりレベルの高いゼブライカ」だと言っていたのを覚えている。だとすると、ロロさんも多分グレアと同じぐらい強いはずなのだ。
そんな二人に、今の私が指示を出すことはなんとなく出来ない。それは美玖さんにも言えることだ。彼らのレベルに私が追い付いていないことを自分自身が分かっているからこそ、出来ないんだと思う。

「心音ちゃんもバトルには慣れているようだけど、俺たちよりも優先するのはやっぱり、」
「私の大切な相棒だからです!」
「……そうだよねえ」

そりゃそうだよね、相棒だもん。、なんていいながらロロさんは湯呑の淵を人差し指で押したり引いたり、ぐらぐらさせて視線を落とす。

「ひよりの相棒の名に恥じないよう、精一杯頑張るわ!さ、行きましょう」
「うん!それじゃあ、またあとで」
「……ああ」

ひらりと手を振るグレアに振り返して、ココちゃんと一緒に玄関へ向かう。すでに殿と陽乃乃くんは特訓を始めているらしく、外からは何やら爆発音らしき音が聞こえてきた。殿たちも先ほど外へ出たばかりだというのに、一体何からはじめれば爆発なんてするんだろうか。……どれほど殿に扱かれるのか、言葉にできないほど不安ではあるけれど、多分これを乗り越えればジム戦もかなり楽になるだろう。

「……よし!ココちゃん、頑張ろうね!」
「ええ!」

扉を開いて一歩踏み出す。
……瞬間、「遅い!」の怒号とともに思い切り飛んできた扇子に一度震えあがってしまったのは内緒だ。





"私の大切な相棒だからです"

分かっている。今のひよりの相棒は心音なんだと、きちんと理解している。

「グレア、その、……大丈夫、か?」
「流石に、こたえるな……」

心配そうに声をかけてくれた美玖に、つい本音が漏れる。ここで心配させないよう、ロロのように作り笑顔の一つぐらいできればいいのだが、生憎、俺にはそんな器用なことはできない。
今この場にひよりがいなくて良かったと、心からそう思う。自身が今どんな表情をしているのかは分からないが、他人に見せられるような顔をしていないことだけは分かる。

「グレちゃんもお呼びじゃないってさ。はは、俺と一緒だね」

片手で顔を覆って俯いていると、横から楽しげな声が聞こえた。横目で見ると、眼帯を外して猫っ毛を揺らすロロ。……このまま引きずっていても、あの頃のように戻れるわけではない。気に病むだけ無駄だ、と思っても簡単に切り離すことができないのは事実である。

「本当に瞳の色が違うんですね……」
「二回目だからまだ珍しい?」
「そう、ですね。やっぱり気になります」

俺にとっては当たり前ではあるが、美玖にとっては新鮮らしい。
自身も最初のうちは物珍しさに何度も見てしまっていたことを思い出す。美玖みたいに初めから真正面で見るのはひよりぐらいだったか。

「美玖くんは同じポケモンとして、俺のことどう思う?」
「……正直に言うと、同情してしまいました」
「あはは。美玖くんのそういうところ、嫌いじゃないよ」

そういってロロは笑いながら、気まずそうに視線を斜めに逸らす美玖の肩を軽くたたくとのんびり立ち上がっては窓際まで歩いてゆく。
釣られて窓の外に視線を向けると土煙があがっているのが見えた。……ジム戦に向けた特訓だと言っていたが、一体何をしているんだろう。大丈夫なんだろうか。……心配だ。

「大体の反応は君と一緒だよ、美玖くん。同情してくれるか、畏怖するか、或いは見なかったことにするか。まあ、色々だよね。──……でも、ひよりちゃんは違った」
「そうなんですね」
「そう。改造ポケモンだって知っても変わらず接してくれるし、俺の代わりに怒ってくれた。……俺にとって、ひよりちゃんは本当に特別で大切な子なんだ。──……だからこそ、今のひよりちゃんにだけは絶対に見せられないんだけどね」

ロロの視線の先には、きっとひよりがいるのだろう。

「……俺は、ひよりちゃんの特別にはなれないみたいだ」

呟くようにそういうと、窓の外から視線を外してロロが俺を見る。

「……なんだよ」
「……あーあ、なんでひよりちゃんと初めて会ったのが俺じゃなくてグレちゃんなんだろう。本当に腹が立つ」
「は……?」
「相棒云々で悩める君が羨ましいって言ってるんだよバカ」
「…………」

話の流れが明らかに変わった。まさか俺にくるとは思わず、何も返す言葉が浮かばない。言い返したいのは山々なのだが、本当に何も出てこないのだ。
仕方なくロロを睨むように見ていると、なぜか美玖が笑っていた。

「"私の大切な相棒だからです"って、自分にも向けられた言葉だって、どうしてそう考えられないのかな。あーそうそう。"何でもポジティブに考えれば楽しく生きられるんだよー"って、前にチョンが言ってたよ」

ロロが窓際から離れ、扉に向かって歩き出す。

「お、おいロロ、どこに、」
「ひよりちゃんが心配だから見に行くんだよ。じゃあね」

振りかえることすらなく部屋を出て行き、言葉とおり外へ出ていく音が聞こえた。
……さっきのはいったい何なんだ。結局何も言い返すことができず、ため息をひとつ漏らすとまた美玖が小さく笑う。

「……なんだ」
「いや、グレアとロロさんって仲がいいんだなと思ってさ」
「冗談だろう」
「素直な感想だよ」

今の会話のどこで仲が良いと判断されたのか、わけが分からない。
ふと、美玖も立ち上がって先ほどのロロと同じく窓の外を見る。……美玖の反応、そして外で鳴り響く盛大な音を聞くところ、俺もそろそろ様子を見に行かねば。

「さっきのは、ロロさんなりにグレアのこと励ましてくれたんじゃないかな」
「……?、俺には皮肉を言われたようにしか思えないが」
「それも激励のうちの一つに入ってるんだよ、きっと。……さ、オレたちも行こうか。殿が随分、派手にやらかしてるみたいだ」

苦笑いしながら差しのべられた手を握り、立ち上がると今度は宙に火花が散っているのが見えた。
ひよりに何か起こっているのでは。美玖と顔を見合わせてから、慌てて外へと走り出す。
……あれは、本当に励ましだったのか。今一度考えてみても、俺にはやっぱり分からない。



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