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「無駄話はここまで、終了。早くやらないとゲーチス様に怒られちゃう」
「……っひより!」
「──……、わかってる」

目を閉じて。深く吸い込んだ息を思い切り吐き出して。
まだ、信じたい気持ちは残っている。それでも今は、この時だけは。……割り切ろう。
今はなんとしてでも抑えなければNくんが危険だ。幸い、こちらは彼がどんな技を覚えていてどんな戦い方を好むのか大体把握している。一時でも彼のトレーナーだったのだ。これを基に戦えば、きっとこの状況はも打開できるだろう。

──……仲間ではなく、今だけは、敵と見なして。

「それじゃあN様、おやすみなさー」
「セイロン、はっけい!」

私の指示と同時に飛び跳ねて素早く技を繰り出す。が、身体を素早くひねって避ける彼を見て歯を食いしばる。セイロンのあの速さでも避けられてしまうのか。それでも、やっと彼とNくんの間に距離が開いた。その上セイロンが間に挟まっているこの状況。Nくんを運ぶのはグレちゃんに任せて、セイロンと一緒に対峙する。

「チビだから速いなあ。戦いにくいなあ」
『……お前、やっぱり嫌いだ』
「ありがとう!ワタクシもキミのこと……大嫌い、だよ」

ぞわり。思わず鳥肌が立つ。なんだろう、今までに感じたことのない全く違う雰囲気だ。……これが、本当の彼なのか?今まで私が知らなかっただけなのか?冷気と一緒に感じるプレッシャーに似た何かに腕を擦る。
瞬間、彼がナイフを素早くホルダーから引き抜いて手にとり、セイロン向かって一直線に走りだす。すでに態勢を低く構えているセイロンに向かって、慌てて指示を出す。

「波動弾っ!」

どおん。爆発音が、二か所同時に響いた。空間を揺らし、振動が身体の内側まで伝わってくる。
1つはここで、もう1つはトウヤくんの方から聞こえた。向こうのバトルも気になるけれど、今は目の前の相手に集中しなければ。……黒い煙で視界が悪くなっているが、波動弾は確実に当たったはず。あの距離ならば。

「……セイロン?」

間近にいたはずのセイロンの姿が見えないことに気が付いた。相変わらず視界は悪いが、それでも声は届くはず。目を凝らしてセイロンを探してみるが、見当たらない。だんだんと不安が膨らむ中。
──……急に、キンと空間が冷え込む。肌に鋭く突き刺さるような冷たさだ。これは、。

「お探しのものはこれですよねえ、ひよりちゃん?」
「セイ、……っ!?」

いつの間にか後ろにいた彼に片手で口を塞がれ、言葉が途中で途切れた。彼の片手には切り傷だらけのセイロンがぶら下げられている。本人は気を失っているのか目は閉じられていてピクリともしない。
一気に血の気が引いて力が抜けるが、とにかく早くセイロンをボールに戻さなければ。そのためにはまず私がボールを手に取らないと……っ!!

「もうちょっとチビの速さが遅ければもっと面白いことできたんだけどねえ残念残念……って、そんなに暴れないでよ疲れるじゃん」
「っんんー、!」

口を片手で塞がれた。冷たい指が頬に食い込み、そこからじわりと冷気が体内に入り込んでくるような、変な感覚がする。背筋がぞわぞわする。口元を覆う手を剥がそうと両手で手を掴んでみたけど、ビクともしない。決して私の力が弱すぎるわけではない。彼の力が、強すぎるのだ。

「あーあ。もう面倒くさいからチビも片付けちゃおっと」
「……!」
「ワタクシは優しいからね、お別れの挨拶させてあげる」

セイロンを掴んでいるもう片方の手を、私に見せつけるように手前に持ってくる。咄嗟に手を伸ばしてもその度に遠ざけられて、あと一歩のところで届かない。くすくすと楽しそうな笑い声が耳元で聞こえる中、息苦しさに喘ぐようにもがいていたとき。

ふと、手が離されて、後ろから気配が消えた。
あまりにも突然のことに前のめりになって倒れる寸前、前に現れた人物に受け止められた。驚きながらゆっくり顔をあげてみると、赤い瞳と視線が合う。

「大丈夫かぃ、嬢ちゃん」
「あ、……あーさん」
「悪ぃな、タイミングを見計らってたら遅くなっちまった」

軽々と横抱きにされてからその場を走り離れ、倒れた柱の陰に隠れるように入り込む。そこで降ろされ、改めて辺りを見回してハッとする。

「……セイロン、セイロンはっ!?」
「ロロとチョンが頑張ってくれているぜ。俺も行ってくるから、嬢ちゃんはここで待っててくれな」

足早に私に背を向けるあーさんの姿を見て。咄嗟に、服の裾を掴んでしまった。目を丸くして振り返るあーさんの顔を見て、自分の手を見て。

「……あーさん、」

思わず掴んで引きとめたのはいいものの、言葉が口から出てこない。
私はいったい何をいいたくて、何がしたくて、あーさんを引き留めたのか。自分自身でも理由が見当たらない。なのにまだ手はしっかりと服の裾を握っているし、情けないことに小刻みに指先が震えている。私、私は……。

「──……大丈夫だ!心配するこたぁ何もねぇ!」

急に目の前にしゃがむと、私の頭をがしがし撫でまわすあーさんに思わずびっくりして瞬きを何度も繰り返してしまった。いつも通りの荒々しい撫で方にやっぱり髪の毛がぐちゃぐちゃになったけれど、今はそれが妙に嬉しい。

「嬢ちゃんが不安なのはよぉく分かる。ここまでよく頑張ってきたって思いっきり褒めてやりてぇぐらいだ」
「……」
「でもな、今はそれができねぇ。……だから、"明日のお楽しみ"ってことだな」
「あした、……」

いつまでも髪を直さない私に見兼ねたのか、笑いながら髪を直してくれるあーさんを見る。
明日。明日を迎える未来が、もうあーさんには見えているのか。私には真っ暗で見えない未来が、彼には見えている。

「なぁに、ちょっとばかしいつもよりは時間はかかるが、今までだって大丈夫だったろぉ?」
「……うん、うん、」
「だから今も大丈夫だ!なぁ?」
「うん……っ!っ大丈夫、……!」

目元を拭って顔を上げ、両手であーさんの頭をぐしゃぐしゃにかき乱す。一瞬驚いたような表情をしてから、またすぐニッと笑って私の頭を優しく撫でる。

「嬢ちゃんにはやっぱり笑顔が一番似合うぜ」
「あーさんもね」
「へへっ、あんがとな」
「──……気を付けて、」

今度こそ、背を向けて走っていく。服を捕まえる手は伸びず、代わりに大きく振ってみせた。
そうして一度息を吸って、深く吐き出して。
……私がみんなのところへ行っても、足手まといになるだけだ。ならば今、私は何ができるのか。みんなのために、明日のために。一体、何をしたらいいんだろうか。





「ひより!」
「グレちゃん!」

辺りを警戒しながら戻ってきたグレちゃんも態勢を低くしながら影に入ると、私の隣に座って息を整えながら話し出す。Nくんは、トウヤくんたちの助けも借りてシキさんが教えてくれた抜け道まで避難させてくれたらしい。ひとまず何とかなったらしい。

「そっちからも何か爆発したような音が聞こえたが……」
「……セイロンが、捕まっちゃって。今、ロロとチョンとあーさんが戦ってくれてる」
「……そうか」
「トウヤくんたちもまだ戦ってるみたい、だね」
「ゲーチスだけでも厄介なのに、あの黒装束もいるからな。まだかかるだろう」

反対側、忙しく動くトウヤくんたちの戦いとは対照的にロロたちの方は少し前から均衡状態が続いている。さっき少しだけ様子を見たら、みんな立ち止まって何かを話しているようだった。この距離だと私の耳では何も聞こえなかったから分からないが、話せる状況ではあったらしい。いいのか、悪いのか。

「……、」

そんな私とは対照的に、グレちゃんには何か聞こえているらしい。眉間に皺を寄せながら、睨むようにみんながいる方向を見ている。

「どうしたの……?」
「ああ、今聞いた。キュウムが飛びぬけて強い理由が分かったんだ」
「……なんだったの?」
「──……アイツは、」



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