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「いつもと味が違うではないか」
「そ、そうですか?いつもと同じように作りましたけど」
「まあまあ、美味しいからいいじゃないですか」
不服そうではあるが、「まあ良かろう」と、お椀を置いて別のおかずに箸を伸ばす殿に一息つく私と美玖さん。微妙な味の変化にも気が付くとは……なんていう人、いや、ポケモンなの、この殿様は。
味が変わった原因となってしまった当の本人は、目をきらきらと輝かせながら食べ進めている。この家にきて初めて美玖さんの料理を食べたときの私も、あんな表情だったのかなあ。
「これ本当に美玖が作ったのよね?」
「美玖さんの料理すっごく美味しいよね!」
「ほんとね。とても美味しいわ」
「……そ、それなら良かったです」
目線を斜め下へ向けては頬を赤くする美玖さんを見て、思わず笑みがこぼれる。照れているんだ。可愛い。
「……ねえ。ひよりについて少し聞きたいことがあるのだけど」
──食後。いつも通り部屋へ戻ろうと立ちあがった殿をココちゃんが引き止めた。背中を向けたままその場で立ち止まてから再びゆっくりと座椅子に戻る。それから優雅に扇子を広げては目の前のココちゃんを眺める殿。
「まさかひよりではなく主が先に聞いてくるとは。よほどの世話好きらしいな」
「ええそうよ。それが何か?」
「いや、特段何も無い」
扇子で口元を隠したままの殿が目を細める。それが何を意味していたのか私には分からず、美玖さんから受け取ったお茶で暖をとるように湯呑みを両手で包み込む。
「それで、何が知りたいのだ」
「ひよりから聞いた話から考えると、殿はセレビィと会ったのでしょう。何かひよりについて聞いていないのかしら」
「ふむ。それなら少しばかり、聞いたことには聞いたが」
「な、なんと!?」
それを早く言ってくださいよ!とは言えず、喉元まで来た言葉を思い切り飲み込んで、殿の言葉の続きを待つ。
「いやしかし、わっちにもよく分からぬのだ」
「……はい?」
殿が深く息を吐きながら座椅子に寄りかかると、ギシリと音が静かに鳴る。
「──ここへ来た時、あやつは何故か疲れ切っていて、わっちにひよりを頼むとだけ言って直ぐに消えてしまった。だからわっちが仕方なく世話をしてやっているのだ」
"仕方なく"が強調されたのは聞き流して、気になるのはセレビィの方だ。疲労を伴ってまで、私を時渡りさせたのはなぜなのか。
「ただ"誰かに頼まれて時渡りした"と言っていたぞ。ついでに過去か未来か、どちらかは分からぬが数年程の差を付けてここに来たらしい」
「?、時間差があるんですか」
美玖さんが顎に手を当て考える仕草を見せる。
……どうやら私は、自分が思っていたよりも複雑な状況に置かれているらしい。つまりここへ来る前からポケモンの世界にいたとしても、セレビィの時渡りによってプラス又はマイナス数年の差が出来ていると……?
「これはもう……セレビィに直接会いに行くしかないわね」
「セレビィに会いに行くって……心音さん、本気ですか?」
「今、わたしが冗談でも言うと思ってるのかしら」
振り返ったココちゃんの表情は真剣そのもので、困ったような表情を残したままの美玖さんが口を閉じた。扇子を閉じた殿は口角を上げて面白そうにそれを眺めては肘掛にもたれかかる。
「心音、主もセレビィはそう簡単に会えるようなポケモンではないと知っているだろう?」
「勿論よ。でもわたし、当てなら一つだけあるの」
「え……!?」
思わぬ言葉に目を見開いてココちゃんに視線を戻す。
「当てって?」
「……ウバメの森にある祠のこと、知っているかしら」
ココちゃんの言葉にハッと気づいて、大きく上下に頷く。……そうだ、どうして今まで思い出さなかったんだろうか。
ウバメの森の祠──確か森の神様を祀っていると、ゲーム内のキャラクターは言っていた気がする。そしてその森の神様の正体は紛れもない、セレビィなのだ。もしかしたら祠に行けば会えるかもしれない。
「……私、少しでもセレビィに会える可能性があるなら、ウバメの森に行きたいです」
「わたしがひよりを乗せて行くわ」
「いいですよね?」
思わず身を乗り出すとテーブルがガタリと音をたて、それと同時に殿が座る座椅子からも鈍い音が出る。
殿のことだ、「よかろう、勝手に行ってこい。もう帰ってこなくても良いがな」とかニヤニヤしながらすんなり承諾してくれるはずだ。
……そう、思っていた。のに。
「ここからウバメの森まで、どれだけの距離があるのか分かっているのか?」
「え?えーと……」
「外にどんな輩がいるのか知ったうえで言っているのだろうな?」
「どんな輩って……え、……?」
次から次へと出てくる言葉に動揺を隠せない。察するに……なぜか私たちだけでウバメの森へ行かせたくないらしい。どうして?
途中まで言い返していたココちゃんも今では顔を歪めたまま唇を噛んでいる。言い返す暇さえ与えない、まさにマシンガントークだ。
「承諾できぬ」
先ほどまで開いたり閉じたりと手遊びしていた扇子を勢いよく閉じると、そのまま立ちあがって襖に手をかける殿。
「っ待ってください!」
「なんだ」
駄目だと言われて「はいそうですか」と簡単に引き下がる訳にはいかない。
私以上に私について考えてくれるココちゃんのおかげで掴めた手がかりなんだ。ここで見す見す逃すものか。
「教えてください。どうすれば承諾してもらえますか」
「……そうだな、」
一度こちらに向けた顔を再び前に戻し、一歩長い廊下に足を乗せる。そうして殿の口から出た言葉、それは、
「わっちと美玖と戦い、主らが勝利できたら承諾してやろう」
……私を黙らせるのには、十分すぎる言葉だった。