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ニコはいつだってそうだ。
ぼくとはちがって、じぶんのきもちをまっすぐにつたえられる。まよわず、まっすぐすすんでいってしまう。
ちーだって。あたらしいトレーナーにえらばれて、きょう、たびにでていってしまう。……ぼくだけがいつもとりのこされる。また、おいていかれてしまうんだ。

──そんなのはもう、いやだよ。





毛布の擦れる音に気付いて、そっとベッドに近寄った。ウツギ博士も椅子から立ち上がると駆け足でやってくる。
目を開けるヒノアラシくんに、安堵のため息を吐く博士と私。チコリータちゃんもベッドに身を乗り出しては、ゆっくりと起き上がるヒノアラシくんを見る。かと思えば、チコリータちゃんは思いきりヒノアラシくんに抱きつく

「っばかヒノ!ばか、おばか!ニコはもっとおばかだけど!」
「ち、ちー!いたいよ、!」

ワニノコくんのこともあって、チコリータちゃんもとても不安だったんだろう。目を潤ませながらもヒノアラシくんに抱き着いて離れそうもない。

「ヒノくん、調子はどう?大丈夫?」
「……うん、だいじょうぶ。ありがとう、はかせ」

ウツギ博士は頷くと、ヒノアラシくんからチコリータちゃんを引きはがしては目の淵に溜まっている涙を拭ってあげていた。それから優しく笑いかけ、そっとチコリータちゃんの頭を撫でる。

「ちーちゃんは、ヒビキくんに泣き顔を見せたいのかな?」
「!、ちーはないてないです!ほら、えがおですよお!」
「うんうん、そうだね。ちーちゃん、ヒビキくんもヒノくんのこと心配してたから、大丈夫だって教えてきてくれないかな」

チコリータちゃんは博士に一旦背を向けると、両手でぐいぐい目を擦ってから駆け足で部屋を出て行った。
ヒビキくん……ゲームでは主人公であった彼に相棒として選ばれたのは、チコリータちゃんだったらしい。ヒビキくんもシルバーくんを追っていたことを知ったのは、私たちが研究所へ来てからのことだった。

「それにしても……ニコくんが自分から着いていったなんて今もまだ信じられないよ」
「"またね"、だそうですよ」

あからさまに肩を落とす博士にワニノコくんの言葉を伝えると、彼は驚いたように目を丸くしてからそっと笑みを浮かべていた。ワニノコくんのことを分かっている博士なら、これだけ伝えれば十分だろう。

「──……はかせ」

ヒノアラシくんがベッドから降りてウツギ博士の元へ行く。博士はヒノアラシくんと目線を合わせるためか、背中を少し丸くしていた。

「ニコもちーも、あたらしいトレーナーさんとたびにでるんだよね。……ぼく、……ぼくは、どうなるの……?」
「それじゃあ、僕が逆に質問するよ。ヒノくんは、どうしたいのかな?」

ヒノアラシくんが博士の質問に一度口を閉ざす。
黙って見ていると、ふと私の方へ視線を向けては今度は私の元へとやってきた。それから私の手を握り、博士を見るヒノアラシくんが口を開く。

「ぼくは、……おねえちゃんとたびがしたい」
「私、と……?」
「ぼくだけおいていかれるのはいやなんだ!ぼくだってたびがしたい!ニコやちーにもまけないぐらい、つよくなりたいんだ……!おねがい、おねえちゃん、はかせ!」

ウツギ博士と顔を見合わせ、瞬きを繰り返す。
今までで、一度でもこんなにはっきりと意見を言うヒノアラシくんを見たことがあっただろうか。

「……ぼく、しってるよ。ここねおねえちゃんをたすけのが、ひよりおねえちゃんだってこと」
「…………」
「おねえちゃんといれば、ぼくもゆうきをもらえるようなきがするんだ」

足元でしがみ付きながらそういうヒノアラシくんの声は震えていた。
私ではなくても、きっとヒノアラシくんはいつか立派な大人になるだろう。……それでも今、私を選んでくれている。

「博士、」

博士を見ると、私にゆっくり頷いてみせていた。そうして彼も私のところへやってくると、屈んでからヒノアラシくんの頭をそっと撫でる。優しく、そっと。

「行っておいで、ヒノくん」
「……!っうん!ぼく、がんばるよ!」
「ひよりさん。ヒノくんをお願いしてもいいかな」
「勿論です!」

ウツギ博士からヒノアラシくんのボールを受け取り、腰のベルトに並べて付けた。これでボールは五つだ。
それからヒノアラシくんに向かって両腕を広げると、ポケモンの姿に戻っては嬉しそうに腕の中に飛び込んでくる。顔をすり寄せ、思いきり抱きしめた。

「これからよろしくね、ヒノノくん」
『ひのの……?もしかして、ぼくのあたらしいなまえ……?』
「そうだよ。どうかな?」
『うれしい!ありがとう、ひよりおねえちゃん!』

ヒノノくんが仲間に入ってみんなが笑顔を浮かべている中。
……ただ二人、浮かない表情でお互い目配せしていたことには気づかない。





「わあ、レパルダスとゼブライカ!僕、初めて見たよ!」
「イッシュ地方のポケモンだからね。ヒビキくんの旅のはじめに、いい刺激になったかな」
「はい!チャンピオンになったあと、イッシュ地方行ってみようかな。もちろん、ちーちゃんと一緒にね」
『ヒビキくん……!』

ヒビキくんの腕に抱かれているチコリータちゃんがじっとヒビキくんを見つめている。こうして見ると、実にいいコンビだ。明るい性格のヒビキくんとチコリータちゃんで、きっととても楽しい旅になるだろう。

ウツギ博士と一緒にヒビキくんの見送りをするため、研究所の表へでる。未だシルバーくんによって割られた窓の傍には現場検証のために険しい表情のお巡りさんいるものの、ヒビキくんたちに気付くと笑顔で敬礼を向けていた。それに敬礼でお返事をするヒビキくんもチコリータちゃん。可愛い。

「ヒビキくん、ちーちゃん。気を付けて行ってくるんだよ」
『っ……はかせえっ!』

急にチコリータちゃんがヒビキくんの腕から飛び降り、擬人化しながらウツギ博士の足元にすがる。やっぱり博士と離れるのは寂しいんだろう。
博士と一緒にチコリータちゃんに手を握られているヒノノくんが、ふと、チコリータちゃんのほっぺたを掴むと横へ引っ張る。

「なっ、なにするのよヒノノ!」
「ちー、なかないで。きっとまたあえるよ」
「……わかってる、けどお、」

視線を下げるチコリータちゃんの手をヒノノくんがぎゅっと握りしめていた。寂しさを隠して微笑む姿に、チコリータちゃんが驚いたように目を丸くする。
それから両手で目をごしごし擦ると、ヒノノくんと博士から一歩下がって今度はヒビキくんの手を握っていた。

「ちー……いえ、チハルは、ヒビキくんといっしょにたびにでるです!……はかせ、ちーのことわすれないでね」
「忘れたりなんかしないよ。チハルちゃん、がんばっておいで」
「……っはいですう!」

チハルちゃんがウツギ博士に背を向けると、今度は私のところへやってくる。チハルちゃんの目線に合わせて屈み、お互いに抱きしめる。

「おねえさまとも、ぜったいまたあえますよね?ちー、おねえさまのことがだいすきなんです。……みくさんがいちばんですけど」
「きっと会えるよ。大丈夫。チハルちゃんとヒビキくんの旅、応援してるよ」

そっと離れてはにかむチハルちゃんを見る。泣き顔はもう、どこにもない。

「おねえさまもヒノノといっしょにたびをするんでしょう?ならライバルではありませんか!ちーもヒビキくんも、おねえさまとヒノノにはまけませんからね!」
「私だって負けないよ!──……行ってらっしゃい、チハルちゃん」
「いってきますです、ひよりおねえさま!」

スカートをひらめかせながらヒビキくんの元に戻るとしっかり手を握り、二人一緒に歩き出す。これがヒビキくんとチハルちゃんの旅の始まりだ。
……しっかり見届けてから。隣で二人の背中が見えなくなるまで手を振っていた博士は、最後の旅立ちを見送るべく、ヒノノくんに視線を向ける。

「さ、最後はヒノノくんだね」
「はかせ、ぼくはちーみたくなかないけど、でもね、ほんとうは……ぼくもなきたいぐらい、すごくさびしいんだよ」
「僕も、寂しいよ。きっとみんながいない研究所は静かだろうね」

ヒノノくんを抱きしめながら博士が言う。

「だけど、僕はみんなに旅をして色々なことを知ってほしい。色んな人たちと関わって、立派に成長してほしい。……それが僕の願いだよ」
「……うん」
「さあ、行っておいで。今度会うときは、きっと成長した姿を見せてね」
「……うん!はかせ、ありがとう!」

またね。
博士から離れて私のところへやってくるヒノノくんの手を握る。それから一度、博士にお辞儀をしてから背を向けた。
きっと、立派に成長したヒノノくんとまた一緒にここへ来よう。私たちの姿が見えなくなるまで手を振る博士に、最後に小さく手を振った。



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