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傷薬もたくさん準備したし、作戦だってばっちりだ。
……だけどこんなの聞いていない。いや、聞いていてもこんなのってあんまりだ!

「真っ暗なんですけど……!?」

入ってすぐ、足が止まってしまった。外はあんなにいい天気で明るいのに、一体ここは何だろう。
夜とはまた違う闇に包まれた異様な空間。いい加減にしてほしい。
訳の分からない仄明るい光は不規則に光っていて、なんとも頼りなく一本道の両脇に佇んでいる。その道が続く先は、まさに闇である。そう、これから私が歩いていく道に光はない。今にも消えそうな光の間を歩き切ったら最後、真っ暗闇を歩いていくしかないのだ。文字通り、一寸先は闇。もう嫌だ。

「ぐ、グレちゃん……っ!」
『道は細い。俺だと無理だ』
「今だけシママに戻ってよー!」
『……無茶を言うなよ』

夜、洞窟。今まで暗闇は全てグレちゃんが照らし、進むべき道を作ってくれていた。だから私は懐中電灯というものを持っていない。頼りすぎてしまっていたのがこうもはっきり裏目に出てしまうのか。
今から戻って買いに行こうか。涙目でそんなことを考えていたとき。
……ふと、一つのボールが大きく揺れた。視線を下げて少し触れると声が聞こえてくる。

『ひよりお姉ちゃんの光になれるのは、グレアお兄ちゃんだけじゃないよ?』
「!、そっか、陽乃乃くん!」

すぐさまボールを掴んでスイッチを押した瞬間、暖色の炎が燃え盛る。
足元にいるマグマラシこと陽乃乃くんと目線を合わせるために膝を曲げてから、首元に腕を伸ばして抱き寄せる。これだけで安心してしまう。

『グレアお兄ちゃんよりは頼りないかも知れないけれど……』
「比べる必要はないよ。今は陽乃乃くんが私にとって一番の頼りなの!マツバさんのところまでよろしくね」
『っう、うん!僕に任せて!』

撫でてから立ち上がり、再び闇を睨む。なぜか静寂の中に水が流れる音が聞こえるし、謎の煙がこの建物一帯に充満しているようだった。
正直なところ本当に怖いし、こんな不気味なところからは今すぐにでも立ち去りたい。けれどこれは陽乃乃くんのトレーナーとしての私の役目だ。避けては通れない、と考えれば踏み出す勇気も出てくるだろうか。

……こうして私は震えながらも少し先を歩く陽乃乃くんを頼りにやけに細い道を歩いていった。もちろんこの道、両端に安全のための柵らしきものは一切ない。なのに目下には妖しげな靄が浮かぶ、底見えぬ水槽が広がっている。ここは地獄への道か何かなんだろうか。

"──クスクスッ、……"

ぞわり。足元から震えが頭のてっぺんまでやってくる。
「ジムリーダーのとこ行くまでに変な声がすぐ近くで聞こえてくるんやって!」、アカネさんが言っていた言葉が頭をよぎる。さっきの笑い声は完全にそれだ。本当に近くで聞こえたはず。なのに周りには私と陽乃乃くん以外誰もいない。や、やだ……本当に勘弁してよお……!

『ひよりお姉ちゃん、大丈夫。さっきの声、聞いたことのある声だったよ』
「?そ、そう……?」

陽乃乃くんの炎を頼りに、不自然にところどころが曲がっている一本道を歩き続ける。まだなのか。まだマツバさんのところには辿りつかないのか。
とんでもない時間をここに費やしているように感じてしまう。一秒が一分ぐらいになっているのでは。そう思うほど時の流れが遅い。

"こっち、こっちだよ"
"ねえ、見えないの?……ニシシ、かわいそー"

「……ッも、もう無理ー!!」

声を聞きとる余裕すらなく、耐えきれず道に膝をついてから空かさず陽乃乃くんを抱き寄せた。もうやだー!なんて半泣き状態で抱きしめていると、途端、陽乃乃くんが口を開いて宙にひのこを打ち上げる。一瞬、闇が照らされ影が動く。

『もうやめてよ!ひよりお姉ちゃん怖がっているでしょう!これじゃあいつまで経っても君たちと戦えないよ!』
『あ、それはイヤだ』
『えー?仕方ないなあ。お姉さんからかうのすっごく面白いのに』
「……え……?」

影が止まり、目の前に落ちてくる。下から順番に形を作る影を目を丸くしながら見守った。短い手足にまん丸の──ゲンガーたち、だ。

「ゆ、幽霊じゃなかったのね……!?」
『ぼくたちでした。もう脅かさないから早く来てよね』
『オレはもっとやりたいんだけどなー』
『駄目だよ、ガー』
『はいはい』

短いやり取りのあと、すぐに消えるその姿。
陽乃乃くんの「みやぶる」のおかげでうっすら姿が見えていたこともあって、まるで本当に幻だったかのようにゲンガー双子は溶けて消えてしまった。
陽乃乃くんが顔をあげ、私を見上げる。

『ひよりお姉ちゃん、もう大丈夫だよ。僕もいるから、ね!』
「うん、ありがとう陽乃乃くん」

もう一度立ち上がって仄明るい床を踏む。それから頭を振ってから両手で頬を挟んで軽く叩いた。気合いの入れ直しだ。
変わらず周りは真っ暗だけど照らしてくれる陽乃乃くんがいるし、半泣きまで至った状況を乗り越えここまできたら進むしかない。

もう立ち止まらないぞ!と心に決めて、力強く踏み込んだ。マツバさんまであと少し、であってほしい!



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