2


「最後の1匹になってもむしポケモンはしぶといよ!ストライク、連続斬り!」
「陽乃乃くん、避けて!」

"ヒワダタウン ポケモンジム リーダー ツクシ あるく むしポケ だいひゃっか"
──各ジムごとにギミックが違うのはとても面白い。が、虫タイプのポケモンが少し苦手な私にとって今回も抵抗のあるものだった。
床の抜けた空間には透明な糸が張り巡らされていて、その上を頑丈なロープがさらに張り巡らされている。さながらそれは蜘蛛の巣のようで、ロープの上を移動する乗り物も蜘蛛を題材としたであろうイトマルの形をしていた。
恐る恐るそれに乗ると、ふにゃりとした感触が足元から全身に伝わる。そして機械なのに本物そっくりに動くイトマルの6本の足。……思わず鳥肌がたったことは内緒だ。

『ちょこまかと!避けないでくださいませ!』
『っ、速い!』

ストライクの刃が陽乃乃くんの頬を掠める。陽乃乃くんが遅いわけではない。あのストライクが速すぎるのだ。もしかすると、先に戦ったコクーンとトランセルが全くといっていいほど動かなかったから余計速く感じているのかも知れない。
当たる寸前、本当にギリギリで避けているのが見え、私の心臓はさっきから何度も飛び上がっている。

「ッかえんぐるま!」
「避けてつばさでうつ!」

炎技さえ当たればこちらのものなのに……!
回転をあげて向かって行っても避けられてしまう。陽乃乃くんも避けてはいるものの、疲れからなのか若干反応に遅れがでてきてしまっている。そろそろ決着をつけなければ。

「陽乃乃くん!」
『……!わかった!』

すでに合図もばっちりだ。
かえんぐるまで転がったまま、一旦ストライクとの距離を開ける。視線を合わせて、頷いて。

「でんこうせっか!」
「ストライク、迎え撃て!」

真正面から迎えられようとも、不意をつくことはできるはず。
右へ、左へとかく乱させながら距離を詰める陽乃乃くんと、鋭い刃を交差させ、確実に捕えようとするストライクの姿が目に映る。……大丈夫、陽乃乃くんなら、大丈夫だ!
──マグマラシが細長い身体を縮め、踏みこんでは飛び跳ねた。手前、ストライクの空振りした刃は再び地面で交差している。その頭上、マグマラシが思いきり息を吸い込む。

「煙幕!」
「ッ羽で煙を撒くんだ!」

一瞬のうちに黒に包まれ、地面近くで燃えあがる炎がぽっかりと浮かぶ。その中、ストライクが羽で風を起こし、煙を撒きながら炎に向けて刃を振りあげた。
瞬間。

「陽乃乃くん、オーバーヒート!」
『なっ、!?』
『当たれええ!』

ガッ。、鈍い音とともに土煙が一瞬だけ舞い上がり、ツクシさんの背後に植えられていた大樹が大きく揺れた。葉っぱがひらひらいくつも落ちて、それと一緒に煙も晴れる。大樹に背を預けているのは、目を回しているストライク。陽乃乃くんの技が当たった証拠だ。

「──ストライク、戦闘不能!よって、チャレンジャー、ひよりさんの勝利です!」

旗があがる瞬間。……ッ何度見ても、本当に嬉しい!
感動に一度震えあがってから、手前から走ってくる陽乃乃くんに向かって腕を広げた。腕の中へと飛び込んできてくれたのはいいものの、そのまま尻餅をついてしまった。陽乃乃くん、本当に大きくなったなあ。

『ひよりお姉ちゃん!勝ったよ!やったね!』
「陽乃乃くん、大活躍だったね!お疲れ様、本当にありがとう!」
『えへへ……お姉ちゃんもお疲れ様。僕と一緒に戦ってくれて、ありがとう!』

頬にすり寄る陽乃乃くんが可愛すぎて、思い切り抱きしめると少し苦しそうな声が聞こえた。けれどもうこれは止められない。

「あーあ、ぼくの研究もまだまだってことだね。……はい。インセクトバッジ、持って行ってよ」
「ありがとうございます!」

やってきたツクシさんからバッジを受け取る。そうして陽乃乃くんと一緒にたっぷりと眺めたあと、大切にケースへ仕舞った。
こうやって勝利の証がどんどん並んでいくのは表現しがたい感動がある。……本当に嬉しいな。

──イトマルの機械に再び乗り、ジムの外へと出た。日が沈みかけている。
ポケモンセンターで回復をしてから、殿のいる家へと帰る。そういえば一晩だけのつもりがもう何日も滞在しているけれど、殿は何も言ってこない。やっぱり一人は寂しいんじゃないか、と勝手に想像してはひとり口元を緩めていた。





いつも通りココちゃんの背に乗って洞窟を抜け、帰宅する。
扉に手をかけ、横へ開き、殿がいてもいなくても「ただいま戻りました!」と大声で叫ぶのだ。……そう。いつもと同じなら今回もそうしていた。
しかし。
扉を開けて、一歩前へと進んだ時。
──脳内で、バキ、と大きくヒビが入る音が聞こえた。

「……ッ!?」

ぐらり、思わず歪む視界に耐えきれず膝をついてしまった。
うずくまってよく分からなかったけど、多分、みんなが突然しゃがみ込んだ私にびっくりして手を差し伸べてくれたんだろう。しかし、それすらも考えられないぐらい頭の中ではガラスがかき混ぜられるような音がガンガン鳴り響く。

「ひより!?」
「う、……ッ」

ココちゃんに答えることすらできない痛み。脳内で鳴り響く音はまるで、ひとつの音に誘爆されたかのように弾け続ける。

「ひよりちゃん…!」
「……あた、ま……ッ、われそ……っ」

頭を抱えて、少しでも痛みから逃れようと周りを構う余裕もなく、左右に頭を振り乱す。どこが正面で、自分がいまどこにいて何をしているのか。何を発しているのか、何もかも全てが分からなくなって、息の、吸い方も、分からなく、なって、……。

「お姉ちゃん……っ!」
「ひより!しっかりするんだ……!」

頭を思い切り抑えて、ただ呻ることしかできない。必死に肩で息をする。苦しい、痛い。いつまでこれは続くんだろう。早く、早く、治まっ──……


「──……ひより」

力いっぱい頭を押さえつけていた両手をスッと持ちあげられる。
……それにゆっくり顔を上げると、グレアと目が合った。痛くて泣きながら見ていると、彼も苦しそうな顔をする。そうして追い打ちをかけるようにやってくる痛みと音に顔を伏せれば、彼は私の腕をそっと離す。

「……"大丈夫"」

伸ばされた腕に引き寄せられて、そのまま思いきり抱きしめられる。
……痛いから、嬉しいから、涙があふれて止まらない。

──……そうして、最後。

ぱきん、と大きく乾いた音が鳴る。


『過去だろうが未来だろうが、お前が何処に行っても絶対会いに行く。だから、!』


「──……本当に、……来て、くれたんだ……」
「ひより……?」

下唇を噛みながらそっと顔をあげると、心配そうに私を見つめる目と目が合う。それにまた感情が込み上げてきて、思い切りその胸板に顔を埋める。驚いたのか、少しだけ飛び上がるその身体を思いきり抱きしめながら震える声で小さく呟く。

「──……ありがとう、グレちゃん」
「…………、……え、……?」

頭上。時間をかけて聞こえた戸惑いの声に、またきつく抱きしめた。
──愛おしい、私の大好きな相棒。
これまで沢山傷つけて、本当にごめんなさい。



- ナノ -