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「大所帯になったんやねえ」
「そうなんよ、それも男ばっかり集まって……」
「なんやむさくるしいなあ。女の子手持ちにすればええのにな」
「なあ」
「心音も大変やろ。ひよりちゃんのことしっかり見とかなあかんで!」
「任せとき!ひよりのことしっかり守ったる!」
「……んん?」

以前は私がアカネさんにココちゃんのことを任されたのに、今やそれも逆転している。なぜ。
──コガネジムにちょっとだけ寄ってアカネさんとココちゃんによる談話を聞きつつ挨拶を済ませ、お花屋さんやら自転車ショップ、地下通路にラジオ塔まで案内してもらった。
華やかな賑わいを見せる街中をぐるりと回ってから、メインのコガネ百貨店へ向かう。これからが楽しい時間である私とココちゃんに比べると、若干疲れを見せている後ろを歩く三人。

「ほんと女の子ってパワフルだよねえ……」
「そうですねえ……」
「そこ、しみじみしてると置いて行かれるぞ」

ここには休憩できる場所があったはずだ。三人にはそこでしばらく休んでいてもらったほうがいいかな。そう考えていると、ココちゃんが振り返って後ろの三人に話しかける。

「ここから先はわたしとひより、二人きりで楽ませてもらうわ。だからあなたたちはどこかで適当に休んでいてちょうだい」
「なら俺はボールに戻って、」
「二人きりで楽しみたいと言っているでしょう?分からない?」
「…………はい。待ってます」

あからさまに落ち込むロロさんを見てからココちゃんに視線を移す。……強く言っているものの、ココちゃんは三人にも気を遣って言っているのだ。すごい、と心底思う。強くて美しくて気遣いもできるココちゃんは、まさに私の理想像だ。ココちゃん、大好き。

「それじゃあ一旦解散ね。さ、行きましょう、ひより!」
「うん!]

るんるん気分で三人に手を振り、エレベーターに飛び乗った。扉が閉まり、ココちゃんが迷わず5階のボタンを押していた。あっという間に到着し、降りれば広がるは見ているだけで楽しくなってしまう服飾コーナー。

「あ、あれ可愛いー!」
「ひよりはこれとか似合いそうね。ほらやっぱり!素敵だわ!」
「んー、あれとかココちゃんっぽい!」

あれやこれやと手にとっては、キャッキャとはしゃいでまた次へ。目線も一か所に定まることがなく、あっちこっちと動いてしまう。見ているだけですごく楽しいし、何より元の世界にいた頃を思いだして──……。

「ひより、これとかどうかしら?」
「……」
「ひより?」
「……えっ、あ、うん!いいと思う!」

ココちゃんに答えながらも、内心焦ってしまった。
──……一瞬。自分がどんな家に住んでいたのか、思い出すことができなかった。両親や友人の顔も、忘れかけていることに気づいてしまう。こっちにいる時間が長すぎる……わけでもないはずなのに、元の世界のことを忘れかけていて背筋がゾッとしてしまった。すでに私は忘れてはいけないことを忘れてしまっているのに、これ以上増やしてどうするんだ。

「あら、可愛いノートね」
「これ、買ってくるね」
「日記でもつけるのかしら?」
「日記……いいかも!今日から書こうかな」

ココちゃんから思わぬアイディアを貰ってからレジへ向かってお会計を済ます。日記兼思い出ノート。とてもいい。
ショッピングが終わったらまずはこのノートに元の世界のことを書こう。それから今日のことを書いて、明日からのことも書く。焦るのは、書いているときでもいいだろう。今はめいっぱい楽しまなければ。
楽しそうに雑貨を見ているココちゃんを見ながらそう決めて、視線を動かすと、ふと、目に留まるものがあった。それを手に取り、彼のことを思い出す。
……これも、買っていこう。





「こ、これはまた大量に買い込みましたね……」
「袋が多いだけで量は全然ないわよ?」

十分楽しんだところで美玖さんたちが待っているところへ戻ると、私とココちゃんを見るなり二人して瞳をまん丸にしていた。ロロさんの姿だけ見当たらない。缶コーヒーに口付けるグレアに訊ねると、どうやら彼は一人で屋上へ行っているらしい。猫は高いところが好きだと聞いたことはあるけれど、もしやロロさんもそうなんだろうか。

「私、ちょっと屋上に行ってくるね」
「ああ。ついでににゃんころも連れてきてくれ」
「にゃんころね。分かった」

妙にしっくりくるグレアの"にゃんころ"呼びに可笑しくなりながら、ひとりエレベーターに乗った。屋上はひとつ上の階だ。階段でもよかったかな、なんて思っているうちにポーンと音が鳴る。到着だ。

──全面ガラス張りになっていて、とても解放感溢れる階だった。そんな屋上には人も疎らに、……というかほとんどいない。だからその姿もすぐに見つけることができた。
窓際に規則正しく並ぶ手すりに寄りかかりながら外を眺めている、丸まった背中に近づいてゆく。

「ロロさん」
「あれ、ひよりちゃん?心音ちゃんとのお買い物はもういいの?」
「はい!お待たせしてすみません」
「なんだ、もっとゆっくりでもよかったのに」

微笑む彼を見ながら、やっぱりもったいないなあと思う。

「何か俺に言いたそうだね。どうしたの?」

私が言う前にロロさんから聞いてくれて、ついでにベンチに座るように促される。揃って窓際から離れて座り、おずおず訊ねてみた。

「あの、余計なお世話だと思うんですけど……その前髪、邪魔じゃないですか?」
「……邪魔だねえ」

ロロさんは困ったように笑いながら人差し指で前髪を少しだけ摘まんでいた。それから私に視線を戻して、こてんと首を横に曲げながら「大人しくしていればいいのかな」なんて髪を揺らす。……私が持っている袋の中身がなんなのか、お見通しなんだろうか。

「ロロさんの髪、私が結わいてもいいですか?」
「もちろん。お好きにどうぞ。どんな風になるのか楽しみだなあ」
「……人並みにしかできないので、期待はしないでくださいね」

くすりと肩をすくめるロロさんの後ろに立ってから、ふわふわの猫っ毛を手早くまとめて後ろで結ぶ。そうして袋からあれを取り出して結び目に被せて当ててみたものの、……やっぱり、その、。

「可愛すぎたかあ……」
「え、なになに?」
「ロロさんに、と思ったんですけど……その、完全に私の趣味で買ってしまって……」
「わー、リボンだ」

後ろからロロさんに見せると、リボンを手に取り眺めていた。
その間、私はとりあえず曲がって結んでいないかをチェックする。……よし、大丈夫!バッグから手鏡を取り出しロロさんに手渡すと、彼は鏡越しに視線が私へと向いてからゆっくり後ろを振り返る。

「私とおそろいです!ど、どうですか……?」

瞬間。嬉しそうに笑うロロさんの表情に驚いて固まってしまった。今までとは違う笑顔のように見えたのは気のせいか。瞬きを繰り返しながら呆然としているところ、彼の声でやっと我に返る。

「ありがとう、すごく嬉しい」
「よかったです」
「……実は、わざと前髪を長くしていたんだ。俺は、自分の目が嫌いだから」
「そう、なんですか……?」

嫌いな理由はなんとなく聞ける雰囲気ではなく、ゆっくり彼の後ろから移動して横に座る。するとロロさんがそっと顔をあげて私を見ては目を細める。

「でも、もう隠す必要はないんだ。……ひよりちゃんがいれば、大丈夫だから」
「……?」

よく分からなくて曖昧に笑って見せる。とりあえず、ロロさんに気に入ってもらえて何よりだ。
手鏡を受け取ってからバッグに仕舞っている途中。リボンを触っていたロロさんがふと、何か思いついたように声をあげると、私にリボンを手渡しポケモンの姿に戻った。

「わあ……」

長い尻尾に艶やかな毛並み。これが、レパルダス。初めて見る姿に思わず手が伸びてしまい途中で止めると、逆にレパルダスから私の手のひらに擦り寄ってきた。……か、かわいい。

『ねえ、ひよりちゃん。そのリボン、俺の首につけてくれないかな。なんなら鈴と一緒につけてもいいよ』
「あははっ、それもいいかもしれませんね」

冗談を言いながら目の前で大人しく座るレパルダスをそっと撫でる。そうして付いていた首輪を外してからリボンに付け替える。

「可愛いー!似合うー!」

レパルダスにならとても似合う。思わず小さく拍手してみせる。

『やっぱり首輪はひよりちゃんに付けてもらわないと意味がないよね』

そういうと、突然。すぐ目の前でロロさんが擬人化するものだから、驚いて立ち上がってしまった。擬人化する瞬間はすでに何度も見たことがあるけれど、こうもすぐ目の前でやられては驚くのは仕方がない。ふと、指先を軽く握られて視線を下へと移すと、私の足元で跪くロロさんの姿があってまたもやドキリとしてしまう。

「ロっ、ロロさ……!?」
「誓うよマスター。俺はずっと、君のポケモンだ」
「!?、へっ、あ、そっ、そうですね!?」

そのまま手の甲に落とされる唇に、思わず裏返る声とやっぱり気になる周りの目。慌てて周りを見回すが、いつの間にか私たち以外誰もいなくなっていた。
……ふたりきり。余計に緊張してしまう、んだけど。

「さて、そろそろみんなのところに戻ろうか?」
「そっそうですね!はい!」
「俺としては、ひよりちゃんとずっとここに二人きりでいたいんだけど」

そっと私の頬を撫でながらそういうと、ロロさんは楽しそうに笑みを見せていた。……これ、私の反応を見て楽しんでいない?そう思っても、反射的に顔が赤くなってしまう。いつになったら彼の顔も見慣れるのか。

そうして私の手を握り、エスカレーターへと向かう。……常識人かと思いきや、まさかこんな人だったとは。今になってココちゃんの言葉に激しく同意する。
……そんなことより、今はこの赤いであろう顔をあと数秒でどうやって元に戻そうか。問題は、そこである。





『ロロ、何かいいことでもあったのー?』
「別に、なにもないけど」
『そっかー。でも、この前話したときよりも元気そうでよかった。安心したー』
「心配、してくれてたの?」
『当たり前だよー。だってオレたち、仲間でしょう?』
「……うん。ありがとう、チョン」

どういたしまして、と画面の向こうで笑みを浮かべる姿に釣られて笑う。
屈託のない笑顔は相変わらず、チョンも元気そうで何よりだ。変わらないでいてくれる、仲間だと言ってくれる彼を見ると安心すると同時にいたたまれない気持ちになってしまう。
チョンにとってもひよりちゃんはとても大きな存在で、今もなお俺たちを信じて待ってくれている。できるなら、早く教えてあげたいけれど、。

『ロロ?』
「ごめん、なんでもないよ。それで、そっちはどう?」
『それがねー……、マシロさんが、ジャイアントホールからキュウムの気配が消えたって言ってたんだ』
「消えた?」
『オレも配達の帰りに行ってみたら、霧も晴れて冷気も無くなっててさー、……そろそろ動きだしそうな予感』
「──……わかった。また連絡する」

ぷつん、と切れる電子音に暗くなった画面を睨む。
早く合流して戻らないといけないけれど、ひよりちゃんがあの様子では"彼"と会わせるわけにはいかない。
それにやっぱり引っかかる。どうしてキュウムは、ひよりちゃんを時渡りさせたのか。何度考えても、意図的に逃がしたとしか……、

「ロロ、準備はできているか?」
「──あ、うん」
「出発するみたいだぞ。ひよりたちが待っている」
「分かった、すぐ行く」

……後でグレちゃんにも話してみようか。
そう思いながら、しばらくお世話になった寮の一室を眺める。今日でここともお別れだ。わずかに愛着があるが、離れがたいわけでもない。そうして必要最低限の荷物を持って、未だ生活感が残る部屋を出る。
これから先、どうなってしまうのか。俺にはまだ、予想もつかない。



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