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「殿、正気ですか?人間である彼女をここに置くだなんて」

ぼんやり聞こえた声に、ゆっくりと重たいまぶたを上げる。……見慣れない、天井だ。

「なんだ、娘でなければ良かったのかや?」

続いて、笑い混じりの別の声。それに先ほどの声が「まだそちらの方が良かったです」と唸るように同調した。今だ夢見心地で肌触りの良い布団の中で丸まったまま、少し離れたところから聞こえる声に耳を傾ける。

「女癖が悪いことを知っているからこそ、こうして反対しているんです」
「まさかこのわっちがあの娘に手を出すと?」
「ええ」
「とにかく決めた。わっちが決めたのだ。主は逆らうなんぞ愚かな真似はしまい?」

それから言葉は続かず、どうやら2人の話は終わったようだった。
さて、私はと言うと。……やっと、ゆっくり上半身だけ起こして部屋を見回した。THE・和室。畳の上に敷いてる布団に私は横たわっていたらしい。

「というか、ここはどこ……!?」

頭を抱えて思い切り俯く。毛布をかけたまま立てている膝の上に顔を埋めて考える。……私の家に和室はない。畳なんて久しぶりに見たレベル。いや、どうして、なんで私はこんな訳の分からないところにいるんだろうか。というかさっき聞こえていた声は二つとも男の人の声だった。
……これは……、これはとても、マズいのでは。

「──……む、」
「!!」

声がしたと思って顔を上げると、すでに襖は横に引かれて男の人の片足が畳を踏んでいた。
思わずびくりと身体を跳ねあがらせて、気付いた時には半身だけ起こしていた身体を素早く倒し、布団を頭まで被って思い切り丸まっていた。もはや逃げ場の無い状況、少しでも布団の中で籠城できるようにしなければと、思い切り毛布を握る手に力を入れる。
……直後。

「──……ふははっ!」

吹き出すように笑う声がする。……どっちの声だろうか。さっき顔をあげた一瞬、男の姿を捉えていた。二人。二人だ。さらに二人とも共通してありえないような明るい髪色だった。……私はもしや不良系の方に拉致られてしまったのだろうか。いやでもそういう記憶は全然ないし……!ああ、もう訳がわからない!!

「……この様子だと、我々に危害を加えるつもりはなさそうですね」

外見から想像ができない話し方と落ち着いた言葉に余計混乱してしまう。危害を加える?私が??なぜどうしてなんのために!?!と、とにかく自分の身を護るにはどうすればいいのか無い頭で必死に考える。なにか……どうにか逃げる方法は……!!

「小娘。いつまでそうしておるつもりなのだ」

その言葉を合図に足音が聞こえる。こっちに近づいてくる。いや、うそ、どうしようどうする!?!どうしようもない!!
──……手が、私の被っている布団に伸びる気配がした。そうしてがしりと掴み、力が加えられ、。

「……、……、」

布団をもぎ取られて正面から顔を合わせたにも関わらず。……一言も、出せなかった。すでに半泣き状態だが、ここで泣いたら負けだとなぜかそう思って必死に唇を噛みしめる。

「……ふむ」
「こ、怖がらせてしまいましたか……!?」

あからさまに狼狽える青い髪の男の人と、これといって変化のない金髪の男の人。……そこでふと違和感を感じたものの、警戒するに越したことはない。二人が動かないのをいいことに、手に毛布を握り座ったままじりじりと後ろに下がって距離を開ける。

「……どうやら何も知らぬようだな。―娘、警戒する必要は無い」
「そうです、大丈夫です。何もしません」
「そもそも、このわっちがこんな小娘を相手にするものか」
「っ殿!」
「…………」

和ませるためなのか、はたまた本気で言われたのか分からないが、危険な人たち……、ではなさそうだ。ゆっくり握りしめていた毛布を落として顔をあげると、金髪の男の人がフ、と笑う。細く美しい髪が流れ、赤いピアスがそっと揺れる。
それに思わず、……見とれてしまった。
世の中にこんな美しい顔をした人がいるのかと、心の底から驚いている。本当に私と同じ人間なのかと疑ってしまうほどの容姿だ。しかもやっぱり髪色もどこか色鮮やかで現実味がないし、瞳が赤いのはカラコン……なのか。

「……あの、」
「うむ」
「……ここは、どこでしょうか」

私の問いに、一度青い髪の男の人と顔を見合わせす姿を見せる。そうしてまた視線を私に戻すと、持っていた扇子を開きながら言う。

「ここはわっちの家だが」
「貴方の、家……」
「ところで主、名はなんと申すのだ」
「…………」

なんでこんなところにいるのか訳が分からないし、そもそも私の名前を聞いてどうするのか。口を結んだままの私に、扇子で口元を隠しながら小さくため息を吐く金髪の男の人。……うう、ため息を吐きたいのはこっちのほうなのに。

「すみません、不安だと思いますが怖がらないでください、大丈夫です」

金髪の男の人の後ろから、青い髪の男の人が出てきて膝を折り曲げ正座をする。立ったまま話す金髪の男の人とは違い、目線を合わせて話してくれるらしい。こうしてよく見ると雰囲気は彼の方が断然柔らかいし、何より優しそうな人に見える。……まだ、話せるかも知れない。

「まずはオレたちから名乗りましょう。オレは美玖といいます」
「……みく、さん……?」
「どうだ、娘のような名だろう」

扇子で口元を隠しながら、茶化すように言う金髪の男の人。青い髪の男の人こと、みくさん自身も気にしているのか少し表情を崩して言う。

「誰かさんが昔、オレを女だと思い込んでいたせいです」
「貴方を、ですか……?」
「そうなんです。普通間違いませんよね?」
「はい……たぶん」

正直、みくさんの容姿は私から見てとても良い。まさに好青年といった感じで素直にかっこいいと思う。そんな彼を昔女の子だと思った人が名前を付けた……、?あれ、でも普通、生まれたときに性別は分かるはずでは、?

「ほら見よ娘。漢字だとこう書くぞ」

どこからか紙と筆を持ってきてスラスラ書くと私に差し出される紙。咄嗟に受け取ってしまったそれには"美玖"と書いてある。……美玖さん。なかなか見かけない漢字だ。

「美しく成長してほしいと思ってこのような名にしたのだが……まさか男だとは思わなかった」
「もうその話は結構です」

あからさまに肩を落として見せる彼の横、美玖さんが強く言い返す。……いや、やっぱりおかしい。今の会話では金髪の男の人が美玖さんに名前をつけたみたいな言い方だ。でも二人とも同い年ぐらいの見た目なんですけども!?

「こちらは、殿です」
「…………殿?」

一瞬疑問が全て吹っ飛んだ。それぐらいインパクトの強い名前……いや、明らかに名前ではない。、というかいつの時代の人なんだ。殿。時代劇とかで出てくる、ああいう殿様と同じ殿だろうか。あだ名?なら、確かにぴったりだと思うけれど。
……そして私は顔に出やすい。だからだろうか、殿と紹介された男の人を見ていたら「なんだ」と強めの口調で聞かれてしまい、慌てて首を左右にぶんぶん振ってみせた。

「わっちの真名を教える必要は無かろう。主には特別、殿、と呼ばせてやっても良い」
「は、はあ……」

真名、とは。よく分からないけど上から目線の発言、これぞまさしく殿様である。……いやしかし。何度見ても、やっぱり容姿はとても良い。美玖さん以上に整っている。着流している綺麗な和服も似合っているし、なんとなく色っぽい雰囲気が出ているし。かっこいいというよりも、美しいという方が合っているような気がする。

「さて、わっちたちの番は終わった。娘、次は主が名乗る番だ」

思わず見とれていたのがバレたのか、顔を少し斜めに傾けニヤリと私を見ながら扇子を閉じる殿。うわあ、この人、最も自分を綺麗に見せる角度を分かってるんだ。うわあ。悔しいけど確かにさらに良く見える。

「……私は、ひよりです」
「ひより。ふむ、在り来たりな名だな」

少しカチンとしつつも初対面の人に言い返すことは出来ず、あいまいに笑って見せた。
……そうして思う。どうして名前を教えてしまったのか。何もする気がないのなら、この時間はなんなんだ。今、何時だろう。とにかく早く家に帰らないと。

「……え、ええと。それでは私はこれで……失礼します」

なんとか切り出してからゆっくり立ち上がり、かたい動きで襖へ向かって歩いていこうとしたところ。美玖さんの声に引き留められて振り返る。そうすれば、なぜか二人とも目を丸くしながら不思議そうな表情を浮かべて私を見て。

「主、何処へ行くのだ」
「ど、どこって……?自宅に帰ろうと、」
「何を言っておる。主はこれから、ここに住むのだぞ」
「…………え?」

聞き間違いだろうか。そう思って、もう一度聞いてみるが……やはり、返ってきた言葉は同じく。
ここに、私が、住む、?
頷く二人に、今度は私が目を丸くする。全く意味が分からない。いっそ二度目も聞き間違いであれ。



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