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「なに、ここ……?」

身体を起こそうとするが、両手足が縛られていてはどうすることもできない。
……ついさっきまで歩いていた。そうして、転んだ。そこまでは覚えているけど、そこからどうして今こんなふうになっているのかが全く分からない。いったい何が、。

「あ、起きた?」

暗闇から暢気な声が聞こえた。思わずびくりと身体を跳ね上がらせて、どこに誰がいるのか闇に向かって目を凝らす。……だめだ、暗すぎて何も見えない。しばらく暗闇にいるから多少は目も慣れてきているはずなのに。

「まあ、そう警戒することはないさ。キミは運がいいんだから」
「運がいい……?」

カツン、カツンと靴の音が聞こえたと思うとすぐ目の前で止まり、私の顔を覗き込むように背中を丸める一人の青年。フードを被ったまま悪戯に笑う。それからおもむろに私を仰向けに転がすと、その上に覆いかぶさるように跨がっては顎を掴まれ強制的に前に向けられる。抵抗できない今、私はただ固まるしかない。

「オレに捕まってよかったね。本当にキミは運がいい」
「……離してください」

瞬間。青年の姿が一瞬で幼い少年の姿に変わり、にこりと無垢な笑顔を浮かべるではないか。瞬きをして何度も自分の目を疑ったけれど、やっぱり今私に跨がっているのは少年だ。

「お姉さん、面白い反応してくれるね。オレ嬉しいよ」
「なに、……ッ!」
「ほら、大人しくして」
「……ひっ……やめ、っ!」

掴まれていた顎が横に向けられて、露わになった首筋に少年の舌が這う。しつこく味わうように下から上へと何度も繰り返されるそれに、反射的に飛び上がる身体をなんとか抑えようと下唇を噛み締めた。逃げようにも手足は動かせず、蹴ろうにも上に乗られていては敵わない。ただ縄に皮膚が食い込む一方だ。

「んんん?お姉さん、変な味がする。人間だよね?……でもなんだろう。食べたことのないポケモンの味もするような、」
「ッ離して……!」
「ちょっと待って、もう少し味見させてよ」

再び覆い被さってくる影に下唇を噛み締めると、それをなぞるように舌で舐めてはそのまま上に重ねられた。それにショックを受けている間も無く、必死に閉じる口を無理やり開けようとしているのか、執拗にそこを攻められる。
……とうとう苦し紛れに口をほんのわずかに開けた途端、少年の器用な舌が口内へするりと入り込んで私の舌まで絡めとる。
静かな暗闇の部屋で聞こえるのは、無駄な抵抗をし続ける私の服が床と擦れる音と、わざとらしくたてられるいやらしい音。
──どれほど経っただろうか。執拗に口内を犯していた少年の舌が出ていき、透明な糸を引きながら唇を離す。

「……うん、やっぱり変だ。お姉さん、何者なの?」
「……し、……しらない…………っ、」
「全く強情なんだからあ。優しいオレじゃなかったら、今頃お姉さんの手足切り落とされてるところだよ?」

荒くなった呼吸を整えながら、今だ上に乗っかったままの少年を睨む。さっきから今にも屈辱で精神がやられてしまいそうだ。

「もしかしてお姉さん、今話題の事件を知らないの?」
「事件……、?」
「えー、知らないなんて嘘だろう!?」

大げさに驚く仕草を見せると跳ねるように立ち上がり、くるりと身体を一回転させる。すると今度は、少年から黒いワンピースを纏った少女に姿を変えた。そうして少女は楽しげに笑う。

「この街で今話題の事件。連続監禁事件って、本当に知らない?」

そんなの知らない。だって私は今日この街へ来たばかりだ。知るわけがない。
けれどこの状況からして……私はまんまとその事件に関わってしまっているらしい。でなければ、今そんな話なんて持ち出してこないだろう。

「あーらら、本当に知らなかったんだね。まあいいや。ちなみにオレがその犯人なんだよねえ」

そういって少女は暗闇をスキップしながら鼻歌交じりで往復する。その度にふわふわと揺れるスカートを見ながら、縄だけでもどうにかしようと手足を動かしてみる。が、ただ縄と皮膚が擦れて痛いだけで、縄が緩む気配すらない。どう、しよう。

「それと同時進行している事件があるんだよ。みんなお馬鹿さんだから全然気付いてないみたいだけど」
「なに、それ」
「ニシシ。オレと全く同じ顔の双子が起こしてる事件だよ。なんか派手にやらかしたみたいで数日前から"連続監禁快楽殺人事件"なんて呼ばれてるみたいだけど」

楽しげにそう言う少女に思わず背筋が凍り、身震いをする。それから少女は再び青年の姿になると、私に近寄ってきた。

「オレとアイツでゲームをしているんだ」
「……まさか、この事件がゲーム……?」
「そう!どっちがより多く殺せるか、救えるかで競ってるの」

ちなみにオレは救うほうだよ。、そういうと青年の姿は闇に溶けて見えなくなる。
……もしも本当にゲーム感覚で事件を起こしているのなら、相当狂っている双子であることに間違いない。

「お姉さん、ご飯だよ」

すぐに闇からスッと出てきた少女の周りには銀色のお皿が浮いていた。それから食器が床に転がっている私の前へ乱暴に音を立てながら落ちる。この状況でご飯を食べろというの?

「あ、これだとお姉さん起こせないや」
「っ近寄らないで!」
「もー、わがままなお姉さんですねえ」

瞬時に青年に変わると、もがく私の腕を引っ張り上半身だけ起こして、そのまま壁に立て掛けた。視界が横から縦へ戻ったものの、空間は何もないただの闇のため方向感覚が麻痺している。

「はい、あーん」
「……いらない」

液体が乗せられたスプーンが私の口の前で止まる。絶対に飲みたくない。嫌だ。
顔を背けて見ないようにしていれば、急に伸びてきた青年の片手が私の顎を掴むと無理やり向きを変えらる。思わず立つ鳥肌に、青年がにこりと微笑む。

「強情なのもいいけどさ、それだとお嬢さんが壊れちゃうんじゃない?」
「……っ、」
「ま、オレは楽しいからどうでもいいけど」

掴まれたまま顔を斜め上へと持ち上げられたと思えば、容赦無くスプーンを口に突っ込まれてそのまま流される液体。それは一回で終わることなく、皿が空になるまで続いた。溺れるような感覚に苦しくて開いた喉元に液体が通っていく。味がしない。私は一体、何を飲まされているのか。

「……おやおや、珍しいこともあるもんだ」

涙目で咳き込む私の手前、ふと、青年が顔をあげて暗闇へと視線を向ける。私ものろのろと釣られてそちらを見れば、そこには漆黒のワンピースに身を包んだ少女が立っていた。姿形は同じでも、彼女の手にはありえないほど大きな鉈が握られている。……鉄の臭いがする。

「こっちもこっちで楽しんでるところだったんだ?」
「このお嬢さん面白くてさ。人間なのに食べたことがないポケモンの味がするんだよ」

青年が鉈を持つ少女と全く同じ姿格好の少女に戻り、お皿を床に乱暴に放り投げた。ガシャン!と割れる音が大きく闇に響き渡る。

「へえ……バラバラにしてもいい?」
「ダメー。横取りはんたーい」

少女の細い腕が首に回って、鉈を持つ少女からまるでおもちゃを隠すように背に回された。……もしかしなくても、狂った双子が揃ってしまったのでは。

「アイツに捕まってたらお姉さんも今頃あの鉈の餌食になっていたんだよ。ね、オレに捕まってよかったでしょう」

……大きく頷くことはできない。が、確かに殺されるならこっちのほうがまだよかったのかもしれない。

「それで、どうしてオレのとこきたの?なんかあった?」
「あーそうそう、厄介なヤツ捕まえちゃったから忠告にきたんだ。仕留めそこねちゃったよ。すっごい悔しい」
「へえ、オマエが手こずるなんて珍しいねえ」
「わざと捕まったとか言うんだもん、冗談かと思ったら国際警察が後からすぐ来てびっくりしたよ」

警察も動き出しているのか。それだけでも希望が見出せる。私は大人しく雑談を聞いていると、同じ姿をした少女たちの楽しげに笑う。

「ま、オレたちはゴーストタイプだから捕まることはないけどね」
「ぼくたちゲンガーって呼ばれているんだ。お姉さん知ってる?」

くるりと体を一回転する少女たちが姿を変える。小さな黒い身体にとんがった耳と尻尾。……ゲンガーだ。しかしその姿も一瞬だけで、再び少女の姿に戻っては二人で内緒話を始めるではないか。それからなぜか私の前で手を繋いで並んでみせる。

「お姉さんにビッグチャーンス!」
「ぼくたちとゲームをしよう。これでお姉さんが勝ったらここから逃がしてあげるよ」
「ゲーム……?」
「とっても簡単!どっちがオレでどっちがコイツか当てるだけ」

ね、とっても簡単でしょう?、少女たちは同時に可愛らしく小首を傾げ、再びゲンガーに戻ると一旦闇の中へ溶けてしまった。そうしてまたすぐ現れては私の目の前に立ち並ぶ。

『はい、どっちがどっちでしょーか!』
『わかるかなー?わかるかなー?』

私が当てられないと思っているのだろう、二人とも楽しそうにニヤニヤと笑っている。
……確かにこれはビッグチャンスだ。外見だけでは全く区別がつかないが、同じポケモンでも声には確実に違いがある。
つまり、ポケモンの声が聞こえる私ならば……簡単なゲームだ。

「右が"ぼく"くんで、左が"オレ"くん。そうでしょう」

迷うことなくそう言えば、驚いたようにお互いの姿を見まわす二人。それからすぐ少年の姿に戻ったと思えば二人して目を輝かせながら四つん這いで私の目の前にやってくる。

「お姉さん、大正解!どうしてわかったの?絶対分からないはずなのに!」
「どうして?ねえ、どうして!?」
「……偶然、だよ」

詰め寄る二人から顔を逸らすと、「えー」と不服そうな声が聞こえた。私のことを知れば、きっと二人はまた別のゲームを持ちかけてくるだろう。それだけは絶対に避けなければ。

「教えてくれないなんて悪いお姉さんだ。ぼくが喉を切り裂いて何を隠しているのか直接聞いてあげようか」
「だからダメだってば。オレが先に捕まえたんだから」

ぎゅう、と横から抱きしめられると、突然自分の身体がびくりと飛び跳ねた。触れられる部分が熱く疼く感じ……?

「……ニシシ」

少年の指先が頬に触れただけでも、何かがおかしい。じわじわと内側から熱さが全身に広がっていく感覚。ぞわぞわと疼く体にもっと触れてほしいと思ってしまう。……おかしい、おかしい!
──目の端。鉈の持ち手部分を肩に立てかけながら服で血を拭う少年の姿が目に映る。眉間に皺をよせて、私に纏わりついたままの少年へあからさまに軽蔑の視線を向けている。

「ほんとその趣味理解できない。きもちわる」
「その言葉、そのままそっくり返してやるよ。きもちわる」

頬に少年の舌が這い、肩がびくりと飛び上がる。本当に、何がどうなっているのか。自分の心臓がうるさいぐらいに鳴っているのに、頭はぼんやりとしていてよく分からない。

「まあ逃がしてあげるって約束はしたけれど、"すぐに"とは言ってないもんね。折角薬も効いてきたし楽しんでから解放してあげよー」
「ちょっと。そういうのはぼくがいないところでやってよ」
「いやだね。勝手に来たのはオマエだろ」

──服の中へ少年の手が滑り込む。そうしてお腹から上へ、焦らすようにゆっくりと進んでゆく。口はまた塞がれて、頭が余計にくらくらする。

…………ああ、もうだめかもしれない。
諦めて、迫りくる快楽に身を任せた方が楽だろうな。そう思ってしまった途端、瞼が急激に重くなる。ゆっくり、ゆっくりと。
目を閉じる。



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