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天気は曇り。日差しが無いぶん暑さには困らなくていい、とポジティブに考えてみる。
ソウリュウシティの北にあるゲートを抜けたところ。早朝に関わらず草むらをガサガサ歩いて野生のポケモンと戦っているトレーナーがあちこちにいる。

「"腕自慢が集い競い合うバッジチェックの門に続く道"、か」

タウンマップに書かれているとおり、どのトレーナーも強いということが雰囲気からして何となく感じ取れる。そして、ここに生息している野生ポケモンも相当なレベルだということも。

「みんな、よろしく頼むよ」

腰に綺麗に並ぶ6個のボールを順々に撫でれば、かたり小さく揺れたり「俺に任せろぉ!」なんて威勢のいい声が聞こえたり。……まずはここで、強くなろう。経験を積んで、少しでも多く力を付けなければ。

「そこのトレーナーさん、俺と戦おうぜ!」
「はい、よろしくお願いします!」

それから、ポケモンリーグへ。
待っていてください、マシロさん。そして、





「ひよりー!おーい!」
「……ベルちゃん?」

手強いトレーナーたちと何度戦ったことか。あんなにたくさん持ってきていた回復薬も目に見えて分かるほどに減っていた。
そうしてバッグの中身を見た後に呼ばれた声で顔をあげると、少し先の方でベルちゃんがこちらに向かって手を振っていた。その隣にはチェレンくんの姿もある。そして奥には立派な門が待ち構えていた。てっぺんにはドラゴンポケモンを模った飾りが付いている。

駆け足気味に近寄ると、チェレンくんが一歩前に歩み出る。……手には、モンスターボールが握られていた。

「ひより、僕とバトルしてくれ。……確かめたいんだ。君がどれだけ強いかを」
「受けて立つよ、チェレンくん」

チェレンくんの強さは古代の城で一緒に戦ったから分かる。ずっと探していた強さが何なのか、という答えも見つけたチェレンくんはあれから少ししか経っていないけど確実に成長しているはずだ。けっして、一筋縄ではいかないだろう。

「審判はベル、君に頼むよ」
「うんっ、任せて!」
「ひより、準備はいいかい?」

ボールを握ってチェレンくんに頷く。
私だって成長したつもりだ。……実はこっそり夜中に色々戦い方やら作戦やら考えたり、筋トレだってしていた。私だけじゃない。みんなもポケモンセンター内部にあるバトルフィールドを使って、暇さえあれば特訓をしていたことを私はちゃんと知ってる。

「それじゃあ、バトルはじめ!」

ここまでたどり着いたトレーナーならば、みんながみんなすでに大変な努力をしている。
勝利とは。誰とも比べられない努力と、少しの運、そして、"負けない"という気持ちから成り立っている。

だから、気持ちだけでも負けないように。全力を、ここで。

──……


「……すごいね君は。素直にそう思うよ」

チェレンくんから回復の薬を受け取る。
結果を言うと、私の勝利で終わった。しかし、もちろん余裕の勝利ではない。最後の最後までどちらが勝つか分からない、つり合いかけた天秤のような状態が続いていた。すごくいい勝負だったと自信を持って言える。

「今のぼくではひより、君に敵わない。でもこれから先、何か助けてあげら、」
「はいチェレン、すこしは笑おうよ!」

話の途中。ベルちゃんが後ろからチェレンくんの両頬を掴んで、ぐいっと上にあげた。それがまた面白くて、でも笑うのはチェレンくんに失礼だから口を押さえて顔を背けると「こんな時に君は!」なんてすぐさま怒声が聞こえてくる。

「深刻な顔するだけじゃ何にも変わらない、そうでしょう?」

にこり微笑むベルちゃん。チェレンくんだけじゃない、きっと私も励ましてくれているんだろう。さっきのチェレンくんの顔だけでも明るい気分になれたけれど、さらに気持ちが湧きあがる。

「ベルちゃんの言うとおりだね、ね、チェレンくん」
「……そうだな」

チェレンくんが困ったように笑うのを見ていると、ベルちゃんから「はいこれ!」と大量の食料と木の実が入った袋を差し出された。これには流石に一度遠慮をしたけれど、そのあと強引に渡されたから素直にお礼を言う。

「僕はアデクさんや、君になにかあったとき助けられるようになるよ。そのために強くなる。……だから、無理するな」
「ありがとう、チェレンくん」

くるりと背を向けるチェレンくんに手を振る。
久しぶりに会ったし、もう少しお話したいと思っていたんだけどなあ。、ついぽろっと言葉をこぼすとベルちゃんがニシシと笑う。

「照れてるんだよ、きっと」
「そうかなあ」
「そうだよお」

二人で怪しく笑ってから、ゆっくり向かい合って手を握る。ベルちゃんの手はいつも柔らかくて暖かい。

「ひより、あたしもあたしにできることするよ。だから……えーっと……、こういうときチェレンみたいにかっこいいこと言えたらいいんだけどな……」
「ベルちゃんは可愛いから、それだけで十分だよ」
「なにそれえ」

面白そうに口元を緩めるベルちゃんを見ながら、私も言ってからちょっと可笑しかったかな、なんて思ったり。
気を取り直して、もう一度。

「お互い頑張ろうね、ひより」
「うん」





すごく心臓が高鳴っていることが自分でも分かる。
どくんどくん、と脈打つ音を聞きながら大きな門をくぐれば、また別の門が見えた。そこには男の人が立っていて、私を品定めするかのように眺めて声を張り上げる。

「待てい!この閉ざされた門を開くカギはトライバッジ!見せて頂こう!」

言われてトライバッジを取り出す。あれからそんなに経っていないはずだけど、なんだかすごく昔のように感じてしまった。……これはサンヨウシティでデントさん、コーンさん、ポッドさんから受け取ったもの。ここに来る前に森で目覚めて、グレちゃんと出会った。そしてトウヤくんと友達になって、ロロが仲間に入った。マシロさんと話をしたのも確かこの時だ。

「トライバッジを持つ者よ!いかなるときも挑戦せよ!」

言葉と共にゆっくり門が開いた。それをくぐればまた別の門。

「待てい!この閉ざされた門を開くカギはベーシックバッジ!」

これはシッポウシティでアロエさんから受け取ったもの。ここに来るまでにチョンと出会ってそれからチェレンくんとベルちゃんとも仲良くなったんだっけ。そしてNくんと初めて話したのは、この街。セイロンと出会ったのもこの先のヤグルマの森だ。出会いが沢山のところだった。

「待てい!この閉ざされた門を開くカギはビートルバッジ!」

これはヒウンシティでアーティさんから受け取ったもの。この街からリバティーガーデンへ行って、ティーと出会った。今頃何をしているんだろう。ああ……ゲーチスさんと出会ったり、Kと戦ったのは苦い思い出だ。

「待てい!この閉ざされた門を開くカギはボルトバッジ!」

これはライモンシティでカミツレさんから受け取ったもの。ここのポケモンセンターではあーさんがお世話になったり、グレちゃんとあーさんのバトルという名の喧嘩が見れたり。それからマクロさんと戦ったりもした。

「待てい!この閉ざされた門を開くカギはクエイクバッジ!」

これはホドモエシティでヤーコンさんから受け取ったもの。アデクさんと会ったり、チェレンくんトウヤくんとプラズマ団を探した。冷凍コンテナはすごく寒かった。ここのポケモンセンターでライさんと会って、サザナミタウンに飛んだんだ。そしてちょっぴり寂しいティーとのお別れもあって。

「待てい!この閉ざされた門を開くカギはジェットバッジ!」

これはフキヨセシティでフウロさんから受け取ったもの。ここはグレちゃんがあのゼブライカたちと決着をつけ、タワーオブヘブンで鐘を鳴らしたあとに来たところだ。それからキューたんと最悪の出会いをした街でもある。

「待てい!この閉ざされた門を開くカギはアイシクルバッジ!」

これはセッカシティでハチクさんから受け取ったもの。キューたんと一悶着があって、なんだかんだで仲間入りしたんだった。みんなぎくしゃくしていたけど、今ではそれも大分無くなってきている。私としては嬉しい限りだ。

「待てい!この閉ざされた門を開くカギはレジェンドバッジ!」

そしてこれはソウリュウシティでシャガさんから受け取ったもの。ここに来る前にあーさんの故郷とも呼べる綺麗な湖に立ち寄った。青いバスラオさんや、それからシキさん、沢山の野生ポケモンと出会った。そしてリュウラセンの塔でのNくん、マクロさんとのやりとり。古代の城でのゲーチスさんとの会話。……そしてジムでのキューたんの暴走。怒濤の日々だった。

「レジェンドバッジを持つ者よ!この先のチャンピオンロードを突破し、ポケモンリーグに向かいそなたの存在感を示せ!」

楽しい思い出や悲しい思い出、そして沢山の出会いと別れを繰り返して、たどり着いた今。
色んな人に支えられて、助けられて、やっとここまで来れた。私1人ではたどり着けなかったと、心の底からそう思う。

『子猫ちゃんのために頑張っちゃうんだから』
『オレもがんばるよー!』
『……みんないるから、大丈夫』
『いよいよだなぁ、嬢ちゃん』

『行こう、ひより』
「──……うん」

両端にそびえ立つ柱を通り抜けて、門の前に立つ。
この先はどうなるのか、予想も出来ない不安の道。それでもみんなが、仲間がいてくれるから私は進む。真っ直ぐに、進むんだ。

ひょっとすると旅の終わりの、そして運命の一歩を踏み出した。





『はあっ……はあっ……』

森を走る。
早く、早く、オレが知った全てを彼女に伝えなくては。あの人が全てを託した彼女に。

『もっと早くに調べるべきだった……!』

調べ始めたのは彼女と別れてしばらく経ったあと。もっと早く調べていれば、そう何度も思った。……それぐらい、あのポケモンは厄介な存在だった。

『どこだ……どこにいるんだ……!?』

きっとこれを彼女に伝えれば、嘘だと言って信じないか、もしくは信じて絶望するか。どちらにせよ、心をひどく傷つけてしまうことには違いない。
それでもオレは真実を伝えなければいけない。

『どこかで見たことあるとは思ったが、』

まさか、あの場所で見たことがあるなんて思いもしなかった。ああ、願わくばオレの思い違いであってほしい。そうでなければ彼女が、それから旦那たちも危ない。

『間に合ってくれ……っ』

雲行きの怪しい空の下、全速力で森を駆け抜ける。どうか、どうか。
──……改造されたキュレムが、彼女たちを食い殺してしまわぬように。




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