XX


あと何回、繰り返せばいいんだ。あと何回、戦えば終わるんだ。
……いや、終わりなんてないことぐらい分かってる。とっくの昔に覚悟は決めていたはずだ。
仮に終わりが来たとしたら、そのときは、……もう、ここにはいないだろう。





極寒の森。人を寄せ付けない雰囲気がそこにはある。
そのさらに先へ進んだ何もない場所に、彼はひとり、身を隠していた。周囲は深い霧が広がり、人目を憚っていた。
──ここは、夜な夜な人やポケモンを喰らう化け物が棲むと言い伝えられている、ジャイアントホールと呼ばれている場所だった。
ここ最近、毎晩のように実際に呻き声が聞こえることもあり、町に住む人たちは日が落ちてから外を出歩くことを控えるようにしていた。そうして静まり返った町の中。闇夜を歩くは、奇妙な杖を突く男。

「──ここに隠れていることくらいお見通しですよ。キュウム」

ジャイアントホールのとある場所で男がふと立ち止まり、木の幹へ視線を向けながら誰かへ言葉を向けていた。その後、少しだけ間を開けてからフッと笑う別の声がする。

「なら、なんでもっと早く捕まえに来なかったんだろうな?」
「ワタクシが出向かずとも、そちらから戻ってくると思っていたのですがね……随分としぶとい」
「そりゃ俺様の台詞だ。頭がイかれてる死にかけのおっさんに言われたくねえよ」

不自然に削られた樹木に、粉々に砕けた大岩の残骸。それを見ながら、木の裏に隠れている男は不敵な笑みを浮かべていた。
もう隠れていても意味はないと思ったのか、男は足をゆっくり動かし杖を持った男の前へと姿を現す。男の血だらけの手には、鋭い刃が握られている。

「刃をワタクシに向けるぐらいなら、キュレムの姿に戻ったほうが勝算があるのでは?……ああ、すでにキュレムに戻る力も無いのですか」

男は舌打ちをするとナイフを握る手を前に持ってゆき、刃先を杖を持つ男へ向ける。刃を向けられてもなお、男はその滴り落ちる血をただ眺めているだけだった。距離はあるものの、すでに仕留められる距離には入っているというのに。

「爪を剥ぐまで耐えずとも、諦めてしまえば楽になれるでしょうに」
「はっ。これは俺様の身体だ。譲る気はねえ」
「それだけではないでしょう。……それほど、あの娘を想っているのですか」
「誰のことを言ってんだか、俺様には分からねえな」
「……そうですか」

杖を持つ男がため息を吐く。その後、杖を真っ直ぐ地面へ垂直にしたままキュウムと呼ばれた男を見ていた。一見、キュウムの方が有利に思うが、杖を持つ男には手持ちポケモンが複数いた。が、対する彼はたったひとり。ここで気を抜けば、再び捕まり利用されるのは目に見えている。

「アナタに選択肢を与えましょう」
「どうせろくなもんじゃねえだろ。俺様はそんなのいらねえよ」
「……道具のくせに、よく喋る」

トン、と。杖の先が地面に落ちる。──直後、キュウムを耳鳴りが襲った。
一歩、二歩と後ろへ下がるがナイフを握る手は震えながらもなんとか保ち、もう片方の手で耳を押さえる。一気に荒くなる呼吸と頬を伝う冷や汗。鋭い瞳をさらに鋭利にさせて男を睨むが、全く効果は無い。

「……ッ何しやがった!」
「ちょっとした電波ですよ。ほら、こちらに気をとられていては"彼"に負けてしまうのでは?」
「う、るせえ……っ!くっ、そ……、」

地面に落ちる刃。武器を落としても拾う余裕すらなく、彼は心臓の辺りを血まみれの手で強く掴むとそのまま後ろの木にもたれかかり、それを支えにずるずるとしゃがみこんでしまった。丁度その横には粉々に割られたスコープがあり、男はそれをゆっくり拾いあげる。

「ワタクシがアナタのためにとわざわざ作ったものをこんなにしてしまうとは」
「……もう、俺様には、必要ねえんだよ……」

薄れる霧の中、キュウムはなんとか呼吸を整えようと肩で息をしてみるが、一向に安定することはない。寧ろ悪化する一方だった。指を地面に突き立てれば褐色の砂が血に纏わりついて、すぐに両手が黒く汚れる。それでもなお、痛みに耐えて地面を抉っているキュウムの姿を見て、男は嘲笑っていた。

「たかが小娘ひとりのためにここまで足掻くとは。フン、愚かな化け物が」
「うる、せ……化け物、だってな、……情ぐらい移るってこと、想定しとけッ、クソ野郎、」

──失せる視界。傾く身体。

そうして霧が晴れたとき。
……ジャイアントホールには、誰ひとりとしていなかった。



- ナノ -