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『チョン、上!』
『っぶなっ!、危なかった、ロロありがと!』

……結論から言おう。このままだと、確実にやられる。
速すぎて追いつくことすら出来ない。もし仮にキュウムと同じぐらいの速さを持っていたとしても、まだセイロンは捕まったままだから、楯にされてこちらからの攻撃は出来ないだろう。……どうすればいい。

『なんとしてでもセイロンを取り返さなくちゃだなぁ』
『俺とあーさんなら、どっちが速いかな』
『ッチ、……悔しいが、速さならお前の方だ』

となると、やはり俺がなんとか追いついて足止めをしている間に、あーさんにセイロンを取り戻してもらうしかない。氷技が当たったらかなりのダメージを食らうチョンには援護に回ってもらって、。

「疲れたあ、休憩休憩ー」
『俺たちも舐められたもんだぜぇ』

ぴたり動きを止めたキュウムは、隠れている左目のあたりに手を持っていくと目を閉じた。……取り返すなら今しかない。そう思って構えたとき上からチョンが急降下してセイロンを銜えた。先ほどまでとは打って変わって、なんともあっさり取り返せたことに驚きが隠せないし、余計不気味にも思う。

『ロロ、見て。様子がおかしいよ』

戻ってきたチョンがセイロンをゆっくり下ろす。その視線の先には、未だ目を閉じているキュウムの姿があった。
……ふと、マクロくんの呻き声が聞こえた。咄嗟に視線を向けると、先ほどキュウムが巻いた鎖から妖しい光が帯びている。あれは一体何なのか。

『鎖、何か関係があるのかな』

チョンがひっそりと言う。鎖とキュウム。何か関連があるのは間違いないだろう。だとしても何も分からない。

「これから散りゆくキミたちには教えてあげよっか?」

キュウムがふっと目を開けて立ち上がり、こちらを見る。身体を傾けて楽しげに揺れながら、また同じ言葉を繰り返した。

『散る気なんて、さらさらないけど』
「ほんと口は達者だねえ。でもま、ワタクシはキミのこと案外好きだからいいよ。人間に手を加えられた者同士だものねえ」
『──……え、?』

そのとき。青い雷撃がキュウム目がけて飛んできた。が、事前に分かっていたかのように飛び跳ねて避ける。青い雷の元は、横たわっているマクロくんだ。

「ねえキミ、そんなに死にたいの?もうちょっとだから待って待って」
『……貴方に力を奪われるぐらいなら、全て俺自身で使い果たしますよ』
「いやいや、元はワタクシの力じゃないか。返してもらっているだけじゃないか!」

視線が俺たちに戻ってきて、マクロくんに絡みついている鎖を指差す。鎖は未だに光っている。

「鎖はワタクシに力を戻してくれているんだよ。完全に戻るためにね」
『完全……?』
「そうさ。ワタクシから分裂したのがマシロとマクロなんだよ。基はワタクシのはずなのに、力は全て2人に取られて空っぽになった。そこにゲーチス様が現れて、ワタクシに手を貸すと言ってくれたんだ」

それで頂いたのがあの鎖。マシロさんとマクロくんの鎖を指さした後、左目についているスコープにそっと触れる。

「鎖から吸収した力はこれに集まるんだ!便利だろう?まあ、一気に取り戻せないのがもどかしいけど、もうちょっとだから我慢我慢」

伝説のポケモンから力を奪っている。そういうことなのか。ならばあの異常な強さにも納得できる。
しかしそれを知った今、さらに勝ち目が見えなくなってきてしまった。今まではレシラムからの力だけだったけど、それに加えて先ほどマクロくん・ゼクロムにも鎖がつけられてしまったわけだ。つまり、2体の伝説ポケモンから力を受け取っているということになる。
さて、どう戦うべきか。考えるなら、今しかない。





「それって、このままだとマシロさんとマクロさんが……っ!?」
「ああ。多分マシロさんは、アイツが力を奪おうとしているってことを知っていたから、マクロには来るなと言っていたんだろう。結局ゲーチスの策でこうなってしまったが……」
「なら、まずはマシロさんの鎖を先に取らないと」
「……行こう」

頷いて立ち上がった瞬間、どすんと地響きが聞こえた。音はトウヤくんたちの方からだ。
二人で顔を見合わせてから、一緒に影から走り出る。向かう先に何があるのか。不安を胸に、ひたすら足を動かすしかない。

「やはり貴方も邪魔ですね、トウヤ」
「俺は絶対お前には負けない」

……あとはこのサザンドラを倒せば終わりだ。
ダークトリニティと名乗っていた彼らは後から来てくれたチェレンが抑えてくれているから大丈夫だろう。僕がチャンピオンリーグにいることを知っていたうえですぐに駆けつけてくれたから、やっぱりチェレンはライバルであり、いい友達だ。

「ゲーチス、お前の目的は伝説のポケモンを手に入れて支配することだろう?もう既に2体の伝説のポケモンは手に入っているのに、何を考えている?」
「いえ、まだ手に入れていませんよワタクシは」
「……どういうことだ?」

ふと、電子音が聞こえた。すると今まで余裕の表情を見せていたゲーチスが、急に険しい顔をしてレシラムの入っている水槽を睨む。

「ダーク後ろだ!」
「トウヤ!こっちだ、早く!」

ゲーチスとチェレンの声が重なった。
即座にエンブオーがチェレンの声に反応して、俺を担いで飛び跳ねる。瞬間、水槽が下から開いて水が一気にあふれ出した。ダークトリニティに支えられていたゲーチスもそれに飲み込まれ一瞬姿が見えなくなるも、少し距離が離れただけでまたゆるりと立ち上がる姿が見える。

「っレシラム様!」

どすん。地響きが鳴る。それと同時に水槽に入っていたレシラムが地面に倒れ伏す。そこへメブキジカが駆け寄って、叫びに近い声で呼びかけながら鎖を一心不乱に外しはじめていた。

「っ僕たちも行こう……!」

チェレンと一緒に慌てて向かうと、レシラムがみるみる姿を変えて人型になった。全身白く、まるで今すぐにでも消えてしまいそうな儚さがある。これが、レシラムが擬人化した姿──……。
唖然としながらそれを見ていたとき、足音が聞こえてきた。自然と警戒してボールを掴む。が、すぐにベルトに戻した。

「ひより!」

トウヤくんが手を振っている。その隣にはいつの間にかチェレンくんもいた。そうして走りながら見えたのは、壊れた水槽にびしょ濡れになったゲーチスさんたち。肩で息をしながら合流するや否や、トウヤくんがシキさんの方に視線を向けて「早く」と私の腕を引く。

「シキさん、」
「……ひより、さん」

ゆっくり顔を上げるシキさんの腕の中。その人物に、息を呑む。
……綺麗な白い髪に白い肌。目は閉じられているけど美しい容貌。鎖の跡が白い肌に痛々しいぐらいにくっきりと赤い跡を残していた。力なく伏している姿に、急にドッ!と心臓が音を鳴らす。
この人が、……あの、レシラムなのか……?この、今にも消えてしまいそうな彼が……?

「マ……マシロ、さん……?」

返事はない。
ゆっくりシキさんの向かい側に崩れるようにしゃがみ込み、そっと手を握る。……その手は、とても冷たかった。まるで生きている者のようではなく。私の心臓はどきどきと活発に動いているのに、身体は石のように固まって動けない。

「そん、な……」

やっとここまで来たのに。やっと、貴方に会えたのに。
未だに目の前の光景が信じられず、手を握りながら名前を呼ぶ。
……しかし、返ってくる言葉はなかった。





『はやく鎖を外してやっつけてさ、みんなで帰ろうよ』

その言葉にハッとして顔をあげる。こちらを見てからまた真っ直ぐに敵を捉える黄色の瞳。
勝てるかどうか分からない。それでも俺は、俺たちは、彼女のポケモンだ。今やれることをやる。それだけだろう。
一瞬でも弱気になってしまっていた自分が恥ずかしい。羽を羽ばたかせているチョンの横に立ち、態勢を整える。

『セイロンは端に寝かせといたぜぇ』
『ありがと。それじゃ、鎖を外しにかかろうか』
『オレが追い風で速さ上げる』

びゅお!、風が身体を前へ前へと押してくれる。
そうして俺とあーさんでマクロくんのところに向かって走り出すと、最初は黙ってみていた到着間際にキュウムも当たり前のように動きだす。
とことん嫌な性格してる。しかしなんだろう、この感じる違和感は。容姿はもちろんキュウムそのものではあるけれど、中身が二つの人格のどちらにも当てはまらない。あえて別人に見せるよう、どちらかの人格が演じているのか。その可能性もあり得るが。

『ロロ危ない!』
『!』

前足付近に飛んできたナイフを慌てて避ける。飛び上がり、横に着地しようとした瞬間。その足場、俺が着地する前に別のナイフが地面に刺さり、そこから一気に氷が地面に張り巡らされる。足元の自由を奪う気か。意識はなるべく前方へ向けたまま、視線を一瞬床に移した時だった。
声がした。

「──……キミが一番厄介だ、だからキミから凍らせることにしよう!」

振りかざされる刃、迫る腕。咄嗟に受け身を構えたとき、横から何かが飛んできた。いや、突っ込んできたという方が正しかったのかもしれない。瞬きをするよりも早く、それは目の前のキュウムを蹴り飛ばす。

『……ロロにいたちは鎖を!アイツは、俺が止める……っ!』

肩で息をしながらも態勢を整えるセイロンを見る。強がってはいるけれど、セイロンもぎりぎりといったところだろう。かといって、いやここは俺が、と言ってもセイロンは下がらないに決まっている。
小さなその背に背を向けて、足にぐっと力を込める。

『任せたよ、セイロン』
『……うん』

小さな返事を背後で聞いて、思い切り地面を蹴り上げた。早く、早く。





「……、ひより、」
「──……、!」

その声に、俯いていた顔を上げると細められた瞳と目が合った。それが一瞬揺らいで、ゆっくりと身体を起こしはじめた。弾かれたように私とシキさんが支えると私の方をゆっくり向く。白い腕が伸びてきて、頬にそっと触れると私の目元を指先で優しく拭う。冷たい手と優しい眼差しに喉元がきゅっと締まる。

「せっかくひよりが来てくれたというのに、こんなに泣かせてしまうなんて、」
「マ、……マシロ、さん……」
「なんだい、ひより」
「貴方が、マシロさん、なんですよね……?」
「ああ、そうさ」
「……そっか、……そっかあ……っ!!」

ぼろっと。急に大粒の涙が溢れてきた。嬉しいからなのか、安心からなのか、それとも他の感情からなのか。自分でも分からないけれど、とにかく涙が止まらなかった。指先が冷えた手は未だ小刻みに震えていて、それでも目元を乱暴に拭う。

「もう大丈夫だから、どうか泣かないでおくれ」

困ったようにいうマシロさんの真っ白い毛先から水がぽたりと落ちるのを見る。美しいと思ってしまい、悲しくなる。縋るように指先で裾をそっと掴むと、柔らかく微笑んで腕を伸ばす。ゆっくり絡めとられるように懐に入ったとき、また涙が零れてしまった。

「お、驚かさないでください……!」
「はは、すまない。私は約束は破らないよ。……シキ、ここまでひよりを手伝ってくれてありがとう」

少しだけマシロさんの胸元から離れて顔を横に向けると、唇をきつく噛み締めているシキさんと目が合ってしまった。慌てて私に背中を向けて顔を隠すシキさんに、ふと可笑しくなってしまった。意外な一面を発見だ。

「もう大丈夫だね」
「はい、ありがとうございます」
「……なら、行こうか」
「そっ、その身体でどこへ行くというのですか!?」

私の頬を撫でてから、ふらつく身体を無理やり立たせようとするマシロさんに空かさずシキさんが言葉を投げる。私も慌てて立ち上がり、マシロさんを支えるシキさんの横に立った。

「マクロが、危ないんだ。行かなくては」
「マクロさんの方はロロたちがいるから大丈夫です。ですからマシロさんはまだここで、」

マシロさんが私を見る。青い瞳が私を捉えて、……前を向く。

「──……いや、」

その言葉に。
グレちゃんと顔を見合わせて、一歩大きく踏み出した。シキさんが私とグレちゃんを呼び止める声が、後ろから何度も聞こえてきていた。それでも私たちは、行かなくてはいけない。
マシロさんに、何が見えていたのかは分からない。それでも先ほどの言葉の続きは、なんとなく、良いものではないと感じてしまったのだ。



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