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「ええと、ですからこう、ぴょこんってしていて……」
「さあねえ……そんな人いたかしら」
「いやあ、見ていないね」

世間話をしていたおばさま方はショベルに体重をかけながら首を捻り、左右に振る。それからまた雪かきに戻るのか、白い地面に突き刺したショベルを引っこ抜いては両手で持つ。はあ……また玉砕だ。

「まだそんなに遠くには行っていないはずだから、きっとすぐ見つかるよ」

あからさまにがっかりしてしまった私に美玖さんがすかさずフォローを入れてくれて、それに無言で頷いた。しかしもう、これで何回目になるだろうか。

──洞窟を抜けて外にでて、野生のポケモンが出てきそうなところはココちゃんに乗って避けてきた。そうしてなんとか日が暮れる前までにはキキョウシティへとたどり着いた今。ここへ着くまでに出会った人にグレアについて尋ねてみたものの、有力な話はひとつも聞けないままである。

「ねえ。今まで黙って見守っていたけれど……ひよりのあの聞き方では誰も分からないんじゃないかしら」
「そう、……だよねえ……」

ココちゃんの言葉に渋い顔をせざるを得ない。
……とりあえず今日のところはこの辺にして、また明日からの旅に備えて身体を休めることにする。ポケモンセンターへと続く歩道には端に雪が寄せられていて、とても歩きやすくなっていた。

「まあ……抽象的すぎる、かな」
「……おっしゃるとおりです」

それは薄々、私自身も思っていた。口で外見を述べて"こんな人知ってますか"なんて言っても、思い当たる人数も多すぎて「もしかしたら」に至らないんだろう。せめて写真の一枚でもあれば……、あ!

「ああっ!」
「ど、どうしたの?」

肩をびくりと揺らすココちゃんに向き直って両手を握ると、驚いたまま瞬きを繰り返していた。
ああ!どうしてもっと早くに気がつかなかったんだろう。写真はどうにもできないけれど、それに代わるものならどうにかできるではないか!

「ココちゃん、似顔絵はどうかな!?」
「いいとは思うけれど誰が描く、……ああ、パピエね!」

言葉を途中で切り上げてココちゃんが声をあげる。
そうしてポケモンセンターへと入ると、暖かい空気が冷え切った全身を包み込んだ。夕方という時間帯にもよるのか、カウンターの前には回復待ちのトレーナーたちが列を成している。とりあえず私たちは急ぎではないから一旦荷物を長椅子へと降ろした。

「パピエが描いた似顔絵があれば、きっと見つかる確率も高くなるわね」

うんうん、と二人頷いていると、美玖さんが受付から戻ってきた。それから美玖さんにもパピエちゃんのことを話すと納得したように頷いていた。

「となると、明日はコガネシティへ向かうことになるんだな」
「明日も快適な空の旅にしたいわね」
「また空か……」

やっぱりポケモンに乗って空を飛ぶことには、どうしても慣れない。それが明日もあるのか……少し気が重い。

「あら、順番が回ってきたみたいね」

ジョーイさんのアナウンスと手元の番号札を見ると、確かに私たちの番だった。
美玖さんとココちゃんをボールに戻してカウンターへと足を運び、笑顔のジョーイさんからボールと引き換えに部屋の鍵を受け取った。今度は一人、また長椅子へと戻る。……その途中。どしん!と誰かとぶつかり、その場に尻餅をついてしまった。転んだのは私だけだったようで、ぶつかってきた本人は慌てたように手を伸ばす。

「悪ぃ!じゃなくて、すみません!大丈夫ですか?」
「あ、はい……」

伸ばされた手を握ると引っ張られたおかげで簡単に立つことができた。そうして顔を上げると、パッと目に付く頬の縫い傷。

「ほんと、すみません!ちょっと急いでいたもので……」
「気にしないでください。それより急いでいるんですよね?」
「そうなんです。坊……、ブラッキーの、耳と尻尾を生やした少年を見ませんでしたか?」

どうやらこの人も人探し中らしい。思い当たらず首を左右に振ると、男はお辞儀をした後またもやセンター内を駆け出した。あの必死具合、もし見かけたらすぐに知らせてあげよう。……なんて思いながら荷物の置いてある長椅子へ戻って、思わずバッグの前で固まる。
──私のバッグから、黄色のラインが入った黒い耳が生えている。

「…………」

そっと近づいてゆっくり鞄を開く……と、真っ赤な瞳と目が合った。一瞬びくりと身体を飛び上がらせたあとにホッと息を吐く鞄の中のブラッキーは、少しだけ顔を出すと辺りを見回してから跳ねるように外へ飛び出す。

『ばかパシェめ!まあ、おれが隠れるのが上手すぎるだけだがな!』
「……頭隠して耳隠さず、だったけどね」
『うっ、うるさーい!』

幼い声からして、この子が彼の探していたブラッキー少年である可能性が高い。
丸みを帯びた尻尾で足をばしばしと叩かれながらも辺りを見回してみたものの、男の姿は見当たらない。どこまで行ってしまったんだろうか。
仕方なく足元へ目線を戻すと、ブラッキーは少年の姿になって頬をぱんぱんに膨らませながら私を見上げている。

「ねえ君。頬に傷があって、前髪を赤いピンで留めてる人、知ってる?」
「知ってる……い、いや、しらないぞ!だれだろうな、そんなバカ執事は!」

屈んで目線を合わせながら訊ねれば、泳ぐ目を隠すように顔をプイと背ける少年。この子は嘘を吐くのが下手だなあ。しかしまあ、私の知っているちびっこ三人とはまた違った、どこか大人ぶっている子のように思う。生活環境が違うとこんなにも違うものなのか。面白い。

「おいおまえ!バツとしておれを、おまえの部屋にかくまえ!」
「え。なんの罰?」
「このおれをバカにしたバツだ!」

びしっ!と人差し指で私を指すと、またブラッキーの姿に戻り問答無用で鞄の中へと潜り込む。今度は耳は隠れているけど、代わりに尻尾が飛び出ている。可愛い。思わずクスリと笑うと「なにを笑っている!はやくしろ!」とくぐもった怒声が飛んできた。何だか憎めない子だ。

『ところでおまえ、ポケモンの言葉がわかるのか?』

仕方なく、鞄に入ったままのブラッキーくんを持ち上げて部屋へと歩みを進める。その間もさっきの男がいないか見まわしてみるも、どこにもいない。別の階を探しにいってしまったんだろうか。

「うん、どうしてだか分からないけれどね」
『へえ、変わった人間もいるもんだなあ』

ありえないようなことを素直に受け入れるところは子どもらしい。
……そうして部屋と鍵の番号を確認してから扉をあけ、中へと入って荷物を降ろす。それから床に座って飛び出ている尻尾をつつくと、再び身体を飛び上がらせては鞄の中で暴れ出す。どうやら自分では鞄を開けられないようで、私が開けると同時に飛び出してきて襲いかかってきた。

『きさまー!よくもおれの高貴なしっぽを!』
「ごめんごめん、可愛かったからつい……」
『つい、じゃないぞ!小娘がー!』

顔を左右に振って、兎のような長い両耳でばしばしと叩いてくる。……とはいっても、攻撃力はほぼ皆無だ。当たっても全然痛くないし、両目をぎゅっと閉じてがむしゃらに顔を振り続けている姿が可愛くて困ってしまう。それも疲れてきたのか動きが段々と遅くなったと思うと、小さな身体がふらりと横に傾いた。

『め、目がまわったぞ……』
「大丈夫?」
『だいじょぶに、きまっているだろ!おれをだれだと……』

未だ焦点が定まらないようで、赤い瞳をぱちぱちとさせている。そうしてとうとう、私の膝の上でブラッキーが横になる。つい撫でると「だから触るなといっているだろ!」なんて舌足らずな怒声が聞こえた。それでも可愛いものは可愛いから触りたくなるんだな、これが。
……しかしこの子、本当にどうしようか。

『──坊!』

思わず声に驚いて飛び上がると、突如開いた扉から大きなバクフーンが入ってきた。どこかで聞いたことのある声だと思いつつ呆然としていると、私の膝の上から逃げようとしていたブラッキーを凄い速さで捕まえるバクフーン。

「ブラッキーくん!?」
「ひより、大丈夫よ」
「え……?」

助けようと立ちあがったとき、開きっぱなしのドアからココちゃんと美玖さんが入ってきた。これはいったい、どういうことなのか……。

「はなせー!くそ、パシェのくせに生意気だー!」
「こんなところに来てまで脱走するなんて、本当勘弁してくれよ……」

暴れるブラッキーくんをものともせずに、安堵と呆れの混じったため息を深く吐きだしたのはさっき出会った男だった。彼もポケモンだったことに驚きつつも、私も安堵の息を漏らした。





「おれの名前を教える必要はない。だがおまえにはぼっちゃん、と特別に呼ばせてやってもいいぞ!」
「は、はあ……」

どこかで似たような会話をしたような覚えがある。この上から目線な発言、まるで某殿様とそっくりだ。しかしこちらは本物のお偉いさんらしい。ぼっちゃんは貴族で、バクフーンのパシェールさんは専属執事だと言っていた。ポケモンの世界にも位があるのか。驚きだ。

「上の階段からひよりさんが背負ってるバッグが見えたんです。あの間抜けな隠れ方は坊に違いないと思いましてね」
「まぬけじゃないぞ!」

ぼっちゃんは完全に擬人化できないらしく、ブラッキーの耳と尻尾を生やしたまま両腕をぐるぐると回転させてパシェールさんに向かっていた。たどり着くも、軽々と頭を片手で押さえられていて攻撃は少しも届いてはいない。主と執事の関係と言っても、そこに厳しい上下関係があるわけではないようだ。

「ちょうどオレたちも部屋に向かっていたところでパシェールさんと会って、事情を聞いて中に入れてあげたんだ」
「でもほんと、見つかってよかったわね」
「本当に感謝しています。危うくまた俺の胃が荒れるところだった、です」

げんなりした表情を浮かべるパシェールさんとは裏腹に、ぼっちゃんは部屋をぐるぐる歩き回っている。未だ脱走を諦めていないらしい。ブラッキーの姿に戻っては色々隙間に入りこんで「ここはだめか……」なんてブツブツ言っている。ぼっちゃんは気付いていないようだけど、もちろんパシェールさんはちゃんと見ているからきっともう脱走はできないだろう。

「何かお礼が出来ればいいんだけどな……ちょっとした外出だったから何も持っていなくてですね、」
「それでしたら、ひとつ聞きたいことがあるのですが」
「はい、俺が分かることでしたらお答えしましょう」

……そうして彼らにもグレアについて聞いてみたものの、やはり言葉での説明だけではうまく伝わらず、有力な情報は得られなかった。ぼっちゃんにも「そんな情報だけでは少しもわからないぞ!」と呆れられてしまう始末……。

「やっぱりパピエさんという方に似顔絵を頼むのが一番いいだろうな」
「そうですね。でもパピエちゃんの居場所も……」
「パピエ?」

美玖さんと私の間に割り込んで入ってきたぼっちゃんは、首を傾げながらもう一度パピエちゃんの名前を呟く。

「絵描きパピエのアトリエならしっているぞ」
「え、ええ!?本当!?」
「本当だ!おれのやしきにかざる絵をよくパピエにたのんでいるのだ」

ふふん、と自慢げに言うぼっちゃんの手を思わず握りしめてしまった。なんという偶然。
──今回、パシェールさんたちはパピエちゃんの絵を受け取りに行くため屋敷から出てきたらしい。話を聞けば、パピエちゃんはコンクールで優秀な成績を収めて今ではちょっとした話題の新人なんだとか。それを聞いて何だか私まで嬉しくなってくる。緩む顔をなんとか元に戻しつつ、パピエちゃんと私たちの関係も少しだけ話す。

「それなら明日、俺たちと一緒に行きましょう」
「ありがとうございます、よろしくお願いします!」

これは幸先がいいぞ。このまま順調にグレアを見つけることが出来ればいいなと思いながら……ふと、横を見ると顎に手を当てながらニヤニヤしているぼっちゃんに気づく。

「ふふん、これは面白いことになったぞ……明日までに何をしようか考え、」
「何をしようって、何のこと?」
「それはだな、ひよりにどんないたずらを……、はっ!」

垂れ下がる耳を撫でまわす刑に処す。
長い耳の上に手の平を乗せて左右に行き来させていると、最初は嫌がって暴れていたものの途中から反抗がなくなり、うっとり目を細めて前後に舟をこぎ始めた。どうやら眠くなってしまったようだ。可愛い。

「ほら、坊。俺たちも部屋に戻って夕飯食べるぞ」
「ん……だれがパシェの言うことなんか……」

頬を人差し指で軽くつつかれたぼっちゃんが重い瞼を渋々開ける。まだ眠たいようで瞼は上がったり下がったり、またすぐに舟をこぐ勢いだ。

「……あ。坊の好きなアニメ、もうすぐはじまる時間だ」
「アニメ…………はっ、!早くもどるぞ!パシェ、はやくおれを乗せろ!」

なんとまあ、今日一番の素早い身のこなし。ぼっちゃんがパシェールさんの肩に乗っかると髪を引っ張りドアを指さす。さっきまでの眠気はどこへやら、今では目がぱっちり開いてキラキラ輝いている。アニメパワー、恐るべし。

「今日は本当にお世話になりました。また明日、よろしく」
「そんなのはどうでもいいから早くするんだ!」

ぼっちゃんを肩車したまま頭をさげ、私たちの部屋を後にするパシェールさんを見送る。
……何だか嵐が去ったような気分だ。ぼっちゃんが置き忘れたと思われる帽子を手に取ってテーブルの上に乗せる。と、タイミングを見計らったかのようにお腹からぐううと音が鳴る。慌てて手で抑えてみたものの、ばっちりココちゃんと美玖さんにも聞こえてしまったようだ。

「オレたちもご飯にしようか」
「は、はい……」

笑いを堪えるココちゃんを横目に、恥ずかしさから火照る顔を静めようとエプロンをつける美玖さんの隣に行って手伝いに勤しむ。後からココちゃんも加わり、狭いキッチンで共同料理が始まった。
三人で一緒に作る夕飯は、きっといつも以上に美味しく感じるに違いない。



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