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「モグモグ……なんでもソウリュウシティに伝説のポケモンを連れた男が来てたらしいよモグモゴ……モゴモグ……」

ソウリュウシティに着き、道端で忙しく食べ物を頬張っている男の人がそう言った。
彼の言っていることが本当ならば、Nくんもきっとジムに挑むためこの街に来たんだろう。アデクさんの読みはどんぴしゃだということだ。……私も、早く行かないと。

「ええと、ソウリュウジムは……」
「あっ!あのときのおねーちゃんだ!」
「アイリスちゃん!」

タウンマップとにらめっこをしていると、遠くからアイリスちゃんが駆け寄ってきた。彼女と会うのは、これで2回目だ。ボリュームのある黒髪を揺らして、ニコニコしているアイリスちゃんにつられて表情が緩む。

「どうしてここに?」
「あたしのおじーちゃんがこのまちのジムリーダーなんだよ!」
「えっ!?そ、そうだったの!?」

驚いたついでにアイリスちゃんにジムの場所を聞くと、ジムまで案内してくれるという。お言葉に甘えてお願いすると、私の手をとり歩き出した。あっちはー、こっちはー、なんて建物の説明を聞きながら街中を二人並んで歩いて行く。

「ここだよ!おじーちゃんとーってもつよいからがんばってね!」
「うん、ありがとう」

手を振りながら道を曲がって行くアイリスちゃんを見送り。
さて、私はジム戦だ。聞いたところ、ジムリーダーであるアイリスちゃんのおじいさんはドラゴンタイプの使い手らしい。私にとってドラゴンタイプとは、マクロさんとの戦いのことがあったから余計苦手なタイプだと感じてしまっているらしい。
戦う前から苦手意識を持ってしまっているのもどうかと思うけれど、こればかりはどうしようもない。ジムを目の前に少し俯いてしまう。

『俺たちも強くなってる。大丈夫だ』
「……うん、そうだよね。……うん」

大丈夫。そう、相棒が言ってくれるなら。きっと大丈夫。
顔をあげてから揺れるボールを握りしめ、ジムに向かって歩き出す。
──……これが、最後のジム戦だ。





ジム内にいるトレーナーさんと戦って、やっとの思いでジムリーダーがいるという一番上の階までやってきた。あんなに買い足しておいた傷薬を半分以上消費してしまった。トレーナーさんたちがあの強さだもの、ジムリーダーはどれほど強いのか、私には想像つかなかった。
冷え切った指先を丸めて拳を作り、バトルフィールドに立つ。向こう側、白髪のジムリーダーを見る。

「よくぞ参られた。私がソウリュウポケモンジム、ジムリーダーのシャガである」
「ひよりです。よろしくお願いします」

白髭が特徴的なシャガさんは、遠くからみても分かるぐらい逞しい体格をしている。そういえばアイリスちゃんが言っていたっけ。「おじーちゃんはね、ポケモンとまいにちスパーリングしてるんだよ!」と。一体おいくつなんだろうか。なんて考えるのはここまで。
ボールを握り、中央のボタンを押してボールの大きさを標準サイズに戻す。

「使用ポケモンは3体です!では……バトル、はじめ!」

真っ直ぐに旗があがり、同時に宙へ放り投げられた二つのボール。二本の光が対角線上に落ちて弾ける。……シャガさんが出してきたポケモンはオノンドで、私はチョンで勝負だ。相性的には微妙なところで、今のところなんとも言えない。

「オノンド、りゅうのまい」
「追い風からゴッドバード!」

やっぱり来たか、りゅうのまい……!事前に危険視していた技だ。積まれる前になんとかしないと、こちらがどんどん不利になる。威力のある攻撃を繰り出していかなければ、防御力の低いチョンでは太刀打ちできなくなってしまうかもしれない。それを見据えての、ゴッドバード。

『いっくよー!』

ぎゅん!と高度をあげてスピードをあげると、そのままオノンドめがけて急降下。追い風のおかげでさらに速さがあがり、また威力も増しているはずだ。

「りゅうのいかりで迎え撃て!」
『はいっす!』

オノンドが思いっきり空気を吸い込んで、お腹を膨らます。瞬間、ぶわ、とチョンに禍々しい炎が襲いかかった。あまりの威力に思わずオノンドを二度見してしまう。が、チョンだって負けていない。身体をドリルのように回転させて炎を避けて、そのままオノンドとぶつかった。ドッ!と風が巻き起こり、地面に深く足跡を残したオノンドが見えた。チョンは距離を開けて、私の目の前で舞い降りる。……脇腹あたりの羽が黒く焦げている。下唇を噛み、訊ねる。

「……まだ、大丈夫?」
『もちろん!これぐらい全然平気』

チョンの答えに、オノンドがこちらを向いて笑顔を浮かべる。……向こうもまだ、倒れる気はこれっぽっちもないらしい。

「オノンド。りゅうのまいから、ドラゴンテールだ」
「フェザーダンス!続けてエアスラッシュだよ!」

オノンドとの激しい攻防戦は続く。これ以上攻撃力は上げまいとフェザーダンスで下げてはいるが、オノンドの素早さはだんだんとチョンに追いてきた。焦るな、焦るな。
大きな体を半回転させて繰り出すドラゴンテールをかわし、空高く飛び上がり羽を広げる。直後、無数の鋭い光がオノンド目がけて降り落とされた。が、素早く横に転がり避けて、避けきれないものはやはり尻尾で叩き落される。
……どうしよう。どうにか技を当てるには。……オノンドを、空に引きずり込むしかない。

「チョン!かぜおこしでオノンドを浮かせて!」
「耐えろ、オノンド!」
『が、がんばるっす…!』

唸る風がバトルフィールドで吹き荒れる。オノンドも飛ばされるものかと必死に床にしがみついているし、チョンも負けじと風の威力を弱めないように羽を大きく羽ばたかせ続けている。……もはや体力勝負だ。少しでも浮かせることができれば、。

『ぐぬぬぬ……!』
『……っああ!』

オノンドの足が浮いた。その瞬間を、逃さない。

「ゴッドバード……っ!」

もはやオノンドは、態勢を整えることはできない。
最後に大きく羽を動かし風を作り、その中を素早く飛ぶ。光を纏って、オノンドの懐まで急降下をした直後、思いっきり突き上げる。高く、高く跳ね飛ばされたオノンドが今度は下に急落下する。ドン!、低い音と共に砂埃があたりを包み込む。

「……」
「……」

トレーナー二人が見守る中、だんだんと砂埃が治まり、視界が戻ってきた。
広いバトルフィールドの中央、……オノンドが、倒れている。

「……オノンド、戦闘不能!」

旗があがる。ボールに戻されるオノンドを見てから、私のところまで舞い戻ってきたチョンを撫でる。思い切り撫でて抱きしめて、傷薬を吹きかけてからボールに戻す。次は、彼の出番だ。

「頼むぞ、クリムガン」
「あーさん、よろしくね」
『おう!任せとけぇ!』

クリムガン。赤い頭に青い体。これまた大きなポケモンだ。いかにも強そうな外見と鋭い目つきに、視線を下げる。とげとげしい身体にも注意しなければ。

「つじぎりだ!」
「なみのり!」

向かってくるクリムガンに向かって、高波が襲いかかる。それにもかまわず、なんとこのクリムガン、つじぎりを当ててきたのだ。波の中に潜んでいたあーさんを見つけて、的確に攻撃してきたのだ。予想外のことではあるけど、ここで立ち止まるわけにはいかない。態勢を整えるあーさんを見て、叫ぶ。

「冷凍ビームだよ!」
「避けろクリムガン!」

クリムガンの足が動く直前。濡れた足元から氷を張り動きを封じてから、最大級の冷凍ビームを打ち込んだ。白い光が真っ直ぐクリムガンに当たり、氷の欠片が飛び散った。白い息を吐いて、思わず小さくガッツポーズを決める。……完っ璧だ!

「なんと、こんなに早く追い込まれるとは!……ここが正念場、全身の血がたぎるわ!!」

シャガさんがクリムガンをボールに戻す。追い込まれてもなお燃やす闘志に、ジムリーダーの意地を感じる。こちらは持ち越しで、あーさんはその場に待機。
……さあ、これで最後だ。このままあーさんの冷凍ビームでシャガさんの最後のポケモンも倒せれば……っ!


「……っ、」
『なんて強さでぇ……!』

──シャガさんの切り札……オノノクスの登場で、状況は一変した。
まさしく最悪の事態だ。あーさんの冷凍ビームをものともせず、あんなに注意していたりゅうのまいをこれほど積み重ねられてしまったのだ。すでに傷だらけのあーさんを前に焦る気持ちも加速する。焦っちゃだめだと、分かっているのに……っ!

「もう一度切り裂くだ」
「避けてっ!」
『遅いぞ』
『……チッ!』

スピードも追い越されて、避けることもままならない。突っ込んでいけばドラゴンテールで吹っ飛ばされるし、なみのりは全く効いていない。先ほどから威力が増した切り裂くを連続で繰り出され、今もなおこうしてじわじわと体力を削られていた。

『……嬢ちゃん、こりゃもう、当たって砕けろだ!』
「砕けちゃだめだってば!?な、何する気なの!?」

私の言葉の途中でオノノクスに突っ込んでいくあーさん。明らかに今までとは威力が違う、私の知らない技。これは一体。咄嗟に図鑑を開いてバスラオの技を確認するが、すでにあーさんとオノノクスの距離はゼロで。

『おらぁっ!』
『……くっ!』
「──……バスラオ戦闘不能!」

オノノクスの身体が傾くのと同時にあーさんがその場に崩れた。
旗があがるのを見て駆け寄れば、暢気に笑ってるもんだからぺちんと叩いてやった。あーさんをボールに戻して所定位置に戻る。……今のは「いのちがけ」という技だろう。自分の体力分のダメージを相手に与える、まさしく捨て身の技だ。このバトルが終わったらしつこいぐらいに注意してやる。





『……ごめん、ひより』
「ううん、ありがとう」

先ほどのダメージが残っていたチョンも、オノノクスの切り裂くにやられて戦闘不能の旗を挙げられてしまった。……まさしくオノノクス無双だ。あっという間に追いつめられて、気付けば次で最後である。残っているのはグレちゃん、ロロ、セイロンの3人。相性はどれも微妙なところだけど、ここは防御が一番高いグレちゃんを出すべきか。
悩みに悩んでボールを握りしめたとき。

「俺様がやる」
「──……えっ!?」

ボールを掴んでいた手に、冷たい手が添えられる。驚いて横を見ると、なんとキューたんがいつの間にか出てきていたのだ。驚きすぎて声を出すのがワンテンポ遅れてしまい、フィールドに向かって歩いていく彼を止めることができなかった。バトルには出ないと即答されたあの日以来、外にいるときはずっと大人しくボールの中に入ってくれていたというのに、これはいったいどうしたものか。

「人が出てきたが……これは、どう捉えればいいのかね?」
「あっ、え、えと、その、……っ!」

まずこの状況をどうにかしなければ。
あろうことかキューたんは擬人化したままオノノクスの前に立ってしまったのだ。まだ旗は上がっていないし、バトルは始まっていない。私が無理やりにでも連れ戻すしかない。頭の中がパンク寸前の中、慌てて一歩踏み出した矢先のこと。

「俺様はポケモンだ。おら、さっさとはじめんぞ」
「キュ、キューたん……っ!」
「なんと……擬人化するポケモンを他にも見れるとは……」

色々考えては心臓をばくばくさせていた私の向こう、シャガさんが顎に手をやり、まじまじとキューたんを見つめていた。審判のトレーナーも同じく、目を見開いて視線を注いでいる。
……シャガさんの様子からして、彼も擬人化については知っているようだ。それはよかった。よかったけれど、今この状況がとてもよろしくない。どうしようもなく一人で慌てて無駄にうろうろしてみるけれど、当たり前のようにキューたんはこちらに戻ってくる様子はなく。

「待たせんじゃねえよジジイ」
「キューたんお願いだから戻ってきて……!今だけでいいから私の言うこと聞いてよ……っ!」

半泣き状態の私の方へやっと振り返った彼は、……なんと、私の顔を見て笑った。
"誰がテメエの言うことを聞くかアホ"、言葉で言われずとも私には分かる。今の笑いは、そういうやつだ。……どう、しよう。忙しなく意味もなく唇を触ったり指を絡ませたりするが、そんな私の姿でさえ楽しんでみている様子を見せる彼。

「ふむ、君はそのままで戦うと?」
「愚問だな。俺様はこっちのままでも、勝つ自信は溢れるほどあるぜ?」
「……私も甘くみられたものだな」

ここまで来たら、私はもうどうしようもない。キューたんを戻そうにも素直にボールに入るわけがないし、シャガさんから威圧感を感じて、恐れ多すぎて近づくことすら怖く思う。挑発し、また挑発されたあの場所は今、謎のオーラが生まれていた。

「……いいだろう。そのままで戦ってみなさい」
「っ、」

ごめんなさい。言おうと思って口を開けた私に向かって、シャガさんが片手をあげるのが見えた。それを見て、言葉にするのはやめて、一度深く頭を下げてから一歩後ろに下がった。……ここまでやってきて、トレーナーの言うことを聞かないポケモンが出てくるのだ。それはとても可笑しく馬鹿げた話だろうが、それも一時的にでも受け入れてくれるシャガさんには頭が上がらない。

申し訳なく、またちょっぴり情けない気持ちになりながらも、バトルフィールドへ目を向ける。

──……瞬間。
空間がキン、と一気に冷えた。広い空間が一瞬にして冷え切ってしまい、思わずぶるりと震えあがる。仮にもトレーナーである私でさえ、この瞬間に何とも言えない恐怖を感じたのだ。これからアレを相手にする側とすれば、それはもう言葉にできないほどだろう。

「き、君は一体、何のポケモンなんだ……?」
「はっ、ジジイに答える義務はねえ」

せせら笑いながら、太ももについているホルダーからナイフを慣れた手つきで取り出すキューたん。この場でただ今の状況を楽しんでいるのは、ただ一人。
唇を軽く噛んでから、シャガさんが口を開く。暢気にナイフを宙へ放り投げて遊んでいる彼を見て、先手を取ろうと動き出した。

「オノノクス、切り裂くだ!」

声がバトルフィールドに響く。……が、オノノクスはシャガさんの言葉を聞いてもなお動こうとはしなかった。これには私もシャガさんも驚いてオノノクスを見ると、巨体を支えている足元が小刻みに震えていた。
動こうとしなかったのではない。動けなかったのだ。

「滑稽だな」
『──……ッ!!』

キューたんの挑発でやっとオノノクスが動き出す。真っ直ぐに駆け出してあっという間に距離を詰める。大きく腕を振りあげて、鋭い爪が彼に襲い掛かる。振りかざされた腕がスッと下に落ちる。
瞬間。彼の姿が一瞬消えた。と思えば、オノノクスの足元を片足で思いっきり薙ぎ払って態勢を崩す。オノノクスがバランスを崩して倒れたと同時に馬乗りになっていた。ナイフを振りあげてオノノクスに突き刺す。ガキィン!、甲高い音を響かせながら、ナイフが折れた。

「──……、」

オノノクスが硬い皮膚だったから、ナイフの方が負けたのだ。なぜか私がホッと一息ついてしまう。
だが、まだバトルは終わらない。
馬乗りになったまま折れたナイフを少しばかり驚いた表情で眺めてから、後ろに放り投げてニヤリと笑う。瞬間、全身に鳥肌が立った。寒さだけではない。言いようのない恐怖が、ここにある。

「ナイフが駄目なら、……こっちだな」
「っオノノクス、逃げろ!」

シャガさんの声とほぼ同時。鋭い氷柱が、オノノクスの身体に突き刺さる。地面を揺らすほど聞くに堪えない悲鳴というなの鳴き声が響いた。
鳴きながらオノノクスが尻尾を大きく振り上げた。それを軽々飛び避ける彼と、太い氷が刺さったまま息を整えるオノノクス。十分に距離は合った。しかし。突如としてまたオノノクスを氷柱が襲う。地面を押し上げて生えてくる氷柱を避けるオノノクスの後ろ。彼が思い切り足を振り上げ、いとも簡単にオノノクスを蹴り飛ばしたのだ。まともに受け身もとれずに吹っ飛んだオノノクスは、バトルフィールド上で横たわっていた。
──……これが、ポケモンバトル……?

「…………」

横たわるオノノクスの手前。彼が手をかざすとオノノクスの手足目がけて真っ直ぐに氷柱が落ちて突き刺さる。もはや言葉にならない叫びしかあげられないオノノクスと、目の前の恐怖に足がすくんで動けない私。茫然と見ているシャガさんの姿。

これは、もはやポケモンバトルではない。トレーナーとポケモンの絆云々以前に、一方的な暴力を見せつけられる場になってしまっている。
──……駄目だ。こんなの、いけない。神聖なこの場でそんなこと、絶対にダメだ。ダメなことをやらせてしまったのは、私。だから私が止めなくちゃ、止めなくちゃ、いけない……っ!!

バトルフィールド上。腕を振りかざす彼を見て、自分の太ももを思い切り拳で殴った。フッと熱くなり、震える足が動き出す。転びそうになりながら必死で両足を動かして、。

「……っだめ!!」

倒れるように後ろから思いっきり抱きしめると、ゆっくり振り返った彼と目が合う。鋭く、どこか虚ろな瞳が私を睨む。……怖い、怖い、怖い……っ!!
ガチガチ歯を鳴らしながら、それでも強く抱きしめる。お願い、何でもいいからこの場からどうか降りて。

「…………」

無言で私を見たままの彼へ、ベルトからボールを取り出して見せつけると、ギリ、ときつく手首を掴まれる。ひどく冷たい手だった。まるで私の全身を凍らしてしまいそうなほどに鋭く痛い冷たさで。

「……おね、がい。もう、やめて」

やっと。震える唇を無理やり動かした。目の縁に溜まった涙をひっそりと零しながら、それでもなんとか視線を合わせてもう一度言う。

「お願い、キューたん。もう、やめて」
「……、……」

ふいに、視線を外して掴んでいた私の手を放り投げるように放した。それから作っていた氷柱をオノノクスのすぐ横に突き刺して、くるりと背を向け一歩、二歩。地面に転がっていた自分のボールに触れて、姿を消す彼を見て。
──……膝から、崩れ落ちてしまった。

そのまま四つん這いでオノノクスのところに寄り添い、泣きながら謝った。ごめんなさい、ごめんなさい。謝ってもどうしようもないことだけれど、ただひたすらに謝っていた。
そうすることしか、できなかったのだ。



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