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「ようやく風に乗ってきたところさ!いけ!ピジョン!」
「ココちゃんお願い!」

ピジョンとチルタリス、大きさはほぼ互角だ。羽にある傷跡を隠すためにリボンを巻いてあるものの、やはり気になってしまうのかココちゃんがチラチラと視線をこちらへ向けている。……いや、理由はそれだけではないな。

「なぜ最初から鳥ポケモンを出さなかったんだ?」

やはり鳥ポケモン好きには堪らないらしい。ハヤトさんからの熱い視線には流石のココちゃんもタジタジだ。

『そこらへんの鳥ポケモンと一緒にしないでほしいわね。一応ドラゴンタイプでもあるんだから』
「ココちゃん、よろしくね」
『任せてよ。ひよりのために頑張るんだから!』

白い翼を広げて舞い上がる。同時にピジョンも浮上した。空中戦だ。
──そうして開始の合図である旗が上がると同時に動だす。

「今度はお先に攻撃させてもらう!ピジョン、追い風!」

突風が吹き荒れ、髪が風で勢いよく後ろになびく。
ピジョンにとって追い風、つまりココちゃんにとっては向かい風である。さっそく空の利を得るところ、流石だ。……でも、これぐらいでは怯まない。

「つばさでうつ!」
「ドラゴンクローで迎え撃って!」
『『了解!』』

同時の指示に返事が重なる。
翼を広げココちゃんに向かうピジョン。対するココちゃんも準備はできている。距離を縮めたピジョンの羽を足の爪で捕えると、そのまま上に放り投げてはドラゴンクローで地面に叩き落とす。……それでもピジョンは起き上がり、よろよろしながら再び空へと舞い戻る。

『いい根性してるじゃない』
『はは、お褒めの言葉ありがとう。お嬢さん』

ふと、ピジョンの周りに散らばったはずの羽が浮かび上がりキラキラと光りはじめた。光はピジョンの怪我を癒している。……"はねやすめ"……。

「まだまだ飛べるぞ!なあ、ピジョン!」
『もちろんだとも!』
「いくぞ!竜巻だ!」

……まずい。確か竜巻はドラゴンタイプの技だったはず。ココちゃんには効果抜群だ。
どうしよう、避けることはできるのか。悩んでいる間にも強風が吹き荒れ、バトルフィールドの砂を巻き上げる。ビュオオオ、と腹にまで響く激しい風の音に、私の声すら掻き消されてしまう。

『ひより、焦らないで。このぐらい平気よ』
「ココちゃん……!」

竜巻がココちゃんを飲み込む。もはや目も開けられないぐらい風が巻き起こる中、どうすればいいのか必死で考えていた。相手はこれからどのような指示をしてくるだろうか。
──渦がどんどん小さくなり、風も急激に消えてゆく。それと共にぐるぐると風の中で掻き混ざられていたココちゃんの身体が急落下。

「ココちゃん、コットンガード!」

落ちながらも素早く身体を羽で包みこむ。青いボディが見えなくなるぐらい、白で埋め尽くされたココちゃんはそのまま地面へと落ちた。
心配になりつつ視線を送ると、……土煙の中、双翼が広げられる。

『そろそろ終わりにしましょうか』
『随分とタフなお嬢さんだ』
『お褒めいただきありがとう』

りゅうのまいで攻撃力と素早さを高めて一気に勝負に出るつもりだが、しかしこれを黙って見逃してくれる相手ではない。

「ピジョン、もう一度追い風だ!暴風で叩き落とせ!」
「ココちゃん、ゴッドバードで終わりだよ!」

吹き荒れる風の中、ココちゃんが頷く。ココちゃんならきっと大丈夫。
そうしてココちゃんが真上に向かって飛び出してゆく。それと同時にピジョンも羽を大きく広げて、先ほどの竜巻とは比べ物にならないぐらい強い風を吹かせていた。まさに暴風そのものだ。
上空。ココちゃんが真っ直ぐピジョンめがけて急降下。
……それは、本当に一瞬だった。
風を切る音が聞こえたと思うと、ドン!と爆発音に近い音が鳴り響く。暴風も消え失せ、代わりに白い羽が舞い上がる。

「勝負あり、ね!」

ふわり、水色の髪が揺れた。その足元には目をまわしているピジョットの姿がある。
再びあがる自身の旗に、思い切り駆け出した。





私の手の平でキラリと光る、羽の形をしたバッジ。ウイングバッジというらしい。勝利の証としてもらったバッジが嬉しくて堪らない。

「いいバトルだったよ。ありがとう」
「こちらこそありがとうございました!」

片手を差し出すハヤトさんの手を握り返す。いいバトルだったって、ジムリーダーに言われると余計に嬉しいな。

「ジムを巡るなら次はヒワダタウンへ行ってみるといいだろう」
「ヒワダタウン……」

確かヒワダジムは虫タイプのポケモンをつかうツクシさんだったはず。
虫ポケモンとなると、陽乃乃くんともココちゃん二人とも相性はいいからきっといいバトルができるに違いない。そうと決まれば、次はヒワダジムに挑戦だ。

「今日はありがとう。おれは最強の鳥使いになるため、ポケモンと己を鍛えるよ!」
「こちらこそありがとうございました!またよろしくお願いします」
「ああ!」

手を振るハヤトさんに振り返し、バトルフィールドから降りる。
……瞬間、乗っかった床が急降下して一瞬にして地上に着いた。
すっかり忘れていて、しばらくその場から動けずにいたのは言うまでもない。





グレアとロロさんに両隣を挟まれ、再びポケモンセンターの待合椅子でココちゃんと陽乃乃くんの回復を待っていた。

「ひよりちゃん、ジム戦お疲れ様。おめでとう」
「ありがとうございます!……あの、なんか近くないですか?」
「うん?そうかな?」

両手を握られたまま整った顔を近づけられて反射的に後ろへ身体を引いてみるものの、グレアに寄りかかる感じになってしまってそこから動けなくなってしまう。
ロロさんは何というか、……スキンシップが多くてこちらの心臓が持たない。

「…………」
「…………」

なんだかわざとやられている気もするけど……。
ニコニコと笑みを浮かべているロロさんからぎこちなく視線を逸らすと、おなじみの音楽が流れた。そうして奥にある部屋の自動扉が開き、暗緑色の髪の少年が私に向かって駆けてくる。

「陽乃乃くん!」
「ひよりお姉ちゃん!」

立ち上がって私も駆け寄ると、思い切り抱きしめられた。そこで気付いたけれど、なんと、身長が私と同じぐらいになっている。さらに私の方が陽乃乃くんの胸の中へ収まってしまっているではないか。
でも、私にとって陽乃乃くんは弟みたいな感じで、きっとどれだけ大きくなっても可愛く思うことに変わりはないだろう。

「わあ、僕、本当に進化したんだね。……えへへ、お姉ちゃんと同じ目線だ」

はにかむ表情にもまだ幼さが残っていて、やっぱり可愛いなあと釣られて私も口元を緩める。
それから陽乃乃くんにもバッジを見せると、丸い瞳をさらに丸くして私とバッジを交互に見ていた。

「陽乃乃くん、これが私たちの勝利の証だよ!」
「勝利の、証……!」

私の手から慎重にバッジを受け取ると、噛みしめるようにそれを握る陽乃乃くん。そうだよね、嬉しいよね。私もとても嬉しい。

「僕、もっともーっと頑張るね!」
「"一緒に"頑張ろうね」
「……!うん、!」
「さ、帰るわよ。美玖と殿が待ってるわ」

先行くココちゃんの後に続いて歩き始めてすぐ。ぐう、とお腹の音が鳴る。慌てて顔をあげると、陽乃乃くんが目を丸くして私を見ていた。……聞かれてしまった。ははは……と誤魔化すように笑ってみせると、今度は陽乃乃くんのお腹も鳴く。

「お腹すいたねえ」
「今日の夕飯、何だろう?」
「うーん……僕はオムライスがいいなあ。あっ、でも美玖さんの作るご飯は全部おいしいからやっぱり何でもいいや!」

陽乃乃くんの言葉にうんうん頷いていると、ふと、手前にいた陽乃乃くんが振り返ってから私にその手を差し伸べる。

「帰ろう、ひよりお姉ちゃん」
「うん」

私より少しだけ大きい手を握り返して、ポケモンセンターを後にする。
夕日はすでに沈みかかり、空には幾千もの星が瞬いていた。



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