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部屋を出て、居間へ入るや否や突進を食らい身体が斜めに傾いた。
後ろにグレちゃんとロロがいたから押し倒されずには済んだものの、ぶら下がる勢いで抱きしめてくる二人に耐えられず半開きの襖の間に座りこむ。

「ひよりお姉ちゃんもう大丈夫?痛いの治った!?」
「うん。心配かけてごめんね、陽乃乃くん」

濃緑色の柔らかな髪を撫でると、大きな瞳がぐらりと揺れた。それから再び胸元に顔を埋めていた。
頭痛で体調不良になったことは今までにも数回あったものの、陽乃乃くんには一番酷いときを見せてしまって本当に心配をかけてしまった。少しでも安心させてあげられるように何度も頭を撫でていれば、私の右肩に顔を埋めていた彼女の髪がさらりと流れる。

「…………」
「ココちゃんもごめんね。もう大丈夫だから」

それとね、──……全部、思い出したよ。

そう言うと、ココちゃんは口を閉ざしたまま小さく何度も頷いては溜めていた涙を零す。それに気づくと他の人に見られるのが嫌なのか、私の首に腕を回したまま再び肩に顔を思い切り埋めてしまった。

「ひより、全て思い出したというのは真か?」

座椅子に座りながら扇子でひらひらと扇いでいる殿に視線を向け、静かに頷いてみせる。殿にはとてもお世話になっているし、全部話すつもりで口を開いた。が、先に殿が私に向かって言葉を投げる。

「主はまた危ない橋を渡る気なのだろう?自身には関係のない世界のためによくやるわ。なあ、ひより?」
「…………え、と……?」
「殿と美玖くんにはね、全部話してあるんだ」

横から聞こえたロロの声にびっくりして殿と美玖さんの顔を交互に何度も見てしまった。いつのまに話していたんだろう。というか、この二人も知ってて私に黙っていたという事実にも驚きを隠せない。
ゆっくり顔をあげたココちゃんも信じられない、という表情で二人を見ているし、陽乃乃くんに至っては赤い目を擦りながら頭にはてなマークを何個も浮かべている状況だ。

とりあえず、私からも全てを話すことにした。
私はこのポケモンの世界の人間ではなく、他の世界からきた人間であること。マシロさん……レシラムを助けるためにイッシュ地方をグレちゃんたちと旅をしていたこと。そして、どうしてジョウト地方へ一人やってきたのかということ。

「ひよりお姉ちゃん、実はとってもすごい人だったんだねえ」

目をまん丸にしながら私を見る陽乃乃くんに苦笑いをする。
ふと、ココちゃんが顎に手を添えたまま顔をあげて首を傾げた。すらりと伸びる指先に見惚れながらも、その一言でハッとする。

「……どうしてそのキュレムは、わざわざひよりの記憶を凍らせたのかしら。その場から逃がすことが目的ならそこまでしなくたっていいじゃないの」

……多分、記憶を凍らされたのはジョウトへ飛ばされている途中。最後にキューたんと会話をしたときだろう。
しかし、確かにそうだ。

「……これは俺の推測なんだけどね、多分、……ひよりちゃんを守るためにやったんじゃないかな」

認めたくはないけどさ。なんて付け加えるロロに、私は首を傾げる。記憶を消すことが守ることにどう繋がるのか。
そんな私に気づいたのか、ロロが続いて言う。

「例えば……そうだな。今回グレちゃんもひよりちゃんを守りたくて距離を置いたってことは分かってるかな?」
「……納得いかない理由だったけど分かっているつもりだよ」

流れでグレちゃんを横目で見ると素早くサッと視線を外された。それを面白そうにニヤニヤしながら見るロロにも鋭い視線を送れば、こほん、とわざとらしく咳払いをする。

「つまりね、彼もそれと一緒だと思うんだ」
「……キューたんも?」
「もう一人の自分に勝つ自信が無かったから、飲み込まれる前にひよりちゃんを逃がしたんでしょう。でもさ、せっかく逃がしてもひよりちゃんが助けに来ちゃったら逃がした意味がなくなっちゃうんだよね」

"俺様がおっさんに捕まったら、テメエはどうする"
……どうして最後にあんなことを聞いてきたのか、今になって隠された意味を知って思わず拳を握りしめる。こんなの、私に分かるわけがない。助けるの一択しか頭に無かったのが仇となったのだ。
しかし今、こうして私は記憶を取り戻した。約二年の歳月が過ぎた今、なぜこのタイミングで氷を砕いたのか。

「──……ま、さか……」

──……"砕いた"のではなく、"砕かれた"としたら。



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