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手足の怪我もようやく治り、荷物をまとめていたときだった。
博士からもらったポケギアが鳴り、慌てて画面を開いてボタンを押す。と、一気に賑やかな声が部屋に広がる。

『おねーさま!はやくみくさんにかわっ……』
『おい、ねーちゃんきいてくれよ!おれたち、……』
『おねえちゃん、げんき?あのね、……』
「同時に言われても、何を言ってるのか分からないよ……」

三人同時に喋っているのか全く話が理解できない。もちろん応えることもできず、苦笑いをしていると今度はウツギ博士の声が聞こえてきた。よし、今度はちゃんと聞き取れそうだ。

『やあ、ひよりちゃん久しぶりだね。今大丈夫?』
「お久しぶりです、ウツギ博士。はい、大丈夫ですよ」
『急なんだけど、明後日三人を新人トレーナーたちに渡すことになったんだ』
「ええっ!?」

……本当に急すぎる。というか春になったら、と聞いていたはずなんだけど急遽変わってしまったんだろうか。
しかしそういえば、とここ最近の外の様子を思い出す。確かに寒さが弱まってきているし、そういえば木の芽も膨らんできていた。春が近いのは確かだ。

「明後日、そちらへお伺いしてもいいですか?」
『もちろん。三人も喜ぶよ。……あ、でも旅の方は大丈夫なのかな?』
「はい。大丈夫です」
『うん、それじゃあ明後日待ってるね!気をつけてくるんだよ』

大きく頷いてからポケギアを下に降ろす。旅の目的は達成できたし、何よりヒノアラシくんたちの旅立ちを見届けたい気持ちは強い。

「チビたちと遊ぶ約束、守れそうで安心した」
「ちゃんと覚えてたんだね」
「……破りそうにはなったがな」

苦笑いするグレアに釣られて私もそっと笑みを浮かべると、ロロさんが私の横へやってきては小首をかしげる。

「明後日、どこかへ行くの?」
「はい!ワカバタウンへ行きます。ロロさん行ったことありますか?」
「ううん。コガネシティ中心に動いてたから、そっちまで行ったことないんだ」
「なら私が案内します!とっても素敵なところですよ」

伊達に何度も殿のおつかいをしていない。洞窟から研究所までの近道とか、ヨシノシティの道案内、町案内ぐらいはばっちりだ。案内する私の方が楽しくなってしまいそうだけど、少しでもロロさんに楽しんでもらえたらいいな。……と思いつつ、横で微笑みながら私を見ている彼の視線にタジタジになってしまう。

「うん、楽しみにしているね」

まだ、彼の整いすぎた顔には慣れない。
擬人化しているポケモンたちは整った顔立ちが多いなと思っていたものの、その中でもロロさんと殿は別格だ。しかもロロさんの場合、今は前髪で顔が隠れぎみなのにこの威力となると、髪をあげるとどうなってしまうんだろう。想像もできない。

「どうしたの?」
「な、なんでもないです……」

ロロさんに向かって両手を左右にぶんぶん振って見せてから急いでバッグのチャックを閉じた。それから逃げるようにソファへ向かい、ココちゃんの隣に座る。

「ひよりはああいうのが好きなの?」
「いやその、単純に顔が整いすぎていて緊張してしまうといいますか……」

ふーん、と言いながらロロさんに視線を向けるココちゃん。まるで興味がなさそうだ。

「まあ……容姿だけなら殿と同じぐらい完璧だけれど、そういうのに限って性格がアレなのよねえ」
「ロロさんはそんなんじゃないよ、きっと」
「……さあて、どうかしら」

組まれた綺麗な足に肘をついてから顎を乗せると、鋭い眼差しでロロさんを見るココちゃん。少し気になって私もロロさんへ視線を向けると、何ともないように笑顔で私たちに手を振ってみせていた。ココちゃんにもひるまないなんてすごいな。

「ねえひより、もう体調は大丈夫なのよね?」
「うん、このとおり!」

足と腕を動かしてみせると、ココちゃんが楽しそうに笑う。

「せっかくコガネにいるんだし、一緒にショッピング行かない?」
「!、行く!行きたーい!」

コガネシティと言えばラジオ塔やコガネ百貨店、他にも多種多様ななお店が軒並み揃っている。つまり、ショッピングするには最高の街だということ!
ココちゃんの手を握りながら二人でキャッキャと行きたい場所を言っている、その横。

「しょっぴんぐ……」

美玖さんの視線はどこか遠くへ向けられている。きっと大量のショップバックを抱えた私とチコリータちゃんを思い出しているに違いない。

「そうと決まれば早速準備しましょう!」
「そうしよう!」

私とココちゃんが同時に立ち上がり、ついで視線は美玖さんに向けられる。

「分かっていると思うけど、美玖も準備しておいてね」
「わかったよ」

笑顔のココちゃんに美玖さんが頷いて見せる。問答無用で連行だ。
さて、グレアとロロさんはどうしようかと視線を向けると、二人は自身のボールを私の鞄の横に置いていた。……"連れて行け"という意味で、いいのかな。
ともかく準備をしなければ。ボールを見てから、ココちゃんと一緒に別室へと移動した。久しぶりのショッピング!今から楽しみだなあ。





ココちゃんは器用だ。
鏡の前、彼女は私の髪を上機嫌で結びながら鼻歌を歌っていた。鼻歌ですら、ココちゃんの歌は素敵で思わず聞き入ってしまう。

「はい、でーきた!うん、とっても可愛いわ!」
「そ、そうかな……えへへ。ありがとうココちゃん」
「どういたしまして」

少し照れくさい。でも自分では絶対にできない、おしゃれで可愛い髪型に自然と気分が上がってしまう。

「ひよりに似合う服、沢山見つけるわよ!」
「じゃあ私はココちゃんに似合う服を探そうっと」

二人で楽しく話しながら部屋を出ると、すでに美玖さんたちはいなかった。そういえば先にロビーで待っているといっていたっけ。ココちゃんは待たせておけばいいのよ、と言っていたが、なんとなく申し訳なく思う。
そうして気持ち早めに準備を終えて、部屋を出る。階段をおりて受付で鍵を返してから、長椅子に座っている美玖さんのところへ向かった。

「すみません、お待たせいたしました……!」
「あれ、ひより、いつもと髪型が違うね。よく似合ってるよ」
「!、あ、ありがとうございます……」

早速美玖さんに褒めてもらえて、柄にもなくしおらしい態度をとってしまう。というか美玖さん、すかさず変化に気づいてしかもきちんと言葉にしてくれるタイプの方だったのか。……これは確実にモテる。流石、殿の弟子……というのは関係ないかもしれないけど。

「ほら、いつも以上に可愛いひよりをよく見なさい!」
「うん、可愛いよ」
「ひ、ひえ〜〜っ!」

笑顔の美玖さんを見てから、すぐに顔を両手で覆って俯く。それはもう、後ろで私の肩を押さえているココちゃんの後ろに隠れたいぐらい恥ずかしい。
だ、だって、こんなまっすぐに可愛いなんて言われることなんてないし!しかも美玖さんに言ってもらえたし!……嬉しいと恥ずかしいがごちゃまぜになっていてよく分からない。顔がすごく熱い。

「心音ちゃん、俺たちにもひよりちゃん見せてー」
「気安く呼ばないでほしいけど、でもいいわ。しっかりこのひよりの可愛い姿を目に焼き付けなさい」
「ひえ〜〜っ!?」

グレアの手を引き、こちらにやってくるロロさんの姿にさらに顔が熱くなる。むり、むり!これ以上、視線に耐えられない……!
両手で顔を隠しながら目の前で立ち止まる足音を聞く。

「ひよりちゃん、顔見せて」

首を左右に振ってみせると、サッと手首を掴まれた。わずかに抵抗してみるも、ずっとそばにいられるのも困ると思ってゆっくり手を降ろす。
と、すぐ目の前。じっと私を見るロロさんとばっちり目が合ってしまった。少し驚いたように目を丸くしたのも一瞬、満面の笑みを見せる彼の姿にまた赤面してしまう。

「確かに、ものすごく可愛いな」
「えっ、あっ、こっ、ココちゃんが!可愛くしてくれたからですッ!」
「ひよりちゃんはいつも可愛いよ」
「ひえ〜〜……」

殺される。褒め殺されてしまう。
耳まで真っ赤になっているだろう自分に恥ずかしくなりながら、楽し気に笑みを浮かべているロロさんを見ていた。

「はい、グレちゃん。ラストどうぞ」
「あっ、おい……っ!」

ロロさんと入れ替わるようにグレアが目の前に押し出される。当の本人は思ってもみなかったのか、私を見下ろしたまま固まっている。なぜか私と同じくらい赤くなっているグレアに思わずクスリと笑ってしまう。

「……どうかな。似合う?」
「……似合っている、……と思う、」
「あはは、ありがとう」

お礼を言うと、グレアは無言で頷いていた。……褒めちぎられるよりもグレアぐらいの反応がいいな。

「何も反応がなかったら全員ぶん殴ろうかと思ってたけど、そうならなくてよかったわ」
「ココちゃんがそんなことを考えていたなんてびっくりだよ」
「さ、それじゃあそろそろ行きましょう。たくさん案内するところがあるのだから!」

ココちゃんも楽しそうで私もとても嬉しい。
そうしてココちゃんと手を繋ぎながらポケモンセンターを出る。思いっきり楽しむぞー!



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