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「ココちゃん、やっぱりポケモンセンターに行ったほうがいいんじゃないかな……」
「これぐらい平気よ。心配しないで」

"心音"と名前を付けたものの、「ココちゃん」呼びで落ち着いた。
そうしてふたり、美玖さんたちと合流しようと彼女の案内で裏口に続く灰色の床を歩いていると、どこかココちゃんと雰囲気が似ているお姉さん方が立っていた。速度を落として目の前で止まる。

「姉さん、」
「今まで貴女に何もしてあげられなくてごめんなさい」
「……いいの。わたしは大丈夫」

姉さん、ということはもしやこのお姉さん方は公演中に華麗に飛んでいたチルタリスだろうか。
伏し目がちのお姉さんが一歩前へ出ると、ココちゃんの手を包み込むように握る。

「どんな時だって自分の人生を自分で決めてきた貴女は、私たちとは違う」
「そんな、わたし……」
「いつかこんな日が来るのかな、と思っていたら……本当にやってきたのね」

お姉さんの手に握られていた白いリボンをココちゃんの手首に巻き付けてキュッと結びながら、そういう彼女は優しく微笑んでいた。どこか寂しそうな声色に聞こえたのは、きっと私だけではない。

「さあ、行きなさい」
「…………」

何か言いたげな表情のココちゃんの背中をお姉さんが押す。別のお姉さんが開いている扉から外へ出て、思わず夕日の眩しさに目を細めた。
……外の景色は変わらない。色々あった後だからなのか、それだけでもなんとなくホッとする。

「貴女、お名前は?」
「ひよりです」
「ひよりさん。この子に自由と素敵な名前をくれて、本当にありがとう。これからもどうぞよろしくお願いします」
「こ、!こ、こちらこそ……!」

同性の私でも動揺してしまうぐらいの美人揃いに思わず口ごもる。もしやチルタリスという種族は美人しかいないのか。もしそうなら、余計にあの変態にはもったいない気がする。でも、彼女たちがココちゃんのように自由を求めている様子は伺えない。……諦めなかったのは、本当にココちゃんだけだったのだろう。

「心音」
「……はい」
「私たちのことは気にせず、好きに生きなさい。大丈夫。貴女ならきっと、どこまでも飛べるわ」
「短い間だったけれど、本当に姉さんたちにはお世話になりました。今まで、ありがとうございました」
「心音、違うでしょう」
「……え?」

ココちゃんを引き寄せ、思いきり抱き締めるお姉さんたちを見ていた時。
ぱきん、と、何かにヒビが入る音が頭の中で大きく響き渡っては全身に広がる。思わず顔を歪めて、指先で頭の横あたりを押す。

「またね、心音」
「……また、お会いしましょう。姉さんたち」

(またね、──)
(……また、な)

現実で聞こえる声と脳内で聞こえている声が重なって、頭が痛い。……いったいあれは、誰の声なのか。
そうしてふと、思った。
もしかしてこれは、私が忘れてしまっている記憶の一部なのではないか。

「……ひより?どうしたの、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫」

お姉さん方と別れの挨拶を済ませたココちゃんが振り返り、私を見ては少し身体を屈めて顔を見ていた。
咄嗟に笑みを作りながら未だ微かに聞こえている脳内の声を思い出そうとしてみたが、結局何も分からないまま声は消え失せてしまった。

「ねえ、本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。さ、行こう」

少しの不安を残したまま、ココちゃんと並んで歩き出す。
……また、声が聞こえることがあるだろうか。そうしたら、今度こそは少しでも何かを思い出したい。





「おねえちゃん!」
「ヒノアラシくん!」

私の姿を見つけるなり駆けだしてきたヒノアラシくんを両腕で包み込む。あたたかい。それだけで安心するし、幸せを感じる。

「心配かけてごめんね」
「おねえちゃんがもどってきてくれてよかった」

ぎゅっと抱きしめられ、抱きしめ返しながらヒノアラシくんの頭を撫でる。サラサラの髪に指を通していると、私の上にチコリータちゃんとワニノコくんが覆い被さってきた。前のめりになったところ、ヒノアラシくんを潰さないようになんとか踏ん張ってふたりを支える。

「どうしたの?」
「どうしたの、ではありません!とってもしんぱいしました!まさかおねえさまが、ニコみたいなめちゃくちゃなことをするなんて……」

私から離れてため息を吐くチコリータちゃんから聞きなれない名前が出る。はて、ニコとは誰だろうか。首を傾げる手前、相変わらず私の背中にしがみついたままのワニノコくんがニシシと笑いながら後ろから顔を覗かせる。

「おれとねーちゃん、おんなじだってさ」
「"ニコ"ってワニノコくんのこと?」
「そうだぜ。オレたちにもなまえがあるんだ。オレがニコで、ちーとヒノ」

"ちー"がチコリータちゃんで、"ヒノ"がヒノアラシくんらしい。なるほど、それぞれ種族名の頭文字とか間から名前をとっているのか。

「でも、これは"かり"のなまえなんですよ」
「仮?」
「ぼくたちのなまえはらいねん、あたらしいトレーナーさんにつけてもらうんだ」
「おれたち、たびにでるんだぜ!」
「ら、来年!?」

今が秋……もしくは初冬。となると、この子たちが旅に出るのはきっと春。そうだ、この子たちは新人トレーナー用のポケモンであることをすっかり忘れていた。ずっと一緒にいられる気がしていたからか、旅に出るのはまだまだ先だというのに急に寂しくなってしまう。

「ひより、この子たちは?」
「「「わっ!?」」」

後からやってきたココちゃんに驚いたのか、ヒノアラシくんたちは一斉に私の影に隠れて身体を縮めた。それを少し驚いた顔で見てから、ココちゃんは口元に手を添えてくすりと笑う。

「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの」
「あ……もしかして、……おうたをうたっていたおねえちゃん?」
「ええ、そうよ」

こっそり顔を出したヒノアラシくんにココちゃんが微笑みながら答えると、次いでワニノコくんとチコリータちゃんもゆっくり顔を出す。

「わたしは心音。ひよりのポケモンになったの」
「え!?おねえさまのポケモン!?」
「ねーちゃんいけないんだー!サーカスのポケモン、かってにつれてきたらいけないんだぞ!」

ココちゃんの言葉を聞くなり私の影からバッと飛び出し声をあげる二人。これには私もココちゃんも苦笑いしかできない。事情を話すにしても、この子たちには難しくて重い話だ。かと言って理由を話さないとずっと騒いでいるだろうし……ううん、困った。どうしようかな。

「あのねみんな、ココちゃんは……ええと……」
「あー、……その、オレが買ったんだ」

少し離れたところにいた美玖さんが私の視線を察してこちらへ来てくれた。
が、一斉に子どもたちの鋭く熱い視線が美玖さんへ突き刺さり、若干笑顔が引きつっている。そんな美玖さんを見ながら真っ先に口を開いたのは、もちろん。

「み……みくさんがおねえさんをかったってどういうことですか……!?」

チコリータちゃんの表情は、まさしくこの世の終わりとでもいうような絶望感に満ち溢れている。ついでに言うと、ヒノアラシくんも目を見開いているし、ワニノコくんなんて「みくサイテーだな!ちーかわいそー」なんて煽る始末。
……美玖さん、どうやってこの場を鎮めるつもりなんですか!?

「みんな、違うの。これには深ーい訳があってね……」
「ふかいわけってなんなんですか、おねえさま!?」
「ええっと……それは……」

顎に手を当てながら考えている美玖さんをちらちら見ながら言葉を濁す。ああごめんなさい美玖さん!私にはうまい言葉が見つかりませんでした!
チコリータちゃんの鋭い視線が私と美玖さんを行ったり来たりしているとき、「あ」とまさに閃いた感じの声が美玖さんからあがる。……な、なんて言うんだろうか。

どきどきしながら待っていると、満面の笑みで美玖さんはこう言った。

「殿に頼まれたんだよ。"とびっきり美人を買ってこい"って!」



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