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ゲンガー双子について。
エンジュジムのジムリーダーであるマツバさんのところに預けられ、今ではそれぞれ名前を貰い、ゲンくん、ガーくんと呼ばれているようだ。……なんと安直な名前だろう。

「そういえばお姉さん、記憶戻ったっぽい?」
「うん。ちょっとはガーくんのおかげもあるかな。ありがとう」

ずず、と空になったコップの底をストローで啜っていたガーくんが、面を食らったような顔をする。いつも半目気味な目をまん丸にして瞬きを繰り返している。対して、隣に座っているゲンくんはつまらなそうにストローを噛んでいた。すでに潰されたストローの頭は氷の海に投げ出され、逆さにされたストローは今度は足を潰されている。どれだけ噛めば気が済むんだろう。

「……別に。見えたことを言ってみただけだし」
「はいはい、照れ隠しお疲れ様」
「は?」
「あ?」

仲がいいやら悪いやら。テーブルを挟んだ向かいの席に座りながらお互いの足を蹴り合っているゲンガー双子を眺めつつ、フォークでタルトに切れ目を入れる。
タルトといえば、サンヨウシティでデントさんたちにもらったタルトも美味しかったなあ。懐かしい。……今頃あちらはどうなっているんだろう。イッシュ地方のことを思いだすたび、早く戻りたい気持ちが募る。
──……戻って、そして。

「そういえばゲンくんって……斬った人の未来が見えるんだよね」

手の平に顎を乗せながらストローを噛み続けていたゲンくんの視線が私へ向く。それから口元を歪めて歯を覗かせていた。きっと私がこれからなんと言うのか察したのだろう。彼が嬉しそうに質問に頷いてみせる。

「お姉さん、未来を知りたいの?」
「…………ちょっとだけ」
「へえ。ま、ぼくはお姉さんのこと斬れるならなんでもいいけど」

未来を知りたい。少しだけでもいい。現状より前へ進むことが出来るのなら、道徳から外れている術にでも縋ってもいいんじゃないか。……そう、思ってしまった。
──差し出された手に、手を重ねる寸前。
横から伸びてきた腕が私の手首を掴む。肩がびくりと飛び跳ね横を見ると同時に、腰に付いていたモンスターボールが床に落ちて足元まで転がってきた。黒髪が揺れ、切れ長の目が私を睨む。

「ひより。もしもコイツの力を借りようとしていたことが冗談ではなかったのなら、本気で怒るぞ」
「…………」

力なく手を引っ込めるとグレちゃんも手を離してくれた。私はというと、ゲンくんの舌打ちを聞きながらうな垂れる。……居た堪れない。

「君はとても良い仲間を持っているようだね」

ケーキを選んでいたマツバさんと彼のゲンガーが席につく。二人が来た瞬間からゲンくんとガーくんも私と同じように居た堪れない様子で下を向いていて、変な仲間意識ができてしまった。

「トレーナーを止める勇気、立派です」
「……褒められて喜ぶ歳でもないんだが」
「それは失礼致しました」

クスリと笑うゲンガーの声に顔を上げると、なぜかマツバさんと目が合った。一瞬逸らして、ゆっくり戻す。

「未来が気になる気持ちは分かるけれど、それよりも今を大切にしたほうがいい。せっかく美味しいケーキがあるんだもの。ね?」
「……そうですね」
「じゃあ、この話はお終いだ。君も何か飲むかい?」

立っていたグレちゃんにマツバさんが訊ねると、メニュー表を受け取りながら私の隣に座る。なんとなく気まずくて、マツバさんから渡されたメニューを眺めるグレちゃんを横目でこっそり盗み見た。





ジムリーダーというのは忙しいらしい。マツバさんたちは予約分のバトルがまだあると言って再びジムに戻って行った。どうやら休憩時間にお話をしてくれていたみたいだ。
ゲンガー双子のこともあったから気にかけてくれていたのだろう。ついでに明日のジム戦予約もできてよかった。
ゲンガーに引きずられるように連行される双子を見送ってから、ポケモンセンターまでの道を行く。

「グレちゃん、あの……さっきのことなんだけど」

少し先を歩いていたグレちゃんが足を止めて振り返る。向けられる視線が痛い。
顔を下げないように頑張りながら、小声で"ごめんなさい"と謝った。何に対して謝っているのか、私が言わずともグレちゃんなら分かっているだろう。
私の言葉の後、グレちゃんが少し間を開けてから小さくため息を吐く。

「ひよりが焦っているのは分かる。でもそれを理由に見過ごすことはできなかった。お前が身体を張ってまで急ぐこともないだろう?」

グレちゃんの言葉に、即座に首を左右に振る。それは違う。急がないといけないのだ。理由はわからない。けれど、そうしなければこの先私はとても後悔しそうな気がする。現状が全く分からないということも、余計その気持ちを膨らませているのかもしれない。

「……そんなにキュウムのことが気になるのか?」
「当たり前だよ!キューたんは私たちの仲間で、」
「俺は、!」

グレちゃんが私の言葉に言葉を被せてきた。そんなことは滅多にないから、思わず驚いて固まってしまった。
眉間に皺を作りながら言葉を詰まらせる姿にまた驚いてしまう。どうしようかと待っていると、彼は詰まる言葉を一度飲み込み、再びゆっくり口を開く。真っ直ぐ、まっすぐ。

「仲間も勿論大切だ。……でも俺は、……」
「…………」
「──ひよりが無事ならそれでいい。それだけで、いいんだ」
「……キューたんは見捨てても構わないってこと、……?」
「違う。……けど。……お前が傷付くぐらいなら、キュウムを見捨る覚悟はある」

……違くないじゃん。心の中で静かに呟く。
確かにキューたんは誤解をされるようなことばかりしていたからグレちゃんの考えも当然のことだ。けれど彼の行動理由を知れば力になってくれるはずだと思っていた。
しかし実際のところ、グレちゃんは理由を知っているにも関わらず私を第一に考えている。グレちゃんがこうだもの、きっとロロも、他のみんなもそうなのだろう。素直に言えば嬉しい。けれど、……そこまでの価値がこの私に、本当にあるのだろうか。

「──ねえ。どうして私のこと、そこまで考えてくれるの?私がグレちゃんのトレーナーだから?」
「俺は、……、……」

"ひよりちゃんに何かあったら俺らはどうすればいいの"、いつかロロに言われた言葉を未だにフッと思いだすことがある。
自由に生きる選択肢を持ちながら、自らそれを捨て、共に生きることを選んでくれた。
私の何を見て、彼らが私を選んでくれたのかは分からないけれど。

「私は……誰かのために別の誰かを見捨てることはできない。みんなが大切で、大好きだから。でも一人じゃどうにも出来ないってことも分かってる。だから、」
「……お前は自分の身だけ削ろうとしていたじゃないか。今日も、……あの時も」
「みんなのために私が出来ることがあるなら何でもする。……後悔は、したくない」

ボールの中に入ったままのみんなはやけに大人しい。私とグレちゃんのやりとりを見守ってくれているのだろうか。

「ひよりの気持ちは分かった。でも俺も、もう後悔はしたくない。だから考えを変えるつもりはない。俺も俺なりに考えて行動する」
「グレちゃん……」
「……まあ、そうはいっても俺はひよりのポケモンだ。どうせ殆どひよりに従うことになるだろう」

今までだってそうだっただろう?、急に軽くなった空気に内心驚きつつ、苦笑いしながら話すグレちゃんを見た。
……確かにそうだ。今だってなんだかんだ言いつつ、キューたんを助けに行くために私を支えてくれている。

「この話はお終いだって、あのジムリーダーも言っていただろう。……ほら、行くぞ。殿に連絡するんだろう?」

私に背を向け、再び歩み出す彼を追う。そうして横に並んでから見上げると、視線がばちりと合った。しかしそれもすぐに逸らされ、まっすぐ前へと向けられる。
私はというと視線を少しだけ下げて、空いている右手を少し先にある手に滑らせた。びくりと飛び跳ねて逃げ出そうとする手を捕まえて、立ち止まるそれには構わず歩みを進める。

「……ど、どうしたんだよ」
「理由がないと手を繋いじゃいけない?」
「そういうわけでは、ないが……」

諦めたようにのろのろと歩きだすグレちゃんの手をもう一度しっかり握る。

「……ありがとね、グレちゃん」
「……本当に、困ったご主人様だ」
「あはは。これからも困らせるけど許してね」
「ほどほどにしてほしいものだな」

手を繋いだまま、街灯が灯る道を歩いて行く。
……私の初めてのポケモンがグレちゃんでよかった。そう、改めて思った。



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