XX


──……ここ。"氷の抜け道"に来たばかりのときにはよく無様に転んでいたことを思い出す。
思い出して、思い出して。歯を食いしばりながら片足を振り落とすと、一瞬、轟音が洞窟内に響いた。少しだけ視線を向ければ分厚い氷に長いヒビが入っている。
……駄目だ。割れないと、壊さないと意味がない。自らの手で砕くことができなければ、。

──ふと、冷たい岩の上に置きっぱなしにしておいた機械が鳴る。
いつでも連絡が取れるようにとこちらに来る前に渡されたものの、内心、そんなもの俺には必要無いと思っていた。
……仲間。本当に仲間だったんだろうか。
そんなことも、今では思う。誰を信じて、誰を疑えばいいのかすらもう分からない。ならいっそのこと全てを断ち切ってゼロにしてしまおうと思った。だから何度も鳴るあの機械を手に取ったことは一度も無い。

「……、」

息を吸う。型を構えて、思い出す。あの時のこと、アイツの動き、技、速さ。全てを脳内で再生し、姿無き敵と氷の上で戦闘を繰り広げる。
凍った岩は割れ、足元の氷も粉々になって舞いあがる。それを何度繰り返したことだろう。……まだ、満足はしない。

「……」

あの機械はまだ鳴っていた。いつもならもう鳴り止んでいるはずなのに。俺が出るまで鳴らすつもりだろうか。
仕方なく、初めて目の前まで機械を持ち上げボタンを押した。すぐに切ろう。そう思って別のボタンの上に重ねていた指が、……止まる。

『ひより!』
「……っ!?」
『おー、繋がったー!?セイロンー、セイロン聞こえてるー!?オレだよー、分かるー!?』

……久しぶりに、その声を聞いた。
機械の向こう側でずっとしゃべり続けている声に、少しだけ緊張しながら口を開く。

『もしもーし!セイロンー!オレの名前はー?』
「……チョンにい」
『そうー!!』

キィンと甲高い音が耳元で鳴った。思わず顔をしかめて耳を塞いだものの、変わらず機械からは彼の声が流れ続ける。

『──はあー、やっっと繋がったー!もー、何で出てくれないのー?オレ怒ってるんだからねー!』
「……チョンにい、さっき、ひよりって、」
『そうだよセイロンー!あのね、ひよりが見つかったってグレちゃんたちから連絡があったんだよー!なのにセイロン、全然電話に出ないんだもんー』
「!」

グレにい"たち"ということは、グレにいとロロにいはすでに合流しているということだ。……そしてそこにひよりも……っ!
急いで少ない荷物をかき集めて、肌寒く胸糞の悪くなる凍った道を駆け抜ける。その間もずっとチョンにいの声が聞こえていたけれどさっぱり内容が頭に入って来ない。とにかく、早く俺も行かないと。

『場所は、えっとー……"エンジュシティ"!』
「……分かった」
『セイロン、今度からちゃんと電話に出てねー?じゃないとオレ、セイロンのこと、バサアー!ベシー!てやっちゃうからー!』
「……?」

チョンにいは擬音語が多すぎて訳が分からない。とりあえず頷いて置いて、ボタンに指を乗せた。その前に、動かしていた足を止めて立ち止まる。……ちゃんと、言わないと。

「……チョンにい、あの、……連絡、ありがと、う」

急に静まり返る機械に、何か余計なことを言ってしまったのかと心配になった。
……俺はあまり話すことが得意ではない。過去、自分の話は聞いてもらえなかったし、言っても無駄だと思っていたことが余計そうさせたのかも知れない。けれど、これでもひよりに拾ってもらってから少しは良くなったと思っている。
──大好きで、大切な、俺のたった一人のトレーナー。

そのひよりが以前「お礼を言われて嫌な思いをする人は絶対にいない!」と言っていた。ひよりは間違ったことを俺に教えたりはしない。そう、だから……多分、間違ってはいない、はず……。

『セイロン、オレも、ありがとうー』
「……?」
『電話に出て、オレと話して、それからお礼も言ってくれて、オレとっても嬉しいんだー。だから、ありがとうー』
「…………」
『……早くひよりと会っておいで』

またね、セイロン。チョンにいの声が消え、プツリと電子音が鳴る。
ボタンに乗せていた指はいつの間にか横にずれて、しっかりと機械を支える指となっていた。機械を眺めてから、落とさないよう懐に仕舞う。

……仲間。分からない。
けれど、……また少しずつ、俺の中で止まっていた色んなものが動き始めた気がした。



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