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「おじーちゃん……オノノクス、だいじょーぶ?」
「ああ。明日には戻ってくるから心配しないでも平気さ。……それにしても、」

彼女のあのポケモンは、一体なんなんだ。結局分からず仕舞いだったが、オノノクスが戻ってくれば少しは分かることだろう。
久方ぶりに肝を冷やしたが、蓋を開けてみれば致命傷は一つもなかった。すべてが急所を外していたのだ。あえて外していたとしたら、あのポケモンは相当の……。

「ひよりおねーちゃんもだいじょーぶかな……」
「あのポケモンは彼女の手に余る。いや……、誰の手にも余るだろう」

ジムリーダーの私でさえ止めることができなかったというのに、あんなに小さな彼女をそれを止めてしまったのだ。どこにその勇気があったのか。いいや、勇気というよりもトレーナーとしての義務感からだったのか。どちらにせよ、彼女はあの場を治めた。だからこそバッジを渡した。
……私は、懸けてみたいのだ。

「アイリス、今日はもう遅い。寝なさい」
「はーい」

もしも。あの凶暴なポケモンと心を通わすことができたなら、……彼女は強大な力を手にすることができるだろう。それでも演説を行っていたゲーチスという男のようにはならないと確信している。
彼女なら、きっと私が求めている明るい未来をみせてくれるトレーナーになってくれるだろう。

「君と出会い、戦えたこと……感謝する」

あのときかけてあげるべき言葉は、誰にも届かず宙に浮いて消えてゆく。





「……アイツをここに置いておくべきじゃない!アイツがいるからひよりが……!」
「しーっ!セイロン、シーっ、だよー……!」
「そうだぜぇ。嬢ちゃんが起きちまう」
「……でも、」

隣の部屋からぼんやり声が聞こえてくる。
……なんで私はベッドに寝ているんだ。──……ああそっか、ポケモンセンターに入ったとき、眩暈でぶっ倒れたんだっけ。またみんなを心配させてしまったかな。

「……ひよりちゃん」
「……ロロ、」
「気分はどう?大丈夫?」

静かに扉を開けて入ってくるロロが心配そうな表情で私を見ていた。布団を半分被ったままゆっくり頷いて見せると「よかった」と息を吐く。その後ろ、グレちゃんもやってきてロロと同じく一息吐く。

「お前な、辛かったら辛いって言ってくれよ。倒れるまで黙ってんじゃ……」
「はいはいグレちゃんストップ。それはひよりちゃんが元気になってから言おうね」
「……」

ロロの言葉にばつが悪そうに口を閉じると、グレちゃんは部屋を静かに出ていった。そうして私とロロの2人きりになる。しん、とした部屋に隣からみんなの声がぼんやり聞こえてくる。

「ひよりちゃんの眩暈、精神的なものから来たやつだってさ。……気付けなくてごめんね」
「ううん」

私自身、そんなに負担がかかってるとは思ってなかったのだから、謝られるなんてとんでもない。
やっぱり、極めつけは今日のジム戦かもしれない。キューたんをあのまま戦わせたのは間違いだった。すぐに私がボールに戻せば、シャガさんのオノノクスもあんなにはならなかったのに。

「今日はゆっくり休んで」
「……ありがと」

私の頭を優しく撫でてから、次いでロロも部屋を出ていく。それを見届けてから、布団の中へ潜りこむ。
……情けない。こんなことで倒れている暇なんてないのに。
まず、私がすべきことはなんだろう。考えて、真っ先に思いついたのは……キューたんと話をすること。あ、ああ。気が重い。
一人、ベッドの中で唸りながら瞼をゆっくり降ろした。とりあえず今はきちんと休んで、それからやるべきことをやろう。





「ごめんなさいごめんなさいいい!」

昼寝ならぬ夕寝から起きて部屋の扉を開けた瞬間。真っ先にキューたんが私の目の前で土下座を披露してきた。またしてもごんごん頭を床に打ちつけて涙目で謝っている。……これはこれで、なんと言ったらいいのか分からない。
とりあえずキューたんの前にしゃがんで肩とつつくと、泣き顔が上を向く。

「気にしないで。それよりさ、聞きたいことがあるんだけど」
「え、えと、は、はい、僕に答えられることであれば、何でも答えます」

キューたんを立たせて手を引きながら一緒にソファに座る。セイロンとチョンの姿は見えない。二人はもうすでに限界を超えて寝落ちしてしまったようだ。とりあえず残っている夜更かし組でキューたんと私の周りを固めて話を聞く。

「今まであんなにバトルには出ないって言ってたのに、どうして突然出てきたのか分かる?」
「た、多分、純粋に、ひよりさんたちを勝たせたかったんだと思います」
「……悔しいが、まあ、アイツのおかげで勝てたところもあるから否定はできないな」
「まあなぁ」

グレちゃんとあーさんが呟く。……確かに、キューたんが出なければあのまま押されて負けていたかもしれない。けれどもあそこで急に飛び出して言うことを聞かずに勝手に戦うのはどうかとも思う。
もしも仮に俺様なキューたんが、本当に純粋な気持ちから助けようとしてくれていたのならば……、頭ごなしには怒れないんだけども。それでもジム戦を少なからずぶち壊してしまったことについては、きちんと反省してもらわなければ今後困ってしまう。うーん、困った。

「……あの、」
「なに?」
「そ、その……実は僕たち、力の加減がいまいちよく分からなくなっていて、」
「え、っと……それはつまり、自分の力をコントロールすることができない?」

顎に手を添えたまま訊ねるロロに、おずおずと頷くキューたん。
それはどうして?、ロロの質問に俯く姿を見る。一度みんなで顔を合わせてから、いつまでも返ってこない答えにそれぞれ考えを思いとどめた。

「ぼ、僕はそうなると怖いので戦いたくないんです。でも彼はそれよりも楽しさというか、そういう緊張感が優ってしまうっていうんです……だから途中までは意識があっても、こう、暴走してしまうというか。……ご、ごめんなさい、僕が止められればいいんですけど、」

どんどん俯く姿に見ていて可哀想になってしまう。そっと手を伸ばして触れようとしてみたものの、さりげなく身体を後ろに下げて避けられてしまった。それからまた「ごめんなさい」と震える声で小さく一言呟いた。

「とにかくジム戦は終わったんだ。もうこの話は終わりだ」
「……そうだね」
「よおし、そろそろ俺たちも寝るかぁ」

あーさんが大きな欠伸をする。時計を見れば深夜0時はとっくの昔に過ぎていた。
何はともあれ、シャガさんからすでにジムバッジは受け取っている。それでも一応謝りに明日はジムへ寄ってから街を出る予定だ。明日からはまたきっとバトルの連続だったり、野宿だって大いにあり得る。みんなにもしっかりゆっくり休んでもらわなければ。

「付き合ってくれてありがとう。おやすみ」
「ん、ひよりは寝ないのか?」
「うん、もうちょっと起きてる。さっきまで寝てたからあんまり眠くないんだよ」
「そっか。でもひよりちゃんも早く寝なよ」

おやすみ。その言葉を最後に、部屋が一気に静まりかえる。
一息吐いてからソファへ思い切り身体を預けると、気持ちよくどぶどぶと沈んだ。真っ暗なテレビ画面をぼんやり眺めながら、ふとこれからのことを考えてみる。
ポケモンリーグで勝って、Nくんを探して城に連れて行ってもらう。それからマシロさんを絶対に助けて……それから……。

「それから……、?」

それから私は、どうなるんだろう。
マシロさんの言葉通り、元の世界へ戻れるのか。それともこの世界で変わらず旅を続けているのか。元の世界に戻った私は何をするのか。この世界で旅をする私は何をするのか。何をしなければいけないんだろう。何をすべきなんだろう。
……どう、なってしまうんだろう。



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