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「心音、どないしたんやろ」

アカネさんが腕を組みながら首を大きく横に傾ける。
私にも、これといって思い当たる節がない。どうして突然ココちゃんが言うことを聞かなくなってしまったのか……。
様子がおかしいと思ったのはジム戦が始まってからだった。その前は、……その前は?

「……私、……ココちゃんのこと、ちゃんと見てなかった、かも……」

記憶を取り戻してからというもの、空白の時間を埋めるようにグレちゃんとロロとばかり話していた。それに気が付けばイッシュ地方のことを考えてしまっている。
……ココちゃんと面と向かって話したのは、何日前だろうか。ココちゃんだけではない。美玖さんや陽乃乃くんにも、ここ数日、目をむけることを忘れてしまっていたような気がする。

「そらあかんわ、ひよりちゃん。トレーナーなら、みんなを常に見てあげなあかんで」
「みんな、……」
「ええか、よおく考えてみい。ウチらトレーナーにはたくさんの手持ちのポケモンちゃんたちがおるけど、ポケモンちゃんたちにとったらウチらトレーナーは一人しかいないんやで。決まった子ばっか可愛がってたらなあ、嫉妬すんのも当たり前や」

つまり嫉妬して言うことを聞かなくなってしまったのか。……いや、何か別の理由もあるはずだ。
今日のジム戦は、いつも以上に勝つことにこだわっていた気がしなくもない。身を捨ててまで勝とうとしていたその理由とは。

「全員を平等に愛しているのはようわかるで。けど愛っちゅーもんは目に見えへんから、ちゃんと言葉で言わんと伝わらへんよ」
「……言葉が駄目だったら、どうすればいいでしょうか」
「思いっきり抱きしめてあげればええんちゃう?まあ、たくさん手持ちがいればいるほどウチらトレーナーにとって色々大変かも知れへんけど、それと同じぐらい嬉しいこと、幸せなこともたくさんあるわ」

ニイッと笑うアカネさんにつられて自然と表情が柔らかくなる。……よし。ココちゃんともう一度話を聞いてみよう。
そう思って部屋を出ようと足を動かしたとき、遠慮がちにノック音が聞こえてきた。返事をすると、これまた静かに開くドア。入ってきたのは陽乃乃くんだった。続いて後から美玖さんもやって来る。

「ひよりお姉ちゃん」
「陽乃乃くん!まだ寝てないといけないのに、どうしたの?」

慌てて駆け寄ると、ゆっくり握っていた手を開いてみせた。
──陽乃乃くんの手のひらに乗っていたのはモンスターボールの残骸。ハッと視線をあげると視線がぶつかる。

「…………これ、」
「心音お姉ちゃんのボールだよ。心音お姉ちゃんが、自分で壊してた」
「…………」

ぐらり、大きく視界が歪む。
……私は自分が知らないうちにここまでココちゃんを追い詰めてしまっていたのか。気づくこともできなければ、一言声をかけることすらできなかった。

「……ひよりお姉ちゃん、これは誰のせいでもないよ。多分、仕方のないことなんだ。ちゃんと心を持っているからこそ、起こることなんだと思う」
「陽乃乃くん……」
「心音お姉ちゃん、すごく辛そうな顔してた。……心音お姉ちゃんを笑顔にできるのは、きっとひよりお姉ちゃんだけだよ」

壊れたボールが乗っかる手の隣に、もう片方の手がやってくる。その上に乗っているのはピンク色のモンスターボールだった。ヒールボールでもなければラブラブボールでもない。初めて見るボールだ。

「これ、どうしたの?」
「いつの間にかポケットに入ってたんだ。博士がいれてくれたのにずっと気がつかなかったのかもしれない。ひよりお姉ちゃんにあげるね」

博士から陽乃乃くんがもらったものを私が使ってしまっていいのだろうか。
悩んでなかなか受け取れずにいると、陽乃乃くんが私にボールを手渡す。

「僕はひよりお姉ちゃんに使ってもらいたいの。それにそのボール、心音お姉ちゃんにとっても似合うと思うんだ」

握っているボールを見る。確かに、ココちゃんによく似合うだろう。

「一緒に心音お姉ちゃんのお迎えに行こう、ひよりお姉ちゃん」
「もちろん、オレも一緒に行くよ」
「美玖さん……」

ピンク色のボールの横、美玖さんから手渡されたボールを並べる。陽乃乃くんと美玖さんの物だ。

「心音さんをみんなで迎えに行こう、ひより」
「……っはい!」

ココちゃんの居場所はここにある。だから去ってしまった理由も聞かず、この空席を埋めることは絶対にできない。
美玖さんに頷いて見せてから、手早く上着を羽織った。次いで、マグマラシに戻った陽乃乃くんを先頭に足早に部屋を出た。
──……大丈夫、ココちゃんはまだ近くにいるはずだ。絶対にこのままお別れなんかにしたりしない。見つけて、話して、それから思いっきり抱きしめて。

ポケモンセンターを走り出た。
ふと、目の端に青空にかかる厚い雲を捉える。
……ひと雨、来るかもしれない。



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