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地獄の特訓を終えたのも束の間。早速ジムへ挑みに行くことになった。
というのも、陽乃乃くんが特訓の感覚を忘れないためにもすぐ実戦で試してみたいと言っていたからだ。私も陽乃乃くんのやる気と自身が掴んでいるこの感覚を忘れる前に試したい。

「ごめん、ひより。オレはここで留守番していてもいいかな」
「大丈夫ですけど……もしかして、殿ですか?」

苦笑いする美玖さんを見て察する。
きっと殿が、私が美玖さんをジム戦で出さないことを見越して美玖さんに家事諸々をやるよう、言っているに違いない。

「オレも本当なら一緒に行くべきなんだけど……本当にごめん」
「いえいえ!久々に親孝行してあげてください」
「あはは、うまいことを言うね。それじゃあ言葉に甘えて、そうさせてもらうことにするよ」

そういう美玖さんを見てから靴を履く。先ほどのココちゃんとのバトルですっかり疲れているのか、殿は見送りに来てくれなかった。……少し寂しい、。

「殿から伝言を預かっているよ」
「え!、なんですか!?」
「"健闘を祈る"だってさ」
「……!」

なんでもない言葉でも、殿からのものとなれば気の持ちようも変わってくる。特訓に付き合ってもらった恩にしっかり報いなければ。
……準備も整い、扉に手をかける。少し振り返ると、美玖さんが笑顔で手を振っていた。

「気をつけていってらっしゃい」
「いってきます!」

美玖さんに手を振り返して家を出る。
そうしてココちゃんをボールから出してその背に乗り、真っ黒の水面を飛び抜けた。





──キキョウシティ。空を飛んでいけば、到着するまでそう時間はかからなかった。
ほんの少しだけなら空を飛ぶことにも慣れてきたけれど、やはり気分はあまり優れない。一度回復をするために立ち寄ったポケモンセンターで陽乃乃くんとココちゃんをジョーイさんに預けてから、待合用の長椅子へゆっくり座る。

「大丈夫か?」
「うん、だいじょうぶ……」
「ひよりちゃん、空を飛ぶのは相変わらず苦手なんだね」

隣に座るロロさんが何となく嬉しそうな表情をしているような気がする。それを見ては顔をあげて、今更ながらハッとする。

……そうだ。グレアが何も教えてくれないのなら、ロロさんに聞けばいいじゃないか。
例の事件後以来、頭痛が一切ない。頭痛は嫌だけれど記憶が少しずつ戻っているような気がしてひっそりと待っているのに。記憶が戻れば、ゲンガーくんが言っていた言葉の意味も分かるかもしれない。

「あの。ロロさんも、以前の私を知っているんですよね」
「もちろん、知ってるよ」

話しかけるとにこりと微笑むロロさん。

「一緒に旅をしていたときのことを教えてくれませんか?……本当は全部知りたいけれど、話せないなら少しでもいいんです。教えてください」

彼が少しだけ視線を上げる。多分、私を挟んで座っているグレアに目配せをしているんだろう。少しだけ私も振り返って見ると、不自然に視線を外される。もしやロロさんには口止めしていないのか。

「ロロさん、お願いします……!」
「うーん、……そうだね、」

少し悩む様子を見せてからゆっくりと口を開く。彼の表情は変わらず笑顔だ。

「イッシュ地方でも、今みたいにジム戦をしながら旅をしていたよ。沢山の街を巡ってね、ポケモンリーグにも行ったんだよ」
「へえ……」

相槌を打ってみるが、まるで自分のことのようには思えない。

「グレアとロロさんの他に、一緒に旅をしていたポケモンはいましたか?」
「そうだね。手持ちは俺とグレちゃんを含めて六……いや、五、かな」
「……?」

その笑顔からは何も読み取ることができないが、……わざと言い間違えたように聞こえた。……そうだ、確かグレアが持っていた鞄には、ボールが六個入っていた。ということは、私の手持ちポケモンは六のはず。なのになぜ、。

「残念ながら、ひよりちゃんがどうしてこっちに来たのかとか、記憶のことについては俺も知らないんだ。ごめんね」
「そう、ですか……」
「でも、何か気になることがあったら俺に聞いてね。少なくともグレちゃんよりは話せるからさ」
「あははっ!ありがとうございます」

何気なく含まれた少しの皮肉に、思わず笑みがこぼれる。それに気付いているにも関わらず、すでにロロさんを相手にすらしようとしないグレアもグレアで余計可笑しくて堪らない。
やっと笑いに堪えたところで、そういえば、と気になっていたことを訊ねてみる。
顔を上げ、隣のロロさんを見て。

「ずっと気になっていたのですが」
「なんだろう?」
「どうしてロロさんは眼帯をしているんですか?」

私の言葉に、彼は細めていた目を見開いては驚くように私を見る。こうして間近で瞳を見てみると、やっぱり何度見てもとても綺麗だなあと思っていた。本当に宝石が埋め込まれているのではと疑うほど美しい。

「きっと右目も、綺麗な青なんでしょうね。前髪が長かったときも思ってましたけど、隠しているのはもったいない気がします」
「……そう、かな、」

そっと微笑むロロさんに大きく頷いてみせると、後ろから肩をつつかれて振り返る。

「ひより、そろそろ二人の回復が終わる時間だぞ」
「はっ!そうだ、ありがとう!」

グレアに言われて慌てて立ち上がる。話に夢中になりすぎてココちゃんたちを迎えにいくのを危うく忘れてしまいそうだった。荷物はグレアたちに任せて、受付カウンターに走り出す。
回復すれば、いよいよジム戦だ。今から緊張してしまいそうになり、慌てて首を左右に振った。





"キキョウシティ ポケモンジム リーダー ハヤト 華麗なる ひこうポケモン つかい!"

看板に目を通してから、扉の前に立つ。その先、二体の銅像が置かれていた。その間を真っ直ぐに歩いて通り抜け、数段の階段を上る。──瞬間。カチ、なんて謎の音が聞こえたと思うと身体が一気に急上昇する。

「!?!?」

驚きすぎて叫ぶ暇さえなかった。咄嗟に床にしゃがみこみ、一体何が起こったのか分からぬまま慌てて周りを見渡せば……なんと、私の座っている両隣の床が無い。……無い、?気づいて思わず背筋が凍る。

「ようこそ、おれがキキョウジム、リーダーのハヤトだ!」

声がした。しゃがみこんだまま顔をあげると、バトルフィールドの向こうに声の主が立っていた。

「私、ひよりですけど……あの、なんですかこのジム……?どうしてこんな高いところにバトルフィールドを……?」
「挑戦しに来てくれたトレーナーにも鳥ポケモンの気持ちを少しでも知ってほしくてね。良いバトルフィールドだろう!」

満面の笑みを浮かべているハヤトさんから目線を逸らす。それでもハヤトさんが鳥ポケモンを愛するが故に至った構造だと思えば、この高さでも許せる気がした。
とにかく、いつまでもしゃがみこんでいるわけにはいかない。竦む足を無理やりに立たせてボールを握る。

「バトル、よろしくお願いします!」
「ああ!大空を華麗に舞う鳥ポケモンの凄さ、思い知らせてやるよ!」

緊張の、一瞬。

「──……バトル、開始!」

審判の両旗があがり、空高くボールを投げる。
フィールドに着地する陽乃乃くん、そして宙を羽ばたくハヤトさんのポケモンはポッポだ。……大丈夫、落ち着け。殿に比べればなんてことはない。

「先手はあげよう」
「お言葉に甘えて、……陽乃乃くん、ひのこ!」
『わかった!』

距離はあるが十分届く範囲だ。様子見として距離は縮めず、どのように出てくるのか窺う。

「ポッポ、風おこしで火の粉を散らせ!」
『りょうかい!』

小さな羽から強烈な突風が吹き、火の粉は全て消されてしまった。目を細めて見ていると、ポッポがその風に乗って一直線に陽乃乃くんへと向かってくる。

「陽乃乃くん!横に転がって避けて!」
「そのまま体当たりだ!」

ドン!と鈍い音がした。後ろに二回、三回と転がる陽乃乃くんと再び空へ舞い戻るポッポ。土埃が立ち上がる中、陽乃乃くんがふらりと立ち上がって四つん這いになり体勢を整える。……攻撃をかわし切れなかったものの、急所は外れたようだ。手に汗を握る。

「ポッポ、つつく!」
『さっさとおわらせますよ!』

わずかに振り返って私を見る陽乃乃くんに小さく頷いてみせる。
ポッポは急降下すると、風を切る音とともに陽乃乃くんの目前で思い切り羽を広げた。かと思うとそのまま鋭い口ばしを突き刺す。
避けれるものは避けるように。そう指示していたものの、あの速さでは避けるどころではない。痛々しい音とともに小さな身体がその衝撃に耐えている。

「……陽乃乃くん……がんばって……ッ!」

唇を噛み、目を背けたいのをグッと我慢する。
……まだか。まだなのか。

「これで終わりだ!ポッポ、体当たり!」

ハヤトさんの声がした。同時、背中の炎が燃え盛る。

『──……ッおねえちゃん、いけるよ!』
「っ陽乃乃くん、オーバーヒート!!」
「なっ!?ポッポ、離れろ!」

思い切り踏み込んで、そこから一気に飛び跳ねる。炎に包まれた身体は電光石火のごとくポッポへ向かった。
──ゴッ!、低い音が響く。瞬間、土煙がフィールドを包みこみ辺りの視界が悪くなる。陽乃乃くんは、……陽乃乃くんは、無事なのか。

「ポッポ!」

ハヤトさんの声の後、地面に重なるように倒れている二体のポケモンが見えた。……が、まだ旗は上がっていない。
審判はまだフィールドに視線を向けている。それを見てから再び私も視線を向けた。
──ふ、と。一体が起き上る。
ふらつく身体を小さな両足で支えて、空を仰ぐように顔をあげ。

『ひより、おねえちゃん、……』
「陽乃乃く、……っ!」

瞬間。突然陽乃乃くんが光りだし、それは周りを飲み込むように広がった。ぼんやりと見える黒い影はだんだんと形を変えて大きくなる。──これはまさか、!

「ポッポ、戦闘不能。よってヒノアラシ、……マグマラシの勝ちです!」
『僕、……あれ?』

赤い旗があがる。瞬間、私は全速力で駆けだしていた。転がるようにしゃがんでは、ぼんやりと立ち尽くしたままのマグマラシを思い切り抱きしめる。

『僕、勝った……?』
「うん、うん!頑張ってくれてありがとう……!進化もおめでとう!とっても嬉しいよ!」
『えへへ、ありがとう。ひよりお姉ちゃんが喜んでくれて僕も嬉しい』

目を細めるマグマラシに釣られてそっと微笑む。……本当に、あの攻撃をよく耐えてくれた。

「……お疲れ様、ゆっくり休んでね」

私の腕の中で目を閉じるマグマラシをボールに戻して立ち上がる。
……残るポケモンはお互いにあと一体。



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