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ポケモンセンターを後にし、殿の家へやってきた。
そうして今、殿の目の前で正座をしている。

「……ひより。主はどうしてこう、いつも厄介な者を連れてくるのだ?わっちに対する嫌がらせかや?」
「そんなつもりは全くありません……」
「あ、あー、殿。……今ひよりのことはからかわない方がいいと思う」
「右に同じく」

グレちゃんとロロの視線がゆっくり私に向く。それから座椅子にふんぞり返っている殿の視線も遅れてこちらにやってきた。……正しく言えば、私の"後ろ"に、だ。
肩をすぼめながら顔を少しあげて後ろを見れば、赤い瞳はジッと殿を睨んでいる。それに私は再び前を向いてため息をつく。

私と背中合わせに後ろに構えているセイロンは、初対面である殿はもちろん、エンジュシティのポケモンセンターではココちゃんたちにも殺気を向けていたほどだ。
余程私と離れたことが辛かったのか、はたまたイッシュでの日々にここまで追い詰められてしまったのか。

「セイロン、睨まないで。みんな私の大切な人なんだよ」
「……」

最後まで殿から目線は逸らさないまま、ついでに斜めにいるココちゃんと美玖さんを牽制するかのように目配せをしてコジョンドの姿に戻ると、自ら傷だらけのボールの中へ入っていった。それと同時に陽乃乃くんがボールから出てきて、びくびく震えながら殿の元まで走っていく。

「セイロンさん、怖い……うう……」
「あの程度で何を震えておるのだ。情けないぞ、陽乃乃」
「ごめんね、陽乃乃くん。私からもちゃんと言っておくから」

殿の後ろに隠れて激しく頭を上下に振る陽乃乃くんに、セイロンのボールが微動する。すると少しだけ見えていた陽乃乃くんが完全に殿の後ろに隠れる。
尖った雰囲気を纏うセイロンに私ですら若干恐怖心があるんだもの、陽乃乃くんが怖がるのも無理はない。

「とにかく、一回セイロンと二人で話してみるよ」
「俺とグレちゃんで話しかけても、セイロンだんまりを決め込んでたからなあ。できれば俺たちでどうにかしたかったんだけどね」
「ありがとう、ロロ。……がんばる」
「ひよりにならきっと話してくれるだろう。頼んだ」

グレちゃんに頷きながら立ち上がり、セイロンのボールだけを持って居間を出た。扉を閉め、一度握りしめたボールを見つめてから長い廊下を歩きだす。
そうしていつも私とココちゃんが借りている部屋に入ってボールの中央にあるボタンを押す。光とともに飛び出してきたコジョンドことセイロンは、真っ先に私に飛びつきしがみつく。可愛い、……けど、きちんと話をしなければ。

「セイロン」
『……なあに、ひより』
「どうしてみんなのことを警戒しているの?私が言っていること、信じられない?」

セイロンが顔をあげる。そして私から離れると、すぐ目の前で擬人化した。子どもの姿ばかり見慣れているせいか、大きくなったセイロンを見るたびにまだドキリとする。異性を意識しての胸の高鳴りではなく、私と彼らの時間差に対する衝撃に近いかも知れない。
セイロンが私の両手を握る。鈴の音が、静かに響く。

「……ひよりのこと、大好き。……でも、ひよりの言うことも……、全部は信じられない」

その言葉に、思わず目を見開いては彼を見る。
セイロンなら当たり前のように私の言葉を素直に受け入れ信じてくれると思っていた。今になって、なんて傲慢な考えだろうと思う。

「……今までひよりの言うことは全部正しいと思ってた。ひよりは、良い人間。優しいし、俺のことも拾ってくれた。俺、ひよりのことが一番好きだよ。でも、だから、……信じちゃいけない気がして」
「ど、どうして?」
「……良い人間は騙され易い。騙されて、傷付いて、それでもまた信じて、騙される」

くぐもった声。しかしそれには力強い何かも込められている。
セイロンが何のことを言っているのかは分かる。……相当キューたんのことを恨んでいるようだ。

「……ねえひより。疑うことは、いけないことだと思う?」
「…………」
「俺は、そうは思わない。自分と、……それから、大好きな人を守るためにも疑うことは必要だって、思うんだ」

──……ひよりが疑うことが嫌いなら、俺が代わりに疑おう。

セイロンが正座から立て膝になり、私に腕を伸ばして抱きしめる。
……セイロンの問いに、私は答えることができなかった。
リイン、と静かに澄み渡る音を鳴らす鈴。こんなにもすぐ近くで鳴っているのに、私にはやけに遠く聞こえた。



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