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「美玖……では分からないわよねえ」
「?、何がですか?」

ポケモンセンターの一室。
もう一度、"何がですか?"と心音さんに聞き返す。足を組み、何やら難しい顔をしている。ヒノも分からないようで、心音さんの隣に座っては首を傾げている。

ティーポットとカップを三人分持ち、簡易キッチンから離れて席についた。
ひよりは明日のジム戦の作戦を立てるらしく、グレアとロロさんがいる部屋へと行っている。ひよりの記憶が戻ってからというもの、彼らの雰囲気や表情が明らかに柔らかくなっている。それから、以前にも増して楽しげなひより。そんな姿を見れるのは嬉しい反面……少し寂しく感じていることは秘密だ。

「ねえ、心音お姉ちゃん。何のこと?」
「ひよりがグレアやロロをどう思っているか、ということよ」
「?、仲間じゃないの?」
「いい?陽乃乃。言葉が常に真実とは限らないわ。……特に恋愛に関しては!」
「ぼ、僕にはまだよく……分からない、かなあ……」

…ああ、なるほど。やけに言葉に力が入っているかと思えばそういうことか。ヒノに力説を続ける心音さんに思わず苦笑いを浮かべる。
"女という生き物は色恋沙汰が好きなのだ"。いつだったか、殿が言っていた。どうやら女性は感情の生き物らしい。恋する感情の共有をしたいという気持ちが強いから恋愛話が好きなんだとか。オレにはよく分からないけれど、とりあえず話を大人しく全部聞きつつ同調すれば良いという対処法はすでに備わっている。大丈夫だ、問題ない。

「心音さんはどう思うんですか?」
「はっきり言って、わたしにもひよりの気持ちは分からないわ。けれどグレアとロロ……あの二人、分かりやすすぎない?」
「二人にとって、ひよりが恋愛対象だということでしょうか」
「どう見てもそうじゃない!トレーナーを見る眼差しではないわよ!?ロロに至ってはラブを通り越した別の何かを感じるわ……」
「え、えー!?そうなの!?僕全然分からなかった!」

なぜヒノが赤くなっているのかは置いておいて。心音さんの言う、ロロさんのラブを通り越した何かとは何だろう。冗談みたいな、でもどこか的を得ている気がしなくもない。……なんとなく、恋というよりも執着という言葉のほうがしっくりくるような。ロロさんはどこか掴めない人だからオレにもよく分からないけれど。

「グレアなんかはもう完璧それ。あそこまであからさまにされると見てるこっちが恥ずかしいわ」
「そ、そんなにでしょうか……」
「そんなに、よ」

そう言うと、心音さんはカップに手を伸ばし口を付ける。
オレから見ても、心音さんは綺麗だと思う。けれどオレは心音さんのことを意識したことは無い。仲間としてヒノたちと同じような感情しか抱いていない。
……こんなに綺麗な人を目の前にしても"そういう"緊張ひとつしないということは、やっぱりまだ恐怖心が残っているからなのか。……はあ。先はまだまだ長いらしい。

「美玖、どうしたの?……あ、もしかして美玖もひよりのことが好きだったり?」
「そうですねえ……ひよりのことは妹としてなら一番好きです」
「美玖さん!僕のことは!?」
「もちろんヒノのことも好きだよ」
「えへへ、僕も美玖さんのこと大好きー!」
「あらあら、何だか話しが逸れてるわ」

ヒノの頭を撫でながら、くすりと笑う心音さんを見る。……うん、心音さんももう大丈夫そうだ。殿と何があったのかは分からないけれど、オレが詳しく聞くこともないだろう。

「ひよりは気づいていない可能性もあるわね。……いや、それどころかグレアも自分の気持ちに気づいていないのかもしれないわ……!」
「心音お姉ちゃん、楽しそうだね」
「ええ!楽しすぎて困っちゃうくらい!あーあ、いっそ直接ひよりに聞いちゃおうかしら」

同じ立ち位置にいるグレアのことはまだ気になっているのかもしれないけれど、大方吹っ切れたのだろう。楽しそうな心音さんが見れて安心した。
それを見てから空になったカップを片づけようと席を立つと、扉からノック音が聞こえてきた。ひよりが戻ってきたようだ。

「ココちゃんお待たせー!」
「どう?明日は大丈夫そう?」
「うん!グレちゃんとロロが頑張ってくれるから大丈夫!」
「そう、」

笑顔を浮かべるひよりに同じく笑顔で返す心音さん。でも分かる。きっとヒノも分かってる。──彼らとオレたちとでは、ひより……いや、トレーナーからの信頼度が全く違うということを。
共に過ごした時間の差は、案外はっきりと心に刺さるものだ。勿論ひよりに悪気がないことは分かっている。……だからこそ余計痛いのかも知れない。

「……もっと強くならなくちゃ」

隣で呟くヒノを見る。
太ももの横で拳を作るヒノの頭に手をそっと乗せて数回上下に滑らせると、オレを見上げながらヒノは笑った。それからひよりのところまで走っていき、いつもと変わらぬ表情を見せる。……大丈夫、ヒノもちゃんと、前に進めているよ。

「……オレも頑張らないとなあ」

何となく出た言葉にハッとしながら頬をかいていると、心音さんとヒノに囲まれているひよりと目が合った。するとすぐさまオレを招くような動きを見せる。そんな姿に口元を緩ませながら、素直に招かれることにした。

オレたちだってひよりのポケモンだ。
いつか彼らと同じラインに立てる日を信じて、今はただ進むしかない。



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