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屋根の上。寝そべっていると、再び扉が横に動く音がした。身体を起こして音を聞く。……足音がない。これはきっと、

「……おーい、セイロン、いるんでしょう?」

ロロにいの、声がした。
屋根の上から顔を覗かせれば、すでに俺の居場所は分かっていたようでばっちり目線が合ってしまう。グレにいもいて、その表情は決して友好的なものではない。下へ飛び降り、着地したときについた手を砂を払う。

「……こんな遅くにどうしたの」
「"どうしたの"って、セイロンだって分かってるでしょう?」
「俺たち、何度も言ったよな」

"お前の好きなようにすればいい。ただしひよりのことも考えろ"
……聞いていた。けれどこの言葉に大きな矛盾があることを、二人が気付いていない訳が無い。グレにいもロロにいも、それを知っていてもなお俺に言う。視線を下やってから口をゆっくり固く閉ざす。

「セイロン。君がどう思っているかは知らないけれど、俺たちにとって、君は前と変わらず仲間の一人だ。……だからこそ、あえて言わせてもらうよセイロン。君はもう、前のような子どもじゃない。いつまでも我儘が通ると思ったら大間違いだ」

低い声に、視線を少しだけあげる。思わず立ってしまった鳥肌を悟られないよう、服の裾を引っ張った。

「セイロンがキュウムを憎む気持ちは分かる。……いくらひよりのためだったとはいえ、元凶は全部アイツだ。助ける気なんて、起きるわけがないだろう」
「……なら、グレにいも、!」

口走って、後悔する。素早く掴まれた腕に容赦なく食い込んでくる五本の指。目線を上に戻して、眉間に寄った皺を見る。

「それ以前に、俺たちはひよりのポケモンだ。……それを踏まえた上で、もう一度よく考えてみろ」
「ま、どちらにせよ明日明後日にはイッシュに帰るつもりだけどね」
「……!」

そうして俺から手を離すグレにいと、俺に手を振り笑みを浮かべるロロにいが家の中へと戻っていった。
──……外灯の下、腕を見ると赤い痕がうっすら残っていた。振りおろし、顔をあげて水面を睨む。

「──……俺は、……俺は、」

フードを深く被り、俯いては拳を握る。
……真っ暗で、先すら見えないこの洞窟は何処か自分と似ている気がする。





「少しぐらい効いていればいいけどね」
「……ああ」

鞄を漁り、小型の機械を取り出すロロ。その隣にはライトストーンが置いてある。
ボタンを押すと電子音が聞こえてきて、砂嵐から次第にぼんやり画面に映像が映った。

『──おや、久しいね』
「うん久しぶり、マシロさん。でもチョンから俺たちのことも聞いてたでしょ?」

笑顔で頷く画面に映る彼を横目に冷めきったコーヒーを口に含む。

『ああ。"やっとセイロンが電話に出てくれた"と、とても嬉しそうにしていたよ。私が付けたやすらぎの鈴、まだ持ってくれているといいけれど』
「しっかり足首についてたよ。……ま、効果があるかどうかって聞かれたら微妙なところだけどね」
『……そうかい』

僅かに残念そうな声が聞こえた。しかし、マシロさんが鈴を付けてくれたおかげで、あれでも随分マシになったようにも思うから、全く効果がないわけではないのだろう。

『それで、私に連絡をしてきたということは……』
「うん。──俺たちがイッシュに戻る準備をお願いしようと思ってね」
『こちらはいつでも大丈夫だよ。……ほらご覧。この通り、すでに買収済みさ』

ジジ、と揺れる画面の端、青色のコートが見えた。背中を丸めてうずくまる様な体勢だ。何をしているのかと思えば数枚の写真を床に並べてはただただジッと見つめているだけ。……伝説のポケモンというのは、どうしてこうも皆揃って一癖も二癖もある者ばかりなのだろう。
思わず漏れそうになるため息を堪え、自分自身に言い聞かせる。今はあんなでも実力は確かだった。それに彼がいないと俺たちはイッシュへ戻ることが出来ない。……ディアルガに機嫌を損ねられて困るのはこちらだけだ。

『……正直、こちらとしても早く戻ってきてもらいたかったんだ』
「と、いうと?」
『先日、チョンが帆船型の軍艦を見かけたらしい。立派な大砲付きさ。きっとあと数日後にはどこかの街が氷漬けになるだろう』
「……だってさ、グレちゃん」

そんなものを敵に回していると知りながら、ひよりを連れて帰るか否か。最終確認のつもりなのか、色の違う二つの瞳がこちらへと向けられた。
──"俺よりグレちゃんの方が、きっとひよりちゃんにとっても俺たちにとっても良い選択ができるはず"
なんて、ロロらしくないセリフを聞いたのはつい先ほどのことだった。言われたときは冗談だとばかり思っていたが、……どうやら本心だったらしい。

「"置いて行くのは間違ってる"……そう言ったのはロロだろう?何を今さら」
「あはは。それ、言われると思ったよ」

それにひよりを置いていったところでどうなるかはもう分かっている。ひよりは端からキュウムのことは、他の誰かに任せる気なんて毛頭ないだろう。それに俺たちも、……ケリをつけなければいけない。

「……ひよりも一緒に連れて行く。マシロさん、その予定で宜しく頼む」
『ああ、任せておくれ。君たちに会えること、楽しみにしているよ』
「"君たち"、じゃなくて"ひよりちゃんに"、の間違えじゃない?」
『はは、そうとも言うかな』

それじゃあ、また"明日"。……ぶつん、と音の切れる音がした。
背伸びをしてから鞄に通信機を戻すロロを見て、マグカップの底を見る。……想定以上に長く留まりすぎたジョウト地方。それとも明日で、お別れだ。
そして、"彼ら"とも……──。



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