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曇天の中、コガネシティを一人走り回っていた。
前回私が事件に巻き込まれたこともあって美玖さんはなかなか分散して捜すことに賛成してくれなかったものの、とにかくココちゃんを早く見つけたくてそれを押しきって今に至る。陽乃乃くんには入り組んだ道や裏道を探してもらい、美玖さんには自然公園方面、そして私は人通りの多い街中を中心に捜している。

「ココちゃん……どこ……っ?」

息を切らして辺りを見渡し、道ゆく人にも訪ねてみてもココちゃんらしき人はどこにも見当たらない。この前立ち寄ったコガネ百貨店も行ってみたが、ここにもいなかった。

「──降ってきた……」

自動ドアを抜けたとき、ぽつりぽつりと雨が降り始める。次第にその量は増してゆくものの、そんなことに構っている暇はない。

──いない、いない。どこにもいない。
ココちゃんの姿が頭に過るたびに泣きそうになるのを我慢して、雨の中を奔走する。そうしてカラフルな傘が行き交う大通りへ再び戻ってきた。肩で息をしながら、頬に張り付いた髪の毛先から顎へと流れる雨粒を手の甲で拭う。

「…………」

ボールを壊すココちゃんは辛そうな表情を浮かべていたと、陽乃乃くんは言っていた。……私がもっと気にかけていればこんなことにはならなかったのかも知れない。キューたんのときだって、私がもっと早く気付いてあげていたならば。

「……あああっ!今更そんなこと考えたって意味がない!」

ぱちん!と両手で頬を叩いて挟む。するとその音が聞こえたのか、私のすぐ横を歩いていた人が少しこちらを見ながら通り過ぎていった。
傘もささずに雨の中でずぶ濡れになりながら一人ごとを言っているから変な人だと思われただろうな。それでもいい。ココちゃんが見つかれば、他の人にどう思われようとかまわない。
──走っては止まり、辺りを見渡すを繰り返す。

「はあ、はあ……」

相変わらず体力がない。足を一旦止めてから、膝に置いた両手を支えにして腰を曲げる。目下、水たまりに落ちてくる雨粒が水面に何個も波紋を作っていた。
ぼんやりとそれを眺めてから、また顎の先まで流れてきた水滴を拭う。

そうして再び顔を上げて走り出そうとした、その時。
どしん!と背中に衝撃が走った。そのまま誰かの腕が背後から私のお腹あたりで交差して後ろに引き寄せられる。

「だっ、誰……!?」

咄嗟に振り返る。と、すぐ鼻先に髪が当たる。水を含んでもなお透き通るような美しさを見せる淡い青色。落ち着く、良い匂い。どれもこれも私が知っているものだ。

「──ココちゃん……?」

肩に乗せられた頭が小さくこくりと縦に頷く。それに安心して肩の力を抜いてからココちゃんの腕にそっと両手を添えた。そっと包むように握る。

「……ココちゃん、ごめんね」
「…………」
「本当に、ごめんなさい。ここまでココちゃんを追い詰めていたってこと、全然気づかなかったの。……私、トレーナー失格だよ」
「っ違うわ!」

ココちゃんが離れて私の手をひき、ようやく向い合せになった。いつも髪をまとめているのに今は両肩に濡れた髪が流れている。灰色の空の下でさえ美しい。

「違うの……、わたしが、わたしの心が弱かったから、だから、」
「ココちゃんは強いよ」
「ううん、強がっていただけ。……本当のわたしは、全然違う」

私の手を握る彼女の手に少しだけ力が入る。

「ひよりがグレアやロロと楽しそうに話しているのを見ると、なぜあそこにいるのがわたしじゃないんだろうって、あの二人が羨ましくて仕方なかった。それに、……わたしの居場所を取られてしまったようにも思ったの」
「…………」
「……昔、ね。似たようなことがあって、……またわたしは捨てられてしまうのかなって思ったら、もうどうしようもなかったの。もうあんな思いはしたくない……だから、今度は傷つく前に自分から捨てようって、」

雨が頬を伝う。ココちゃんの頬にも雫が流れていた。
今度は私が強く彼女の手を握りしめ、しっかりと顔を見る。

「ココちゃんがここにいる意味、ココちゃんの場所。どれも全部、ちゃんとあるよ。誰にも取られたりなんかしない。全部ココちゃんだけのものだよ」

……いや、意味なんて無くてもいい。一緒に居てくれるだけで、それだけで十分なのに。

「──私を信じて、とは言わないよ」

一歩近づいて、ココちゃんの身体を引き寄せる。それから背中に腕を回し、思いっきり抱きしめた。

「私がココちゃんを信じるから」
「……!」
「ココちゃんになら裏切られても構わない。……だから、お願い。これからも私のそばにいてくれないかな」
「それ、……」

陽乃乃くんからもらったボールをココちゃんの目の前に出す。
そのとき、ふと、私とココちゃんに影が落ちる。視線をあげれば、傘が差しだされていた。誰だろう。視線を斜めに移してココちゃん越しにその傘の持ち主を見て、驚く。

「とっ、殿!?なんでこんなところに!?」
「わっちがいたらおかしいか?」
「驚くよね。でも、殿も二人を迎えにきたんだよ」

殿に傘を傾けている美玖さんが微笑む。傘を持っているのに、よく見たら二人もずぶ濡れだ。そして、その後ろにいる陽乃乃くんも。
そっと陽乃乃くんがココちゃんに歩み寄り、見上げる。

「心音お姉ちゃん。一緒に帰ろう」
「……陽乃乃、」

ココちゃんの震える声が聞こえた。
ぽつ、ぽつ。雨粒の音が少なくなる。

「わたし、……これからも、ひよりたちと一緒にいてもいいの……?」
「……もちろん!」

頬を伝う涙をそっと指先で拭うと、ココちゃんが私をそっと抱きしめる。抱きしめ返して、後ろにいる殿たちを見るとそれぞれ笑みを浮かべていた。

「──あ。雨、止んだよ!」

陽乃乃くんの声に空を見上げると、雲の間からゆっくり太陽が現れる。

「ココちゃん」
「──……うん」

手を繋いで、歩き出す。
──帰り道、空には虹がかかっていた。



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