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「なんだと?また鱗を寄こせと?」
「ええ。たった今、博士から通信がありました」
「ふむ。わっちの勘が外れたか」

そう言いながらなぜか私を見る殿。……あれからも意地を張ってその日はずっと自室に引きこもっていたようだったが、次の日にはケロッとして今では美玖さんお手製プリンを満足そうに頬張っている。いやたしかにすごく美味しいけども。

「ところで、勘が外れたってどういうことですか?」

プリンを一口、殿には似合わないなあと思いつつ訊ねてみると、殿が顔をあげてなぜかニヤリとしながら私を見る。

「ウツギの興味をひよりに向かせ、わっちから逸らそうと思っていたのだが失敗だったな」
「え、」
「うまく行けばもうわっちが鱗を剥ぐことはないと思っていたのだ。とても残念だ」
「つまり私を研究材料として差し出す気満々だったんですね……!?」
「当たり前だ。常日頃、使えぬ主をどう有効活用しようか考えている」
「うっ……確かに使えないですけど、あんまりじゃないですかあ……」

背もたれにふんぞり返りながらはははと笑う殿を肩をすくめながら横目で見る。美玖さんがフォローしてくれるが、確かに殿の言う通り、私は何もできていないけど……。

「そんな主に今日も役割を与えてやろう」
「……なんでしょう」
「ウツギのところに鱗を持って行け」
「この前と一緒ですか?」
「そうだ。それぐらいしか出来ぬだろう?さらに美玖が一緒でなければここから出れまい」

いたずらににやり笑うと、立ち上がって美玖さんも呼びふたりで殿の部屋へ行く。鱗を用意するのだろう。実際剥がすところを見たことはないものの、進んで見たいとも思わないから黙って二人を見送った。
さて、私も研究所へ行く準備をしよう。





「みくさんー!おねえちゃんー!」
「ヒノアラシくん、こんにちはー」

美玖さんと一緒に研究所への道を歩いていると、外で遊んでいたのかボールを持ったヒノアラシくんが手を振りながら走ってきた。その場にしゃがんで両腕を広げ、さあハグの準備。ああ、今日もひたすらに可愛、。

「ちーがいちばんですっ!」
「ねーちゃんにとつげきー!」
「えっ!?」
「あっ、ひより!」

前方に2つの衝撃と動転する視界。ヒノアラシくんより手前に隠れていたのか、突如林から現れたチコリータちゃんとワニノコくんが私に向かって飛び込んできた。反動をつけられては流石に2人を受け止めきれず、後ろに転がる。、直後、咄嗟に美玖さんが支えてくれて背中に衝撃は来なかった。が、すぐに美玖さんが私に触れていることに気づいて離した結果、やっぱり地面に寝っ転がってしまった。……空が青い。

「ご、ごめん……」
「いえ、大丈夫です」

そんな私などお構いなしに、人の上できゃっきゃと騒ぐチコリータちゃんとワニノコくんをやっと美玖さんに退かしてもらった。……服、汚れてないかな。まあいいや。

「……おねえちゃん、だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ。ありがとう」

後からひとり遅れてやってきたヒノアラシくんが私に手を差し伸べてくれた。本当になんていい子なんでしょう。しみじみ思いつつ手を伸ばすと、またしても駆け足でやってきたワニノコくんが急に私たちの真ん中に割って入ったと思えば、あっという間に手を握られて引っ張られる。

「いくぜねーちゃん!」
「あっ、ちょっと!?ワニノコくん!?」

慌てて立ち上がるとそのまま引っ張られるがまま走り出す。止まってと言っても聞く耳すら持っていないし、子どもなのにものすごい力だ。ひとたびつまづけば、きっと引きずられるに違いない。そう思うとゾッとして、無理やり重たい足を必死に動かす他なかった。

「はかせー!みくさんたちつれてきたですよー!」

……息切れ。ワニノコくんに「だらしねえなーねーちゃん」なんて言われる横、ひとり肩で息をする。いや、なんで私だけこんなに疲れているんだ。ワニノコくんを恨めしく思いつつ、フッと手を差し伸べてくれていたヒノアラシくんを思い出して周りを少し見回すと、ひとりで一番後ろにいる。あとでちゃんとお礼を言わないと。

「はかせー!はーかーせー!」

呼んでもやってこないウツギ博士にしびれを切らしたチコリータちゃんが、再び声を張り上げる。もちろん美玖さんにべったりだ。……そうしてやっと、どこからかウツギ博士のくぐもった返事が聞こえてきた。ドアが開く音が聞こえ、階段から降りてきた博士はどこか覇気がないしなんとなくふらふらしているように見える。髪には寝ぐせが残っていて、ベタなぐらい眼鏡もズレたまま。

「美玖くん、ひよりちゃん、いらっしゃい……」
「ウツギ博士……大丈夫ですか?」
「あ、うん。ちょっと研究がね、」

力なく笑みを浮かべながら答える博士は本当に疲れているみたいで、眼鏡越しの目は今にも閉じてしまいそうな勢いだ。今日は鱗を渡して、早くお暇しよう。美玖さんもそのつもりのようで、早速鱗を鞄から出すとウツギ博士に手渡した。

「いつもありがとう。少し美玖くん借りるよ」
「はい」

奥の部屋にウツギ博士と美玖さんが入ってゆく。残ったのは私とちびっこ3人だ。と、早速両腕をチコリータちゃんとワニノコくんに引っ張られて遊ぼうとせがまれる。う……腕がもげる……!

「ちーがおねえさまとあそぶのっ!」
「いーや、おれだっ!」

ケンカに夢中で私の腕を離した二人を見ながら、ふうと息を吐く。あのケンカにどう決着が着くのかはともかく、今はとりあえず見守っていよう。そしてこの隙に、ひとり隅っこで積み木をしながら遊んでいるヒノアラシくんに近づいて。

「ヒノアラシくん」
「!、おねえちゃん、」

突然話しかけられたことに驚いたのか、少し肩を飛び上がらせていた。そうしてお互い向かい合ってから、積み木を握っている小さな手を両手でゆっくり包んで視線を合わせる。

「さっきは一緒に行けなくてごめんね」
「……う、ううん。いいんだよ、ぼくはだいじょうぶだから」

ヒノアラシくんは3人の中では一番大人しい子だけど、今日は余計にそう思う。……いや、大人しいというよりも、どこか元気がないような。ぎこちない笑顔を見ながら何かないかと考えて、ふと、思い出した。本当はこういうことするの、あんまり良くないと思うんだけど。
……ワニノコくんとチコリータちゃんの様子を窺ってから、素早く斜めにかけていたバッグをお腹の方に引き寄せて素早く手を突っ込む。

「ヒノアラシくん、手を出して」
「?」

広げられた小さな手のひらの上。……バッグに入っていた、最後のあめ玉を乗せた。
途端、ヒノアラシくんの表情がぱあっ!と明るくなって私を見る。

「おねえちゃん、これ、!」
「ごめんね、ひとつしかないの。だからみんなにはないしょだよ」
「ぼ、ぼくがもらってもいいの……?」
「さっきのお礼だよ。ありがとう、ヒノアラシくん」
「……うん……っ!」

嬉しそうに大きく頷くと、慌ててポケットに入れる姿が実に可愛らしい。あーあ、買い物に行けたらワニノコくんたちにもあげられるんだけど……。あ、。

「……いいこと思いついた」
「お待たせー」

ちょうどいいタイミングで部屋からウツギ博士と美玖さんが出てきた。それと同時にワニノコくんとチコリータちゃんのケンカも終わり、それぞれ博士と美玖さんのところへ駆けてゆく。私も今度こそ、ヒノアラシくんと手を繋いで博士のところへ歩いていった。

「あの、ウツギ博士。私からお願いがあるのですが……」
「ん?なんだい?」
「この子たちと一緒にお出かけをしてもいいですか?」
「!!、おでかけ!!」

瞬間、子どもたちが大騒ぎ。飛び跳ねたり走り回ったりで一気にお祭りモードだ。
日が暮れるまでまだまだたっぷり時間はあるし、今日はすごく天気がいい。気持ちのいいぐらいの晴天だ。つまり絶好のお出かけ日和でもある。街へ行ったことのない私が言うのもなんなんだけど、室内にいるより3人もきっと楽しめるだろうし、何より博士がゆっくり休めれば万々歳だ。

「博士、オレからもお願いします」
「もちろんいいよ。むしろ僕の方がお願いしなくちゃだね」

よかった。すでに興奮気味の3人に腕だの服だの引っ張られながら、私も顔を緩ませる。

「みくさん、おねえさま。ちーたちはすこしじゅんびがあるので、まっていてください」
「うん、待ってるね」
「はい!」

率先して博士の手を引っ張るチコリータちゃんと、逆に面倒くさそうに博士に引っ張られていくワニノコくん。最後にヒノアラシくんが着いてゆき、手を振ってから扉を閉める。
準備ということは、お着替えでもするのだろうか。どんな可愛いみんなが見れるのか今からすごく楽しみだ。



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