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バイブ音が聞こえた。ロロさんの携帯が鳴っていたらしい。ポケットから取り出し画面を見ながら足早に部屋を出て行った。そうして数分も経たずに戻ってくるロロさんの表情はどこか浮かない。

「ひよりちゃん、少しいいかな」
「はい」

なんだろう。ベッド横の椅子に座って話し出すロロさんを見る。

「俺の先輩、……国際警察の人から連絡があって、あのゲンガーたちがひよりちゃんに話したいことがあるって騒いでいるらしい」

つまり、双子たちが私に会いたいと駄々をこねているのか。
私がロロさんに応える前に、グレアがすかさず口を開く。

「会わせる必要なんてないだろう。放っておけばいい」
「俺もそう思う。だけど判断するのはひよりちゃんだ。……どうする?」

正直に言うと会いたくはない。けれどあの二人が私に何を話したがっているのか気になってはいるのも事実だ。

「そう、ですね……。みんなが一緒にいてくれるここで、話を聞くだけならいいですよ」
「……分かった」

簡単に返事をしてから、再び廊下へ出るロロさんを見送る。

「本当に大丈夫か?」

私の答えに不安を隠せないのか念を押してくるグレアに大きく頷く。
今回、ロロさん以外の国際警察の人にも助けてもらったし、今その人に迷惑をかけている双子の話を私が聞くだけで大人しくなるならお安い御用だ。不安がないとは、言い切れないけれど。
……ロロさんが出て行ってすぐ。また扉が開くと、……彼の後ろ、誰かがいる。

「ごめん。……もう来てた」
「早すぎやろ!」
「いやあ、すみませんねえ。こいつらがどーしてもっていうもんで」

ココちゃんのツッコミに頷く日が来るとは。
ロロさんに続いて病室に入ってきた男性。彼がロロさんの先輩であり、同じく国際警察の人で違いない。またその後ろ、二人の少年が続く。彼らはベッドの上で上半身だけ起こしている私を見るや否や、パッ!と笑顔を見せては手錠のついた両手を上に持ち上げて振って見せる。元気そう、だなあ……。

「お姉さん元気ー?」
「ぼくたちすっごく元気だよ!」
「……そうみたいだね」
「はいはい、近寄り過ぎよ。下がりなさい」
「「ぐえっ」」

今や双子たちには頑丈な首輪と手錠が付けられていて、私との距離が縮まると首輪から伸びる鎖が後ろに引かれた。持っているのは美人なお姉さんだ。彼女は私の視線に気づくと、器用にウインクをしてみせる。それに慌てて一度お辞儀を返すと、……そっと、ロロさんが私の耳元で教えてくれる。

「先輩のポケモンのヨルノズク。……言っておくけど、男だよ」
「えっ、ええっ!?」
「あらロロにゃん、もう言っちゃったの?つまらないじゃないー!」
「……その言い方、やめてくださいよ」

近くにいた美玖さんにも聞こえたのか、私と同じくらい驚いた表情をしている。あんなに美人な人がまさか男性だなんて……もう私は女をやめるべきかな。

「おい。ひよりに話があるんだろう。さっさと終わらせて早く帰れ」
「しましまのお兄さんこわーい」
「しましまのお兄さん解体したーい」
「ふざけるな」

双子の顎を同時に掴んでアヒル口にするグレアと、さらに追い打ちをかけるように鎖を引っ張るヨルノズクさんに双子も一旦大人しくなる。
そうして手錠の音が鳴り、上に持ち上げられた人差し指は真っ直ぐ私に向けられた。

「お姉さんに確認しにきたの。"ぼくたちを欺いたでしょう"って」
「お姉さん、ポケモンの言葉が分かるでしょう」
「あ、あははー……」
「やっぱり!ずるいよ!」

同時に声をあげる少年たちから視線を逸らす。それにしても、今になってどうして気がついたのか。
私を見透かすように、少年たちがシシシと笑いながら口を開く。

「教えてあげるよ。オレたち双子はちょっと変わっているんだ」
「変わっているって?」
「ぼくは斬った相手の未来、こいつは触った相手の過去がほんのすこーしだけ見える」
「……つまり私の過去を見て、ポケモンの言葉が分かるってことを知ったの?」
「そういうこと」

そういう彼らの目線は、グレアとロロに向けられている。
……私の過去、つまり忘れている部分に、なぜ私がポケモンの言葉が分かるのかという答えが隠されているということか。

「オレがお姉さんを舐めたときに、変な味がするって言ったの覚えてる?」
「…………覚えているよ」
「わ、嬉しい〜!」

何もみんながいるところで言わなくてもいいのに。口先を尖らせながら答えると、満面の笑みを浮かべる少年。

「嬉しいから教えてあげる。どうして変な味がしたのか。それはねえ……お姉さんの中にポケモンの力が混じってるからだったんだよ!」
「え……?」
「ニシシ、しかも二体ともすっごくレアなポケモン!だからオレも食べたことが無かったんだよねえ」
「──……二体……?」

小さくグレアが呟く声が聞こえて視線を向けると、ハッとしたように口をつぐむ。ロロさんの視線もオレくんに向いたまま動かないのを見ると、……二人は何か知っているんだ。二人が私に隠している情報の一部が、今わずかに明かされようとしている。

「それで、その二体のポケモンについても分かったの?」

身を乗り出して少年に訊ねると、楽しそうに目が細くなる。私が食いつくことを想定していたに違いない。そこにまんまと引っかかった私に嬉しさを隠せないらしい。

「もちろん。知りたい?ねえ、お姉さん知りたい?」
「教えて、お願い」
「いいよ。──……その代わり、」

ガシャン!と派手な音を鳴る。瞬間、首輪と手錠が落ちるのが見えた。その直後、すぐ目の前には双子がいた。私を見ながら浮かべている笑顔に、恐怖から思わず身動きが取れなくなってしまう。

「っさせるか!」

狭い病室で大きな鉈が一回転する。それが誰にも当たらないよう、真っ先に動いたグレアとロロさんが応戦していた。
そこをすり抜け私の元へとやってきたゲンガーを見て、毛布を思いっきり掴んでから口元を覆い隠す。と、面白そうに笑いながら少年の姿になると私の耳元へと顔を寄せ、まるで詠うように言葉を紡ぐ。

「白を取り戻すため、黒を囮に氷らせる。彼は悔い悩み、再び真の灰色へ。──……お姉さん、早く思い出さないと、」
「え……、」

つい上げてしまった顔のすぐ前、……少年の唇が頬に触れる。
直後、後ろから細い腕が思い切り横切った。と思うと、誰かの背中で視界が塞がれた。何が何だか分からず瞬きを繰り返していると、青い髪が視界に揺れる。ベッドの上、美玖さんが私を庇うように盾になってくれていた。ゲンガーが離れるのを確認すると、すごい勢いで振り返る美玖さんにまた驚く。

「ひより、大丈夫か!?」
「は、はい、大丈夫です。びっくりしました」
「オレもびっくりしたよ」

そういうと美玖さんは一度息を吐いてからベッドから降りる。最初にパンチを繰り出していたのがココちゃんだったことにも今気がついた。動けなかったのは私だけ……。

「ヨル!お前、なにやってんだ!」
「ごめんごめんー、なんか知らない間に寝てたみたい」
「"寝てたみたい"、じゃねえよ馬鹿!」
「わーん、怒らないでよお!」

ヨル、と呼ばれた彼女……いや、彼曰く。双子の首輪と手錠が外れたのは、ヨルさんの"みやぶる"効果が切れていたからだそうだ。彼が寝てしまった原因は、ぼくくんがこっそり催眠術をかけていたからだ。思い返してみれば、最初は二人ともぺらぺらと喋っていたはずなのに途中からオレくんばかり喋っていた。つまり、双子の計画勝ちということだ。全然懲りていない双子、恐るべし。

「もしもひよりちゃんに何かあったら、俺が先輩のことぶん殴ってるところでしたよ」
「俺なんだ!?悪いのはヨルだろうが!」
「ヨルさんは逆らったら色々な意味で怖いので」
「ふざけるなーっ!」

随分と仲がいいんだなあとぼんやり眺めていると、私の視線に気づいた彼がこちらにやってきては頭を下げる。

「俺の部下の不祥事でまた君を危ない目に合わせてしまった。……本当に申し訳ない」
「いっ、いえ!本当に大丈夫ですので、顔をあげてください……!」
「心遣い、感謝する」

……本質はお堅い人のようだ。ヨルさんやロロさんとは正反対な性格のように思うが、だからこそ合うのかもしれない。

「ああそうだ、先輩」

彼は振り返ると、ロロさんが手招きをしていた。それを見た彼は、私に今一度お辞儀をしてから不服そうな表情でロロさんの元へと向かう。

「なんだ」
「俺、国際警察辞めます」
「……っはあ!?」

ロロさんが白い封筒を懐から出して彼に突き付けていた。黙って見てはいるものの、そんな簡単に辞められる仕事ではないのだろうと心配になってしまう。現に彼も怒っているのか困っているのか、髪を片手でぐしゃぐしゃにしながら白い封筒とにらめっこしている状態だ。

「このことは以前から上には言ってあります」
「おいおい本当かよ……なんだよそれ、聞いてねえぞ……」
「あら、ロロにゃんが辞めるってこと、ワタシは知ってたわよ?」
「!?、なんでヨルが知ってて俺が知らないんだ!?」
「先輩には言わないでおいてくださいって、俺が頼んだんです」
「ロロ…………」

相当ショックを受けているようで、あからさまにがっくりと肩を落としてしまっている。……自分だけ知らなかったことを今知った彼の気持ち、分からなくはない。
それでもロロさんは笑顔のまま、彼を通り過ぎると私の前までやってきてから振り返る。

「先輩、紹介します。……彼女が俺のマスターです」

ロロさんの視線の先を辿って来た彼と目が合う。ただ見られるだけでどうすればいいかも分からず、とりあえずぎこちなく笑顔を作っておいた。それからのろのろ顔を動かし、再びロロさんと向き合う彼。

「……お前が探していたのはこの子だったんだな。やたら家宅捜査をしたがると思ったら、この子探すためだったのかよ」
「はい、そうです」
「真面目に仕事やらないし、身元不明だし……。知ってたか、お前、影で色々言われていたんだぞ」
「もちろん知っていましたよ。でもそんなのどうでもいいし、先輩が俺の代わりに言い返してくれてたのでこのとおり平気です」
「……!」
「やっぱり聞かれていたのねえ」

俯く先輩の横、面白そうに微笑むヨルさんの姿が見えた。……彼はとても良い人だ。

「……ヨル、帰るぞ」
「先輩、俺は?」
「勝手にどこへでも行け!」

そうしてひとり背を向けて歩き出す彼に、ヨルさんとロロさんが顔を見合わせていた。それに続いてヨルさんが双子を引っ張る。私に手を振る双子に、仕方なくそっと振り返すと近くにいたグレアが"ありえない"という表情で私を見ていた。手を振り返すぐらい、いいと思うんだけど……。

「ばいばい、ロロにゃん。また機会があったら会いましょうね!」
「そうですね」

ヒールの音を鳴らしながらヨルさんが手を振る。それに引きずられる双子の姿も部屋から消え、急に病室が静かになる。……と思った矢先。ばたばたと荒い足音が近づいてきたと思うと、たった今出て行ったはずの彼が走ってきてはロロさんの頭へ乱暴に制帽を被せていた。

「これはお前のだ!大事に持っておけ!」
「──先輩、今まで本当にありがとう。ひよりちゃんの次に、良い俺のマスターだよ」
「……またぶっ倒れてその子に迷惑かけんなよ、馬鹿猫!」
「はい、分かりました」

逃げるようにその場を立ち去る彼を、ロロさんはひらりと手を振りながら見送っていた。……制帽を一度手に取り見つめるロロさんの表情は、とても晴れやかに見えた。



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