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「……なあにしてんだ、小娘」

まるで昨夜と立場が逆だ。
あれからしばらく経ったがまだ電気が付いていた。どうも気になって来てみれば、昨夜の俺様みたいにソファでぼんやりしてやがる。めんどくさいが声をかけてしまった以上、一言二言交わすべきか。片手で髪をかき乱しながら近づくと、ボケっとした表情でこちらを見てきた。

「キューたん」
「んだよ」
「もう勝手に出てきて戦っちゃだめだよ」
「うっせー指図すんな」
「……でも、ありがとね」
「…………」

他に音が聞こえないからなのか、やけによく言葉が聞こえる。ふっと視線を外してソファの端に座って背を向けた。……別に。話すことも特にないが、小娘が動く様子がないから仕方なく座っただけだ。そこに何の意味もない。

「キューたんはさ。私、これからどうなると思う?」
「知らねえしどうでもいい」
「あはは、だよね。……ごめん。ふと不安になっちゃって」
「……」

小娘がどうなるのか。はっきりとは言えないが、予想はできている。
──……言ってしまおうか。一瞬でも迷ったからこそ、自身の中で言葉が響く。
やっと、"その存在"の端を掴んだ。
意識をそっちに集中させるが、尻尾を掴む前に逃げられてしまった。心の中で舌打ちをしてから再び現実に意識を戻す。

「……うん、まあ、なるようになるさ!」

スッと立ち上がり、「おやすみ」なんて部屋へ足を運ぶ姿を目の端で捉えた。
……それを見た瞬間に身体が動いて、気づいたら手首を掴んで引き留めていた。ひどく驚いた表情を向けられてからやっと気付く。素早く離すが、立ち止まった足は動かない。

「どうしたの?」
「……その、なんだ……あれだ、」
「?」

違う。こんなの俺様じゃない。これは絶対、確実にアイツの影響だ。
引きとめてしまった以上、必死に言葉を探して、言葉を吐きだす。

「……俺様は後悔するなんてまっぴらだからな。他人がどうであれしたいようにする」
「他人がどうであれっていうのはどうかと思うけど……私も、後悔はしたくないな」
「なら、もう寝ろ。電気が気になって眠れねえんだよブス」
「ぶっ……!?」

またクッションが飛んできたからふつうに避けると、あからさまに気に食わないという表情を見せてきた。ニヤリと笑ってみせれば、あきらめたように一つ小さくため息を吐いてからこっちを見て。

「ありがとね」
「あ?何がだよ」
「今の、キューたんなりに励ましてくれたんでしょう。だから、ありがとう」

別に励ましたつもりはこれっぽっちもないが。もう反論する気もなく、そのまま背中を向けて部屋を出た。
今まで散々、化け物だのなんだのと恐れられたのに、……いまさら、"ありがとう"、なんて。

「…………チッ」

まったく、反吐が出る。





「おいこらてめえ」
「なっ、なに!?」
「なにじゃねえ、ぶっ殺すぞ」

帰ってくるや否や、胸倉を掴まれて怒鳴られた。
ひよりさんと何かあったのだろうか。いつもより迫力がないのは気のせいではないと思う。もう1人の僕は言葉では恐ろしいことを言うけど実際はそこまでしないのは分かっている。……とはいっても、近いことはするから恐ろしいことに変わりはないのだけれど。

「……そうだ」
「え、え?」
「一応確認するが。……さっきの声、お前じゃねえよな」
「ぼ、僕?え、?な、なんのこと?」
「……」

手を離すと軽く咳き込んでその場に座り込んだ。
やっぱりコイツじゃねえ。そりゃなんとなくそうだろうとは思っていたが、だとすると、さっき一瞬聞こえたのは誰の声なんだ。

「ここには俺様と、てめえしかいない」
「う、うん」
「他のヤツは入ってこれねえ」
「そうだね……?」

なんだか彼の様子がおかしい。
僕の言葉を聞いてすぐ、何かを考えるように黙り込んだ。こんなこと滅多にない。何か、内側がゾワゾワした。

「何か……聞こえたの、?」
「……教えてやってもいい」

こいつに言ったところで何も分かりはしねえが、考えるのは苦手だ。どうせならこいつにも教えて俺様の代わりに考えさせてやろう。

「さっき。小娘に本当のことを言おうかどうか迷った」
「え、えっ!本当!?」
「その顔気持ち悪いからやめろ。……いいか、よおく聞けよ」

僕の影響を受けて彼も変わりはじめているのはすごく嬉しい。このままいけば作戦もうまくいきそうだと思っていた。
けれど、その言葉を聞いて一気に不安になってしまった。
僕じゃない、彼でもない。……なら一体誰が、そんなことを言ったんだろう。

「"言ったら殺す"、そう言いやがった。チッ……胸くそ悪いぜ」



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