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あれから、博士と別室で二人で色々話した。はじめは私にポケモンの言葉がどのように聞こえているのかとかそういう話だったが、気づいたら博士のポケモントークにまみれていた。このポケモンはこうでああでと、どれくらい話を聞いていただろうか。ポケモンに関して薄っぺらい知識しかなかった私にとって、とても楽しい時間だった。

「いやあ、遅くなってごめんね美玖くん」

私とウツギ博士が話をしている間、子どもたちの相手をしてくれていたのは美玖さんだ。
図書館のような部屋を出ると、周りには沢山のおもちゃが散乱していた。ついでに言うとワニノコくんが美玖さんによじ登っている。かわいい。

「大丈夫です、気にしないでください。……痛っ」
「みくのかみをひっこぬくぞー!」
「こらやめなさい!みくさんこまってるでしょう!」

木製のオボンの実のおもちゃを、これまたおもちゃの包丁で半分に切っていたチコリータちゃんがワニノコくんを美玖さんから引っぺがした。その横、また登ろうとするワニノコくんをヒノアラシくんがなんとか引き止めている。どうやらずば抜けてやんちゃなワニノコくんらしい。

「ひよりちゃん、今度は美玖くんと話があるんだけど……」
「子どもたちですね。任せてください!」
「ごめんね、よろしく頼むよ」

申し訳なさそうに言うウツギ博士に打って変わって、私はものすごくやる気に満ちている。そう、やっと子どもたちと遊べるのだから!ルンルン気分で美玖さんと子供たちのところに向かい、声をかける。

「美玖さん、交代です」
「あ、ありがとうございます……」

なんとなく疲れ切っている様子。分かります、子どもはパワフルですもんね。
私と入れ替わるように美玖さんが立ち上がると、チコリータちゃんも一緒に立って美玖さんの腕にしがみ付く。

「みくさん、いっちゃうんですか!?」
「今度はひよりお姉さんが遊んでくれるんだって。良い子にしているんだぞ」
「……はあい」

まさしく美玖お兄さんだ。今まで敬語しか聞いていなかったからか、美玖さんの口調を新鮮に感じる。チコリータちゃんの頭を撫でてからウツギ博士と一緒に奥の部屋へと入っていった美玖さんを見送っていると、くいと裾を引っ張られた。振り返ると、……なぜかチコリータちゃんに睨まれている私。

「え、えーっと、……どうしたのかなー?」
「ちょっといいかしら」
「は、はい」

待ってほしい。さっきと全然雰囲気違うよ……!?仁王立ちする女の子とそれを正座で見上げる私。なんだこれは。

「あんた、みくさんのなんなの?」

……まるで昼ドラにでも出てきそうな台詞。はっ、これはもしや修羅場というやつか。そうだ、きっとこのチコリータちゃんは美玖さんが好きで、だからこそ突然ポンッとやってきた私が不快なんだろう。分かる、分かるぞー!恋する女の子は年齢に関係なく、鋭い刃も持ち合わせているらしい。今、まさにその刃先を向けられている。答え次第ではズタズタものだ。だからそう、慎重に、優しく。

「別になんでもないよ。ただ美玖さん家に居候しているだけで、」
「いそうろうってなんだ?」
「い、いっしょにすんでるってことよ……!しんじられない!」
「ってことは……やっぱりみくのおんなだ!」
「ちがーう!!」

……どうしてそうなる。というかますますチコリータちゃんの睨みが利いて私の身体に穴が開きそうだ。ワニノコくんはワニノコくんで注意をしても部屋を駆けまわりながら「ちーはみくにフラれた!」とか「みくのおんな!」なんて叫んでいるわでもう収拾がつかない。何が慎重に、だ!?最初から言葉選びを間違えているね!?

「うーん、どうしたものか……!」
「……」

なんといってチコリータちゃんの誤解を解こうか。うんうん唸っている私の横。ふと、大人しく座っていたヒノアラシくんが立ち上がる。

『……っおねえちゃんをこまらせちゃだめだよ!』
「ぎゃっ!?あつい!」

突然、ヒノアラシくんがポケモンの姿に戻るや否や、ぼう!と背中の炎を燃え上がらせるとワニノコくんに向かってひのこを当てた。それに怒ったワニノコくんもすぐさまポケモンの姿に戻って水でっぽうを発射する。避けたヒノアラシくんの代わりに当たったのはチコリータちゃんで……。って、ああっ!?とんでもないことになってる!?

「ちょっと、みんな落ち着いて……!ストップストッープ!」
『うるさいわね!あんたはだまってなさいよ!』

ばしん!、チコリータちゃんに頭の葉っぱで手を叩かれてしまった。ただの葉っぱだと思うなかれ。ちょうど葉先が当たったせいか、手の甲に一本の赤い線がうっすら入る。そこから血がぷくりと盛り上がってきてジンジン熱くなってきた。地味に痛い。
いやそれよりこの事態をどうすべきか。博士には任せてください!なんて胸を張って言ったのに、これでは顔も合わせられない。せめて博士たちの話が終わるまでにはなんとかこの場を収めないと、!

「ねえみんな!お願いだから落ち着い……」
「──……こらっ!!みんな、何をやっているのかな!!」

私の言葉に被せて響いた声で、ようやくぴたりと止まる3匹。
……ゆっくり振り返ってみると、ウツギ博士と美玖さんが部屋から出てきたところだった。それを見た瞬間、同じく私も石のように固まる。あ、ああ……穴があったら入りたい。



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