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足を踏み出すたびに、地面に足首ぐらいまで埋もってしまう。
──……冬も本番になってきて、雪も沢山降ってくるようになった。昨晩は特によく降ったのか、雪国住みではなかった私にとっては降り積もっている雪はかなりの量に思える。葉っぱを全て落としてみすぼらしい姿になっていた木々たちも、今では白い化粧を仄明るい太陽の光に照らしてキラキラと輝いていた。

「なんだか別世界ですねー」
「そうだなあ。真っ白だもんな」

足元、気をつけるんだぞ。と振り返る美玖さんに大きく頷く。それからパイロットキャップのような帽子を被り鼻頭を赤くして、足跡ひとつない真っ白の地面を二人歩き続ける。
こんな雪が積もった日でも、殿は容赦なくおつかいを命令、……いや、頼んできた。それを私が断ることなんて勿論できず、渋々外へ出てきた次第だ。それでも一度外へ出てしまえばいつもとは全く違う世界が広がっているわけだから、今では不満もほとんどない。

「あ、そうだ。研究所へ行ったあとにお買いものしてもいいですか?」
「もちろん。心音さんに何か買っていくんだろう?」
「はい!たくさん買うつもりです!」
「それじゃあ、今日は早めにお暇させてもらおうか」

久々に行く研究所へココちゃんも大層行きたがっていたけど、昨日から体調を崩して寝込んでいるから一緒に行けなくなってしまったのだ。……原因は多分、私が誘って始まった雪遊び。長らく冷え込んだ外にいたし、風邪のひとつひいてもおかしくないと思う。
ココちゃんだけ熱を出して私だけ元気という事実に、殿はケラケラと笑っていた。「馬鹿は風邪をひかないというのは本当なのだな」と。……仰る通りです。いやでも、健康なのが私の取り柄なので!

「あー、おねえちゃん!」
「みくさん!」
「ひさしぶりだな!」

そんなことを悶々と考えているうちに、ウツギ博士の研究所横に抜け出る。それと同時に聞こえてきた声に視線を移せばこんな寒い中でも外で元気に遊んでいたのか、ちびっこ三人がいつも通りわらわらと集まってきた。わー、今日も元気だなあ。

「ひよりおねえちゃんもあそぼうよ!」
「あーヒノだけずるいぞ!おれもねーちゃんとあそぶー!」
「うん、遊ぼう。でも、先に用事を済ませてくるからちょっと待っててね」

ニット帽を被るヒノアラシくんとワニノコくんの頭を撫でてから研究所へと入る。ちなみにチコリータちゃんは引き続き外で雪だるまを作って遊ぶ二人に対して、私たちと一緒に研究所の中へ来ている。美玖さんにべったりなのは言うまでもない。

「お久しぶりです、ウツギ博士」
「うん、ひよりさんも美玖くんも久しぶり。こんな寒い中来てもらって悪かったね」
「いえ、お気になさらず。ところで今日は殿から何も受け取っていないのですが……」

そう、いつもなら金の鱗を博士に渡すのに今日は違った。私と美玖さんが首を傾げる手前、殿はただ「行けば分かる」としか言わなかったのだ。

「実は昨日、あるポケモンを保護したんだ。だけど今朝起きたらいなくなっていて……」
「ちーがさいしょにきづいたんですぅ!まどがあいていたから、きっとそこからにげたんですよ」
「場所が場所だからびっくりして逃げちゃったのかなあ……」

ということは、その逃げ出したポケモンを見つけて連れ帰るというのが今回のおつかいの内容か。
心配そうな表情のまま話を続ける博士が、ふと、机に置いてあった分厚い本を手にとった。それから開いていたページを見ては、顎に手を添え考えこむ姿を見せる。

「逃げ出したポケモンはこの地方のポケモンではないんだ。それに体調を崩していたみたいで弱っていたから余計に心配でね。きちんと治るまで安静にしていないと駄目なのに……」
「どんなポケモンなんですか?」

凶暴で大きいポケモンじゃなければいいなあと思いつつ、ウツギ博士に訊ねる。そうすれば、博士は開いていたページを私と美玖さんに見せてくれた。

「このポケモンだよ」
「"らいでんポケモン ゼブライカ"…?」





このポケモンはイッシュ地方にしか生息していないはずなんだ。どうやってここまで来たのか分からないけど、かなりレベルが高いゼブライカだったよ。だから弱っているとしても絶対油断してはいけないよ。ごめんね、こんなことを頼んでしまって。でもどうしても放っておけなくて……。


──ざく、ざく、と雪を踏みしめながら鼻を啜る。場所はワカバタウンから少し離れた森の中。私と美玖さんは再び雪道を慎重に歩き進めていた。

ちびっこたちには申し訳ないけれどまた後で遊ぶことにして、早速例のポケモンを探しにやってきた。本で見た写真では、大きくて鋭い目つきのポケモンだったから内心とても不安だ。自分よりも大きなポケモンをどうやって保護すればいいのか、こうして歩きながら考えてはいるもののさっぱり思いつかない。

「逃げ出したのが今朝だとすると、そう遠くには行ってないと思うんだけどな」
「もしかしたらこの辺にいるかもしれませんね」
「そうだな。ひより、オレからなるべく離れないで」
「分かりました」

美玖さんが歩いたところを私も続けて歩くと白い地面に足跡がぽつぽつ残る。森は町から少し離れたところのためか、私たち以外に誰もいない。ポケモンたちも寒さに耐えて寝床に潜り込んでいるのか、鳴き声すら聞こえなかった。
ざく、ざく。歩きながらも背の高い白い木々を見回してから目線を下に向けたとき。
……ふと、きらりと光る何かが見えた。光を反射して見えているそれは、私たちの進行方向と垂直に一直線に伸びている。

「?、なんだろう、あれ……?」

美玖さんにも見てもらおうと視線はその光る物体に向けたまま手を伸ばしたものの、なぜか目の前にいる美玖さんがいなかった。
それから。えっ、と声を出す間もなく、引っ張られる腕と前のめりになる身体。

「ひより、ごめんッ!」

それは一瞬の出来事で、気づけば私はうつ伏せのまま雪の中へ寝っ転がっていた。すぐ横には美玖さんの片肘、そしてその先に伸びる手は雪に押し付けられている。

「みっ、美玖さん!?」

私に覆い被さるように落ちている影に気づいて顔だけ後ろに向けると、すぐ目の前でキイン!と甲高い音が鳴った。その音に身体が飛び上がり、ついで勢いよく落ちてきたのは小石。……さっきの音は美玖さんのもう片方の手に握られている銃の銃身と石が衝突した音のようだ。

「い、一体何が、」
「静かに」

視線は前に向けたまま美玖さんが小さく呟いた。目を細めて険しい表情を見せる美玖さんに緊張が走る。
……明らかに、さっきの小石は自然に落ちてきたものではない。美玖さんがガードしてくれたから良かったものの、そうでなければ確実に当たっていた。意図的に投げられたものだ。

「…………」

美玖さんの下に隠れたまま、未だ見えない攻撃者の姿を探して見るが私の視力では何も見当たらない。ただひたすらに銀世界が広がっている。

──……そして、不意に足音が静かな森に広まった。
それと同時に美玖さんも飛び上がって足音追いかけ走り出す。

「ひよりは研究所に戻るんだ!あのポケモンはオレが連れて帰る!」
「で、でも美玖さん……っ!」

私も急いで起き上がったものの、不意に何かに足をとられて再び雪の中へダイブした。地味な痛みに堪えつつ顔についた雪を拭ってから足元を見て、やっと光っていたものの正体が分かる。

「釣り糸……!そっか、罠をはっていたんだ!」

森の奥へ行く道は一本道。だとすれば、ここに罠を仕掛ければ気付かれないかぎり引っかかるのは必然的。、というかこの罠に気付く人なんていないんじゃないだろうかと思うほど良くカモフラージュされている。きっと美玖さんも引っかかってから気付き、私をわざと転ばして守ってくれたに違いない。

"もしかしたら研究所を実験所と間違ったのかもしれないね。"
表情を曇らせながら呟いたウツギ博士の言葉を、ふと思い出した。そのときは否定したけれど、博士の言う通り、もしかしたらあのゼブライカというポケモンは勘違いをしているのかもしれない。

「だとすると……」

私と美玖さんを、自身を捕まえにきた敵だと判断して全力で攻撃してくるだろう。そうなったら、相性的に不利な美玖さんが危ない……!

「っ私だって……!」

真っ直ぐ先へ伸びる足跡を見つめ、一度大きく深呼吸をする。……それから帽子を被り直して、大きく一歩を踏み出した。足手まといになるだけかもしれない。でもこのまま一人で帰るわけにはいかない。きっと回復の助けぐらいは出来るはず。

「美玖さんごめんなさい!」

大きく踏み出した一歩は、先行く足跡の横にまた新たな足跡を作りだす。



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