3



洞窟を抜けて険しい坂道を登りきったところに、それはあった。威厳を放つその場所に思わず固唾を飲む。……ここが、ポケモンリーグ。
ポケモンセンターで回復をして薬もたくさん買い込んでから中をどんどん進んでいく。自分だけの足音にどこか気持ちを張りつめている中、大きな広場に出た。その先には4つの長い階段があって、どれも先が全く見えない。広場の中心にある像には文字が刻まれている。四天王が何タイプのポケモンを使用するか書き記しているらしい。

「ゴースト、悪、エスパー、格闘か……相性的にはどれも対応できるね」
『ゴーストとエスパーは任せてよ』
「じゃあロロに任せる。それから……悪にはセイロン、格闘にはチョンだね」
『……頑張る』
『オレもがんばるー!』

セイロンとチョンのボールが揺れる。それ以上に揺れるボールがもう一つ。

『なぁ嬢ちゃん!?俺も戦えるよな!?な!?』
「もちろんあーさんとグレちゃんにも頑張ってもらうよ。キューたんは……」
『あっ、僕は大人しく待っているので』

キューたんが戦えれば安心して四天王にも挑めるけど、力が抑えられないまま出すわけにはいかない。思わず苦笑いしながら、しばらくボールの中で待っていてもらうことに対して謝ると小さくボールがかたりと揺れた。

『で、どこから行くんだ?』
「まずはエスパー行こうかな。それから格闘、悪、最後にゴーストで」
『主戦力がロロのところを最初と最後にするってことか』
「そんなところかな。どう思う?」
『いいんじゃないか』

グレちゃんから承諾を得たところで、早速向かうは北東の階段。
……カツン、カツンと私の足音だけが暗闇に響く。瞬間、ふわり身体が浮いたと思うとゆっくり上に上がって行った。とあるフロアに着いてすぐ。目の前、高い天井から吊り下げられていたカーテンが開き、綺麗な女の人が欠伸をしながらベッドから降りてきて私を見る。

「アタクシの眠りをさまたげる野暮なトレーナーさんは貴方ね……」
「起こしてしまってごめんなさい。バトル、お願いします」
「……いいわ、始めましょう。素敵な時間が始まりそうで何だかワクワクしてきちゃう」

微笑む女の人を見ながら、腰のボールに手を伸ばした。まずは1戦。ここでばっちり決めなくては。





「チョン、エアスラッシュで終わりだよ!」
「……流石だな!」

ナゲキが膝をつき、それから鈍い音を立てて倒れた。同時にチョンも地面にふらり舞い降る。何とか立っている状態、だ。とにかく危なかった。
やっぱり四天王は今までのトレーナーたちとは明らかにレベルが違う。さっき戦った女の人……カトレアさんとのバトルではロロが活躍して勝てたものの、余裕なんて全く無かった。そして今は格闘ポケモンの使い手、レンブさんとのバトルをやっと終えたところだ。とにかく高い防御にずば抜けた攻撃力……できればもう戦いたくない相手だ。

「たくましき挑戦者よ、他の四天王は遥かに手強い……ゆめゆめ侮るなよ!」

その言葉に大きく頷いてワープ地点に乗る。気づけば、また広場に戻ってきていた。カトレアさんのときもワープを使ったけれど、やっぱり不思議な感覚だ。
……さて。やっと半分終わって残りは悪とゴーストタイプ。チョンに傷薬をかけながら、ここに入る前に門番らしき人に言われた言葉を思い出していた。

「一度でも負けると最初からやり直しって……厳しいなあ」
『はっ、勝てばいいだけだろーが』
「この口調は……俺様さんですね」
『なんだ小娘、その嫌そうな言い方は』

さっきまで一人称が僕だったから大丈夫かな、なんて思っていたけど甘かった。でも、何だか久しぶりの俺様さんだ。黒いボールを掴んで目の前まで持ってきてからじっと見ると手の中で少し揺れる。

「キューたん、」
『言われねえでも分かってらあ。めんどくせえから出ねえよ』
「ううん、ソウリュウジムのときはありがとう」
『……は、?』
「結果はああなっちゃったけど、手助けしてくれようとしたんだよね。だから、ありがとう」
『…………』

待てども待てども……反応なし。まあ分かってたから別にいいけれど。でもずっとお礼を言えてなかったし、今言えてよかった。
ボールを腰に戻して立ち上がり、バッグを肩にかけ直す。さあ、次は北西の階段だ。

「やれやれ……今日はどういう日なのかな?続けざまに挑戦者がやってくるとは」

どことなく擬人化したときのロロと雰囲気が似ているのは気のせいか。一旦彼の容姿については置いておいて、今の言葉は少し気になる。私の前に、誰か別の人が挑戦していたという事実。……知っている人で思い当たるとすれば、トウヤくんと……Nくんか。

「まあいいさ。四天王ギーマ、その役割に従いお相手するまで」

もしもNくんだった場合を考えると、私は何としても一回で四天王を勝ちぬかないとならない。位置につき、セイロンのボールを握って宙に投げた。ゴールはもう、すぐそこまで来ている。


──……


「どんなに美しくても負けは負け、どんなに無様でも勝ちは勝ちだ。さあ、次に進むがいい」
「ありがとうございました」

再びワープしてきて広場に戻ってきた。さっきと同じく今度はセイロンに傷薬を使う。ギーマさんは多彩な技を使ってきて手こずってしまった。何はともあれ、勝つことができたから一安心。

「……いよいよ、最後の四天王だ」

南西の階段を上ればそこは真っ暗。思わず足が竦む。
今までのバトルフィールドも各々が使用するタイプをモチーフにしていたから、ここはゴーストタイプをモチーフにしたところだというのは分かってはいたけれど。ああ、嫌な予感しかしない。

「み……見えない……っ!!」
「あっ、そこで待っていてください!」

暗闇の中、女の人の声が聞こえた。ホラー系ではなく、ちゃんとした系の声。だったのに。……どこからともなく青いものが、ふよふよと、私のところに……、

「ひいっ……火の玉ああー!?」
「大丈夫ですから!ちょっと我慢してください!」

そんなこと言われても怖いものは怖いんだ!
仕方なく目を思い切り瞑ると、またしても浮遊感。なんだ、何が起こっているのか分からないけれど分かりたくもない。絶対に目を開けるものかと心の中で何度もつぶやきながら時間が過ぎるのをひたすら待っていた。

「はい、もう平気ですよ」
「……こ、こんにちは」

にっこり笑顔で私を見る女の人。カトレアさんのときと同じように、どうやら上まで来たらしい。……どうやって来たのかは知りたくもない。見れば、床には文字がびっしり書かれた紙が何枚も散らばっている。これはいったい、なんだろう。

「『その男、瞳に暗き炎をたたえ、ただひとつの正義をなすため自分以外のすべてを拒む』」
「……え?」
「いま読んだのはアタシの小説なんです。……先ほどの挑戦者を題材にしてみたのですが、なんだか悲しくなっちゃいました」

苦笑いする彼女を見ていると「ごめんなさい」と謝ってボールを握る。
私……分かっちゃったかも。ギーマさんも私の前に挑戦者が来たと言っていた。そして今の彼女の文……どう考えてもトウヤくんではない。だとすると……、

「ゴーストポケモン使いの四天王シキミ、お相手いたします!」

もう、彼しかいないじゃないか。





「……うわあ、アタシ唖然茫然しちゃってます」

バトルフィールドから戻ってきたロロを撫でながら、シキミさんに頭を下げる。
──……勝った。全く実感がないけれど、四天王すべてに勝てたんだ。ついに、ここまで来た。

「あの……挑戦者の方。ポケモンリーグは四天王全員に勝てばチャンピオンの部屋に行けるんです」
「……ということは、」
「はい!アナタはその資格を得ましたよ。中央の広場に戻って像を調べてくださいね」

手を振るシキミさんに振り返しながら、ワープ地点へ。そうして広場に戻り、言われた通りに像を調べてみた。触れると電子画面が浮かび上がり、「その場でしばらくお待ちください」の文字。素直に従い待っていると、急に足元からガコン!と何かが外れる音がした。と同時に床がずれて、そのままゆっくり降下していくではないか。驚きと一緒に緊張も高まり、心臓の音が全身に響き渡る。

「……ここは、」

床が止まり、ゆっくり周りを見渡してみると何もない広い場所。その先にはすごく長い階段がある。……数えきれない段数だ。そして階段を上った先にはどこか神殿に似た造りの建物がある。

「立派だなあ……流石チャンピオンのいるとこって感じ」

辺りを見回しながら階段を順調に上って行き、だいぶ建物の大きさも見上げるぐらいまで来たときだった。
ドォン。中から爆発音が聞こえた。一体何が起こったのか。慌てて残りの階段を駆け上がり、走って建物に入ってみたものの目の前は土埃と煙で辺りが霞んでいてよく見えない。

「…………」

次第に見えたその先。ふと、誰かが息を飲むのが聞こえた。
ぼんやりと浮かび上がる黄緑色と黒い巨体。その向こう、床に伏す一体のポケモン。
まさに今、ひとつのバトルが終わりを迎えた瞬間だった。

「……N、くん、」
「ああ、ひよりも来たんだね。見て、終わったんだよ」
「終わった……?」

言葉を繰り返す私の横、トウヤくんが隣に立つ。どうしてここにいるのか。不思議に思ったが、もしかすると私より先に四天王たちとのバトルを終えていたのかもしれない。一度二人で顔を見合わせてから、Nくんに視線を向ける。

「……もうポケモンを傷つけることも、縛りつけることもなくなるんだ。ボクはチャンピオンよりも遥かに強いトレーナーとしてイッシュに号令をかける。"全てのトレーナーよ、ポケモンを解き放て"、と!」

両腕を広げながら達成感から笑みを浮かべている彼の姿を見る。……その後ろ、付き従うように佇んでいるゼクロム、マクロさんの表情は伺えない。

「ひより、キミには失望したよ」
「……え?」
「レシラムは捕まってなんかいなかった。そのライトストーンで、今もなお眠っているんだ」
「!?そっ、そんなはず……っ!」

そんなはずはない。
シキさんもマシロさんが捕まっているのは確かだと言っていたし、ゲーチスさん本人も言っていた。それにマクロさんだってリュウラセンの塔の後、!

「マクロさんも、マシロさんの声を聴きましたよね!?」
『覚えがありませんね。貴女が何をお考えかは知りませんが、兄さんを巻き込むなんて許せません』
『……っ危ない!』

声が聞こえたと同時に、ボールからグレちゃんが出てきて私を後ろに押し倒した。
瞬間。バチバチィ!と激しい雷撃がグレちゃんに当たった。特性が避雷針だから心配はないものの、もしグレちゃんが出てきてくれなかったらこの雷撃を受けるのは当然私だったのだ。

「……どう、なってるの……!?」
「マクロ、続きは後で。もっとふさわしい場所があるだろう」
『……仕方ありませんね』
「さあひより、今こそキミの願いを叶えてあげるよ。……地より出でよ!」

Nくんの言葉に後ろへ下がるマクロさんと同時ぐらいか。突如、腹に響くような重い地響きが聞こえてきた。だんだんと地面が大きく揺れはじめ、天井からぱらぱらと破片が落ちてくる。
慌てて飛び起きた私はグレちゃんと一緒に外へ向かう。すでに外に避難していたアデクさんとトウヤくんの横へ、息を切らしながら並ぶと、二人は上を見上げていた。つられて私も視線を向けて、驚く。
──……リーグを囲むように佇んでいる、先ほどまでなかった巨大な城。

『ひより、……もしかして、これが、』
「……Nくんの、城」

想像していた以上に大きい。Nくんの城は、堂々と高くそびえている。まるで皆にその姿を突き付けているような城だと思った。そうして一度止まったと思った地響きがまた鳴りだしたと思うと、今度は城から沢山の階段が出てきてポケモンリーグ全体に突き刺さる。侵入されたという表現が正しいのかもしれない。

「ひより、これでキミの望みは叶った。好きに城へ行くがいい。……そしてトウヤ。ボクとキミ、どちらの想いが強いか城で決めようじゃないか」
「俺はポケモンと人を切り離すなんてさせない!」
「先に行って、キミを待っているよ」

マクロさんの翼が羽ばたく。その背に乗ったNくんは、言葉を残して城まで飛んでいってしまった。それに続いてトウヤくんも「俺も先に行ってるよ!」と階段めがけて駆け出した。

「……気をつけるんだぞ」
「はい」

残ったアデクさんに向かって大きく頷き、……私も階段へと走ってゆく。アデクさんなら一人でも大丈夫だろう。だって彼は、チャンピオンなのだから。

グレちゃんの後ろを走って、階段をなるべく早く上って行く。
そんな中、やはり引っかかる点はNくんとマクロさんの二人の様子が以前会ったときと明らかに違うことだ。

「グレちゃんさっきはありがとう。ねえ、Nくんたち、」
『ああ、様子がおかしかった』
「全部忘れているみたいだった。……そんなの有り得ないのに」

いったい何がどうなっているのか。分からないが、とにかく今は進むしかない。走るしかない。
上まで伸びる階段を上り終えた頃には、下を見るのが恐ろしくなるぐらいの高さで思わず足が竦む。それでも何とかゆっくり一段一段、慎重に足を運んで城に入ると。

「──……ひより!アンタもここに来てたのかい!」
「あっ、アロエさん!?」

ムーランドに指示を出しながら私のところまで駆け寄って来てくれたアロエさんに驚きの声が出る。それよりも驚きなのが、なんとこの場所、……アロエさん含めて他の各街のジムリーダーたちが揃いも揃って、七賢人たちとの激しいバトルを繰り広げていたのだ。
あの城が姿を現してからそう時間は経っていないのに、。……アデクさんが、連絡を入れてくれていたのか。

「ここはアタシたちに任せてアンタも先に行きな!トウヤは先に行っているよ」
「は、はいっ!ありがとうございます!」
「しっかりしなよ!女は度胸さ!」

アロエさんに背中を押されて、私も先を進む。ジムリーダーたちの方が数も多いし、何より各々が確かな強さを持っている。私が心配をする必要はなさそうだ。

「……そろそろいいかな……」

階段を上り終えてから壁際に寄って、後ろから誰も来ないのを確認する。そうしてシキさんから貰った地図を広げてみたものの、まず今自分がどこにいるのかさっぱり分からない。特に何も目印になるものが無いからだ。ど……どうしよう。

「貸してみろ」
「あれ、グレちゃんいつの間に擬人化……」

私の言葉を無視して地図を手にとると、くるくると回したり辺りを見回したり。……まさか、分かっちゃったりしちゃう……?

「……分からないな」
「だよねー」

流石のグレちゃんもお手上げのようだ。だってそう、ここが何階かすら分からない。
私が目指すのはマシロさんがいるという研究室だ。場所は地図の右上の方に書かれているから、進む方向は右だろう。とにかく右、右!そして上!

「行くよグレちゃん。分からなくても、進めるだけ進んでみよう」
「……不安だな」
「大丈夫!きっと行けるよ」
「やれやれ。……その言葉、信じるぞ」
「任せなさい」

自信満々に言いきって、あからさまに信じていないような表情をしているグレちゃんと一緒に歩き出す。慎重に進んでいくが、どこに行っても生き物の気配はなかった。

そうしてどれほど歩いただろうか。……なんと、適当に歩いてきたにも関わらず、唯一の目印である道の横を水が流れている階まで来ることができたのだ。道の先、水が勢いよく流れ落ちている音が聞こえる。小さな滝でもあるのだろうか。
──……そして今、目の前にあるこの部屋が、研究室だと地図には書いてある。

「……俺が先に入る。いいな?」
「ゆっくりね……」
「分かってる」

二人して固唾を飲んで、ドアノブに手をかける。それからゆっくり回すと、キィ、と甲高い音が鳴った。一度扉から慌てて離れて壁の影に隠れてみたが、誰も出てくる様子はない。

今一度扉に近づいて、少しだけ開く。隙間から眺めた中は真っ暗で、やはり人の気配もない。確認したところで大きく扉をゆっくり開き、グレちゃんに続いて中へ入った。緑色の蛍光ランプがぼんやりと灯り、つけっぱなしの無数のコンピューターは誰も操作をしていないのに謎の数字を永遠と打ち流している。そして床には沢山のカラフルな配線。
──……不気味。その一言に尽きる。

「……大丈夫だ。俺がいる」

いつの間にか、つい握りしめていたグレちゃんの手に力が込められた。向けられた青い瞳に無言でこくりと頷いて、手を握りしめたまま、そのまま奥まで進んでみる。
妙に自分の足音が響くように聞こえる。水泡の音があちこちから聞こえてくる。ずっとここにいたら気分が悪くなりそうだ。どこか嫌な雰囲気のある空間だと思う。

「また扉……」
「行くぞ」

今度はさっきよりも分厚い扉だ。取っ手に手を置き、体重をかけながらグレちゃんが扉を開ける。
──……そこには広い空間が広がっていて、中央には巨大な水槽のようなものがあった。しかし中には何もいない。上に被さっていたであろう蓋は、床にひっくり返ったまま置いてある。蓋から沢山伸びている色とりどりの配線はどれもこれも千切られていた。……いや、これは、。

「ひより、これを見てみろ」

机の上にあった紙を素早く手に取り私に渡す。
タイトルは、──……「レシラムについて」。

「『禁止ワード』……なんだろうこれ」
「他のメモもあるな。『脳波を基に思考を解析し、何を伝えていたかを記録する』」
「これ、シキさんが言ってたやつ……かな」
「そうみたいだな」

マウスを握り、コンピューターを操作する。他にも何か手がかりになるようなものはないか適当にフォルダを展開していると、急に画面が真っ暗になって思わず身体が飛び跳ねて声が漏れた。私の声に驚いたのか、メモを見ていたグレちゃんも目を見開いて視線を移す。
ふと、カーソルが勝手に動き出したと思ったらなんと次の瞬間には真上から見た私たちが映っていた。それに戦っているジムリーダーたちやアデクさんの姿まで映っている。

「……最初から全部見られていたんだな」

そのまま見ていると、再び画面が切り替わって地図が出てきた。立体的な赤い矢印がこの部屋から伸び、それは上に向かっていく。

「……ここに来いって、言ってるのかな」
「罠かも知れないが、行くしかないな」
「うん」

メモをポケットに入れて、入り口に向かう。気味の悪いここから早く出よう。その気持ちからか、自然と足早になっていた。向かうは上の階。
……このとき私は、いや、みんなですらあまりの速さに気づくことができなかったのだ。
彼が、ボールから出ていたことを。



prev
next

- ナノ -