XX


『"〜そんなわけだからー、こっちはまだ大丈夫そうだよー"』
「それなら良かった。……ひよりちゃんを見つけるから、もうちょっと待ってて」
『"……ねえ、なんかすごく疲れてないー?ちゃんと寝てるのー?そんなに焦らなくてもオレたち待てるからさ、無理はしないでね"』
「……俺がもう、限界なんだよね」
『"え?なになにー?"』
「ううん、なんでもない。大丈夫だよ、無理はしてないからさ。それじゃ、またあとで」
『"うん、またねー"』

──……ぷつり、と電子音の途切れる音の後、無音に包まれる。
それから作っていた笑顔をやめて、椅子に倒れるように座ってから全身の力を抜く。両腕を下へ放り出して、背もたれに寄り掛かるとギイイと鈍い音を出しながらゆっくり後ろへ体が傾く。
頭も背もたれに預けると、自身の首と首輪の間にわずかながら隙間ができる。……これは俺をあの日から留めるために付けたものだ。俺は彼女だけのポケモンであって、他の誰のものでもない。例え彼女がいなくても、それは絶対に変わらない。

「……まだ帰ってきてくれないの、ひよりちゃん」
「俺は帰ってきたけどな」
「……グレちゃんじゃこれっぽっちも嬉しくないんだけど」

いつの間に帰ってきていたのか。お互いに気配を殺すことが当たり前になりすぎてしまって、いつもどちらかが音を出すまで気づくことができずにいる。その度に無意識に笑顔を作ってしまっているが、もうバレているだろうか。

「向こうはなんだって?」
「うん、大丈夫だってさ。目立った動きは見られないって」
「ならよかった」

随分と着込んだ服を脱ぐと、キッチンへ向かってお湯を沸かす。グレちゃんの様子からして外はかなり寒いようだ。あー、嫌だなあ。これから仕事にいかなきゃいけないのになあ。

「すごいだろう」
「似顔絵?どうしたの、これ」

マグカップを持つ手と反対の手で渡されたのは一枚の紙。出来の良さに素直に感心しつつ、疑いの目を向ける。そんな俺には気付く様子はなく、グレちゃんは「ちょっとした知り合いに描いてもらったんだ」なんて嬉しそうに言っていた。

「これを使って探そうとしてるわけだよね」
「ああ。唯一連絡取れてないのアイツだけだろう。こっちも探さないと、」
「でもさ、……先に見つけるべきなのは、ひよりちゃんだよね?」

液体を通して上下に動く喉元を見ながら、紙を返す。
そうして立ったついでに眼帯を手に取り右目に覆い被せた。支給されたコートを羽織って黒い革手袋を両手にはめれば準備は完了だ。……俺の言葉に返答が無いのはなぜなのか。まあ、いいや。俺は俺のやり方で見つけ出すから。

「それじゃ、行ってくるよ。俺今日帰ってこれないからご飯いらない」
「いい加減自分で作れよ」
「誰が宿の提供してると思ってるの?誰が食べ物を提供してると思ってるの?」
「わかったわかった、俺が悪かったからもう行け」

あからさまに顔を歪めて、俺に向かって追い払う動作を大げさに見せる。それに背を向け、帽子を被り扉を開けると刺すような寒さが身を包む。これは寒い。寒いってもんじゃない。

「……なあ、」

扉を閉じる瞬間。呼び止められて白い息を吐きながら振り返ると、「やっぱりなんでもない」と向こうから扉を閉められた。
何かを隠していることなんてバレバレだけど、今は聞かないでおいてあげる。そんなことより俺は早く、一刻も早く彼女を見つけないと。

……彼女が居ないと、ダメなんだ。



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